――― 19話 風雲小川神社 ―――
日本での小川姓発祥の地とされている『小川神社』は
先の大魔震を無傷で残った、朝娘市唯一の由緒正しき古寺である。
巷の噂では、鬼の神力で守られたとの説が有力だ。
鬱蒼(うっそう)と生い茂る、小川杉という種類の杉林に囲まれた寺院の門には
鬼の仁王像が2体、ドッシリと根を張るように構えている。
広い境内の中央に建てられている本館、小川堂に案内された
飯田、吉澤、石川、加護、辻、紺野の6人は
小川神社を主管する住職、小川家当主、小川龍拳(78歳)
の長ったらしい、小川姓発祥の説明を受けていた。
石川との繋がりで加護が着いて来て、その加護の友達繋がりで
辻と紺野が着いて来たが、飯田と鉢合わせした辻が喜び…
兎に角、妙な取り合わせの軍団は、死んだ平家が取り持ったのかもしれない。
平家の死から、一週間以上経過した今、石川も落ち着き、
「いざ小川神社へ」と、なったのだ。
(加護、辻、紺野のみ観光気分)
しかし、小川龍拳の話しは長すぎる…
かれこれ一時間も経過した頃、次に出た説話は、
小川神社の開祖、小川秀麻呂にまつわる神話だ。
この地の豪族、小川秀麻呂の領地の一つである朝秀村の美女達を鬼達が突如襲い始めた。
その鬼達を 類まれなる神の力で封印した秀麻呂の能力を
時の幕府が恐れ、古ぼけた寺へ追いやるが、その寺には鬼の総大将が…
と言う、嘘臭いその神話は物凄く詰らなく、欠伸を噛み締める飯田と紺野意外は
ウツラウツラと首が揺れている。
まさか、こんなに長い説法が待ち受けているとは思ってもいなかった
飯田の横には、首を縫合された平家みちよの遺体が入った
棺桶が横たわっている。
そして、龍拳の前には紫色の敷物に包まれた1億円が鎮座していた。
石川の口を借りた平家の遺言は、貯金の1億円を
小川神社に寄付する事も記載されていた。
記載と言っても、書いたのは石川なのだが…
石川の書いた遺言状は平家の筆跡そのもので、
誰も文句の言えない本物の遺言状となっていたのだ。
その1億円を見た小川龍拳が感激して、今の長い説法となっている。
100段以上も有る 寺院に続く登り階段を、一人で棺桶を担ぎ、
登ってきた飯田は、疲労の次に襲い来た、正座による痺れに
業を煮やし、右手を上げて龍拳を制した。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000054.jpg 「あ、あの、足を崩してもいいですか?」
「ふむ、辛いかね?」
「い、いえ、私ではなくて、この子達が…」
一番年上の飯田はバツが悪いのか、他の娘達のせいにした。
「ほっほっほ、では、足を崩して、お茶にするかのう」
そう言って龍拳が手を叩くと、巫女姿の10代の女の子が
お茶(小川煎茶)と和菓子(銘菓小川饅頭と小川ようかん)
を運んできてペコリと頭を下げた。
「末娘の麻琴じゃ、我が小川流拳法を使いこなす、
放蕩の末に家出した不肖の愚息の代わりになる、小川家の跡取りじゃ」
(小川麻琴の母親は麻琴が幼い頃に死亡している)
「いえ、跡取りは直也お兄様が…」
「あ奴は駄目じゃ、自分の欲にばかり目が行きおる」
「あ、あの…小川流拳法って?」
飯田の目がキラリと光る。
興味津々の顔つきだ。
「見てみるかね?」
「是非」
石川達も顔を見合わせてホッとした様子だ。
詰まらない説法を永延と聞かされるより、よっぽど面白そうだ。
「麻琴や、皆様を『小川道場』に案内して差し上げろ」
「はい…お爺様は?」
「うむ、ワシは現金…じゃない、平家の遺体を『小川奉納堂』に移してから道場に行く」
「…はい」
清廉な空気の漂う小川道場に案内された6人は、
小川龍拳を待つ間、末娘の麻琴に、平家の事を聞いた。
小川龍拳に接見した時、最所に平家の事を聞いた。
龍拳は平家が小川神社で巫女をしていた事は憶えていた…
だけど、たぶんソレだけだ。
龍拳は平家の思い出話しをしそうでいて、実はしない。
そして、例の長い説法になった。
皆が思った事は、「小川家当主は平家の事を忘れている」だった。
「私も小さかったので、平家さんの事は良くは憶えていませんが…」
そう言いながら、小川麻琴は平家が学んだサイコメトラーの秘密を明かした。
小川神社は家宝の、鬼の血で書いたと云われる巻物『小川鬼録書』に封印されている
鬼の神通力を身にまとう鬼術を一子相伝で伝える。
