狼から来ました

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525ハナゲ ◆hANagEBvfs
――― 18話 石川のアルバイト ―――

石川梨華が平家みちよの経営する『スナックみちよ』にアルバイトとして
来るようになってから、2週間が過ぎようとしていた。

勿論、情報屋見習いの修行の一環として手伝っているのだが、
本当の情報屋の仕事は滅多に無く、情報屋としての『スナックみちよ』を
開店するのは、依頼人が指定する日の午前3時と決めている。
その依頼人が来なくては話しにならず、
石川は平家の言うままに、アルバイトとしてホステスをしているのだ。

カウンター6席とテーブルが一つだけの小さなスナックは
常連客しか来なかったが、若い美人のチィママが入ったと、
今では、それなりに繁盛している。

そして、その石川はというと、水商売が肌に合っているのか、
すっかり馴染んでしまっていた。
石川が夕方6時から10時過ぎ頃まで接客する間に『スナックみちよ』から
店外に漏れるハッピーな笑い声は、外を歩くサラリーマンの足を止め
初見の客を店内に入れる呼び水となっている。
(営業時間は平日の夕方6時から0時までだが石川は高校生で朝が早いという
事情を考えて、平家が10時までとしたのだ、勿論、客は石川が高校生とは知らない)

その石川の楽しみが、ただで歌えるカラオケと、
もう一つ…

「平家さん、夕食取ってきま〜す」
客が少なくなった時を見計らって、店の隣にある小料理屋
『小料理加護』で食べる夕食だった。

女将一人で切り盛りする、この小料理屋は 平家の店と同様、
カウンターと小さな上がり座敷があるだけの、こじんまりとした店だ。
526ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:29 ID:6LS31WJX


「女将さ〜ん、今日も適当に定食作って下さい」
いつものカウンターの席に座り、手を上げて注文する石川。

「はいはい」
和服に割烹着の女将は、とても優しい。

毎日、女将が日替わりで作ってくれる1500円の和定食は
とても美味しく、今日は鯖の味噌見込みとアサリのお吸い物
とオニギリの定食だった。

「いや〜ん、美味しい!」
お酒もイケる口の石川は、接客で飲むアルコールのお陰で
塩分が欲しくなり、この店で食べる夕食は格別だ。

「あらあら、お上手ねぇ」
ニコリと微笑む女将。

「もう、ココで食べるのが楽しみで、スナックでバイトしてるようなモンですよ」
そう言いながら、頬に手を当てて幸せの笑みを漏らす石川が
カウンターの隅に有る子供用の椅子に気付いた。

「女将さん、子供いるの?」

「え?…ええ」

何気なく聞いた石川の質問は、女将さんの寂しそうな表情を誘う。
527ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:30 ID:6LS31WJX

「…うん?どしたの?」

「ハハ…梨華ちゃんに話しても仕方ない事だけどねぇ」

そう言って話しを切ろうとする女将に
「ハイ、どうぞ、話してみて、私が聞いてあげる」
と、石川は頬杖を付き 目を閉じて、聞く体勢を取る。

「ふう、しょうがないねぇ…一杯いく?」

女将さんは一合徳利(とっくり)を取って、盃をカウンターに置く。

「へへへ、そうこなくっちゃ」

石川を高校生とは知らない女将さんは熱燗をお酌した。




『小料理加護』は今は亡き夫と二人で開店した、夫婦の小さなお城だった。
娘の亜依も毎日のように店に来て夕食を取っていた。
だが、悲劇は突然やってくる。
夫の突然の交通事故死は女将を打ちのめした。
それでも、二人の思い出の店を畳む事が出来ずに、
一人で頑張ろうと決意した、女将の心の支えは娘の亜依だ。
一人で店を切り盛りするのが、初めての経験の彼女は
客のあしらいも未熟だった。
それが禍(わざわい)した。
泥酔した客が彼女の手を握って迫るのをピシャリと断る事が出来ず、
笑って誤魔化そうとした女の弱さを見せてしまったのだ。
酔い客を怖がって、泣きじゃくる娘の目の前で…
528ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:31 ID:6LS31WJX
それ以来、娘の亜依は店に寄り付かなくなった。
今では、会話は殆ど無いと言う。
店を畳む事も考えたが、夫の残した店は守り抜きたかった。
だから、店を辞めてと頼む、娘の言葉にも耳を貸さなかった。
でも、何時かは解かってもらえると信じている。
そして今日も、女将さんは娘の為に、朝食を作り、洗濯をして、掃除をし、
夕食を作り置いて店に出る…
夜の仕事だというのに。