鬼術は其の二十四まで有り、門下生は、その内の一つを学ぶ事を許されていた。
勿論、素質の無い者には鬼術など、操れる筈が無く、
多くの門下生は小川家に伝わる柔拳術『小川流拳法』だけを学ぶ事になる。
平家は、生まれ持った素質により、『鬼術其の二 読心術』を会得して
自分のサイコメトラーの能力に昇華させた。
そして、小川姓を持たぬ平家は、小川家の決まりにより小川神社を下りたのだ。
(僧侶は全て小川姓なのだが、門下生とアルバイトの巫女は小川姓でなくとも良い)
「小川流拳法に鬼術を乗せた拳を鬼拳と言います」
「鬼拳…」
「鬼拳を受ければ人は死にます」
「麻琴ちゃんと言ったか…アンタは出来るの?」
「はい、多少は…」
ウズウズする飯田。
その鬼拳とやらを、自分の拳で受けてみたい…
魔人ハンターの血が騒いだ。
「あの…」
その飯田の心を読んだかのように、小川は別の話しを向ける。
「平家さんのお金、本当に助かりました」
「え?あ、あぁ」
「門下生も減り、寺の維持費も馬鹿にならないんです」
三つ指をついて頭を下げる小川。
「それは、私達じゃなくて、死んだ みっちゃんに言ってくれ、
手厚く供養してくれれば、誰も文句は言わないよ」
「はい」
そこに、小川龍拳がやってきた。
「安心せい、平家の遺体はワシが責任を持って供養する」
そう言いながら、チロリと辻を見る龍拳。
神聖なる小川道場に、辻は本館からくすねた
和菓子を持ち込み、加護と一緒にパクパク食べていた。
そして、龍拳の視線に気付き、
膝の上に置いていた その和菓子の山を、慌てて背中に隠した…
小川麻琴の流れるような演武は、どことなく中国拳法の太極拳に似ている。
しかし、そのスローモーションのような流れる動きから繰り出す拳は、
目にも止まらぬ速さで、ピシリと響く拳音は道場に木霊する。
「おお、格好イイのです」
小川饅頭を頬張りながら辻が感嘆の声を漏らす。
皆が小川の演武に魅入られている。
「その、拳に鬼術とやらを乗せるのかい?」
スクッと立ち上がる飯田は、我慢が出来なかった。
「試合ってみるかの?」
「是非」
「お爺様」
咎める小川麻琴に龍拳は「ほっほっほ」と笑った。
「こやつ等は大丈夫じゃわい、境内に入った時から全員が只者ではない
空気を発しておった、麻琴よ、気付かなんだか?」
「…はい」
「まだまだ、未熟じゃのう」
「…すいません」
「さて、試合の前に我が小川流拳法の発祥について語らねばならん」
「ヴ工"エ゙ッッ!?」
全員が半分腰を浮かし、奇声を発した。
--- もう、聞きたくない、絶対… ---
しかし…
「まぁ、聞きなさい…」
そう言うと、龍拳はドカリと座り、小川秀麻呂と鬼女との間に生まれた嫡男
小川鬼太郎が時の将軍の弾圧から寺を守るために開発した拳術、
『小川鬼生術』を一般用拳法『小川流拳法』に練り直した、
鬼太郎の末息子、小川刃鬼彦の功績を とつとつと語る。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000055.jpg この寺に来てから何百回も強制的に
見聞きさせられる『オガワ』と言う文字と言葉…
「……オガワオガワオガワ…頭から離れないのです」
「あかん…絶対夢に出るでぇ」
「ノイローゼになりそうです」
辻、加護、紺野はオガワ病に掛かりそうだ。
そして、一時間半後…
グッタリとする飯田達は、ようやく解放された。
「お待たせしましたな、飯田さん、さ、中央へ」
「あ?…ハ、ハイ」
龍拳に促され飯田は、試合を申し込んだのを後悔しながら…
それでも、やっと試合が出来る喜びに、背伸びをし、
ポキポキと指を鳴らしながら、小川麻琴の前に立った。
「飯田さん、オガワ…じゃない…がんばるのです!」
オガワ病に掛かった辻の声援に、気を取り戻して飯田はウィンクしてみせる。
「オガワ…じゃない…大丈夫なんでしょうか?」
「さぁ?でもメッチャ強い人なんやろ飯田さんって?…オガワ…ちゃうわ」
紺野(オガワ病感染)と加護(オガワ病感染)の心配に、吉澤はクスッと笑った。
「な、なんやねん?」
「フッ、お前等、可愛いな…」
「な…」
美少年の吉澤に見据えられて、加護と紺野は頬を赤らめる。
「もう!、オガワ…じゃない…よっすぃ!」
吉澤の隣に座る石川(オガワ病感染)が、吉澤の膝をキュッとつねった。