石川はしんみりと話を聞いていた。
ちょっぴり涙が出てきた。

「それって、娘さんが何歳の時?」

「6年生の時よ…」

「難しい年頃よね」

「…ハハ、しんみりしちゃったねぇ、もういいでしょ、この話しは」

「ハイ」と女将が石川にお酌をする…
「じゃあ、女将さんも」と、石川が酌を返した。







529ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:34 ID:6LS31WJX
翌日、石川は、とあるアパートの前で中三の娘を待っていた。
勿論、娘というのは加護亜依の事だ。
カンカンと音を立ててアパートの2階の階段を駆け下りてくる
セーラー服の加護を目敏く見つけ、ニッコリ微笑んで前に立つ。

「…誰や?」

「加護亜依ちゃんね?」

「…そやけど」

「私は石川梨華、今日は付き合って貰うわよ」

「…へっ?」

「学校には、風邪で休むって電話しといた、声色(こわいろ)使ってね」

「ハァ?」

「さぁ、行きましょ」
加護の手を取って歩き出そうとする石川の手を
加護は振りほどく。

「ちょちょちょちょちょっと待った!」
「何よ?」

「全然、意味が分からへんねんけど、アンタ誰?それにドコ行くねん?」

「だから、石川梨華って言ったでしょ、梨華ちゃんでいいよ、
遊びに行くのよ、どこでも好きな所に連れて行ってあげる」

そう言いながら、石川は財布から万札を数枚 ピラピラと出して見せた。
530ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:35 ID:6LS31WJX



「…アンタいったい何なんや?」

そう言いながらも加護はセーラー服の石川の後をチョコチョコと着いていく。
何者なのか興味が有るのと、石川が着ているハロー女子高の制服のせいだ。

「ハロー女子高の生徒なんか?」

「うん、そうだよ」

「ほう、ウチもハロー女子高には知り合いがおるで」

「へぇ、誰?」

「矢口さんと安倍さんという3年生や」

「アハハ、矢口真里と安倍なつみ?同級生だよ、あの2人は」

「ほんまか?」

「うん、しかも大親友」

「へ、へぇえ」

同級生だが、勿論、親友などではない。
加護の興味を引くために石川は、あっさりと嘘を付いた。
531ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:37 ID:6LS31WJX

「学校で どんな事してんねん?あの2人」

「矢口は面白い子でねぇ、いつも鼻糞ほじって食べてるよ」

「矢口さんが?」

「それにトイレが我慢できずに、授業中オシッコ漏らした事もあるし」

「う、嘘?」

「本当よ、なっちは授業中にヨダレを垂らして寝てばかりいるから、
毎日廊下に立たされて泣いてるのよ」

「マジで?」

ウンウンと頷く石川は、有る事無い事、言うつもりだ。

「でも、どうして加護ちゃんは、矢口と なっちを知ってるの?」

「魔女見習い仲間や」

「へぇ、加護ちゃんも魔女見習い なんてやってるの?」

「おぅ、飛ぶのが目標やねん」

「ふーん、…でも無理かもね」

「なんでや?」

「親孝行できない子には無理かもって言ったの」
532ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:39 ID:6LS31WJX

石川の言葉に加護の足が止まった。

「な、なんや…そう言う事か…ウチのお母ちゃんにでも頼まれたんか?」

「そう言う事だけど、女将さんには頼まれてないわよ、私が勝手にやってるの」

「…はぁ‥学校行くわ」

溜め息を付いて、踵を返す加護に
「もう、とっくに授業は始まってるわよ」と石川。

「なんとなく分かるのよ、加護ちゃん、
女将さんと仲良くなりたいキッカケが欲しいんでしょ、
私が作ってあげる…それには私と友達にならないと」

「…アンタなぁ」

振り向く加護に、石川は「ねっ?」とニッコリと笑い掛けた。





533ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:41 ID:6LS31WJX

「と、友達になってあげてもええけど、お母ちゃんの事は別やでぇ」
「加護ちゃんが最後までそう言うんなら、それでもいいよ」
なんだかんだ言いながら、結局、加護は石川に着いてくる。

市中心部の朝娘市商店街にバスに揺られて着いた2人は
取りあえずゲームセンターに入った。

一万円を崩してジャラジャラと百円玉をポケットに突っ込んだ石川は
何千円分かの百円玉を加護の手に握らせて、加護をビックリさせた。
ゲーセンで、こんな金額を使った事が無いからだ。

「まずはプリクラ撮ろうか?」

「う、うん」

「その後は、対戦ゲームを飽きるまでやるわよ」

「う、うん」

「その後は、お昼食べてねぇ、その後は洋服見に行こうか
…後は美味しいケーキ屋さんでケーキを食べてねぇ、その後は…」

指折り数えて今日の行動の予定を立てる石川に、加護が慌てる。

「な、なぁ梨華ちゃん…いつも こんな金の使い方しとんのかぁ?」

「ううん」
石川は、あっさりと首を振る。
534ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:44 ID:6LS31WJX

「へへへぇ、実は今、良いバイトしてるのよ、日給一万よ…
使い道も無いしね、パ〜ッと遊んじゃうの」

「は、はぁ」

「だから、気にしないでドンドン使っていいわよ…
あっ、よっすぃとのデート代は残さないと」

「…よっすぃ?…彼氏?」

加護の質問に、ニヒヒ〜ッと歯を見せる石川。

「そうなのよ、凄く格好良いのよ…それに強いし、優しいし、照れ屋なの、
中学一年まで女だったんだけど、男になったのよ」

「お、女???性転換手術でもしたんか?」

「違うのよ、体質なのよ、超能力もあるし」

「へ、へぇ」

目をキラキラさせて吉沢の事を話す石川の純真さに触れて、
加護は段々と、どこかで警戒していた自分の心が解きほぐされて行くのが分かった。





535ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:47 ID:6LS31WJX

その後は、本当に石川の予定通り、お昼を食べて、洋服屋に行って
小物屋を見て、ケーキを食べた。
その間に話した、自分達の回りの出来事…
友達の事、MAHO堂の事、事件の事、矢口と安倍の有る事無い事…
お互いに興味津々な出来事の数々にビックリしあい、笑いあい…
加護は石川を本当に好きになっていた。


「なぁ、梨華ちゃん…梨華ちゃんも今日 学校サボったんか?」

「そうよ」

「家の人にバレへんのか?」

「バレても、いいのよ…誰も心配しないし」

「どういう事?」

「むふふ〜、私に比べたら、あいぼんは幸せって事よ」

「…?」

いつの間にか、石川は加護の事を「あいぼん」と呼んでいた…



536ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 19:57 ID:6LS31WJX
石川の父親はハロー製薬に勤めている。
朝娘市に住む市民には、ハロー製薬勤務は羨ましい限りなのだが、
ウワベだけの幸せってのも有るのだ。
父親は愛人を作り、あまり家には帰ってこない。
寂しさを紛らわせる為に母親は、趣味の社交ダンスに夢中になり、
家事さえもやらなくなった。
典型的な家庭崩壊のパターンに、石川家も当てはまりつつあるのだ。

そんな家庭環境の石川家に比べれば、
加護のわがままで、疎遠になっている母子の対立など、ママゴトと同じだ。

「だから、加護ちゃんは幸せだって言ったのよ」

「そ、それで、梨華ちゃんは…平気なんか…?」

「…もちろん」
その言葉が石川の本意かは、解からない…
それでも、自分を見失無い石川は、自分の個をしっかり持っていると、
加護はちょっぴり尊敬した。


「そろそろ、日も暮れてきたわね」

「あ?あぁ、そやな」

「夕食、どこで食べようか?」

ニンマリ笑う石川に、溜め息交じりの加護は、目を閉じて首を振って見せた。

「…梨華ちゃんには負けたわ」

「決まりだね」
537ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:00 ID:6LS31WJX




『小料理加護』に行く道すがら、加護は不安を訴えた。

「なぁ、ウチはどないすればええねん?」

「うん?どうもこうも無いよ、只、ご飯食べるだけだから」
石川は2人を会わせてから、どうするかは考えていなかった。
何とかなるだろうと、勝手に決め込んでいる。

「…うん」
加護も、ご飯を食べるだけと、自分に言い聞かせた。

「それより、黙ってて欲しい事が有るのよ」

「なんや?」

「ちょっと待ってて」

そう言うと、石川は近くの公園のトイレに消えた。
そして、散々待たせた挙句、出てきた姿は加護を驚かせた。

「おまたせ」

黄色のミニのスーツに着替えてきた石川は化粧をピシッとこなし、
まるで、今から出勤する夜の蝶のようだ。
538ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:02 ID:6LS31WJX

「なんや、ホステスみたいやん?」

「そうよ、言ったでしょ、お金の良いバイトしてるって、
『小料理加護』の隣にある店なんだけどね、高校生って事は内緒にしてるの、
だから、女将さんには黙っててね」

「…ハロー女子高ってお嬢様学校って思っとったけど、
えらいイメージちゃうやんけ」

「そうよ、女は化けるのよ、特にチャーミーな女の子はね」

呆然とする加護に、石川はウィンクをして見せた。







539ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:06 ID:6LS31WJX

「女将さん、どうも〜」
いつもより早い時間に来た石川に女将は
「あら、早いのね」と笑顔で迎えたが、
石川の後ろで、オズオズとしている自分の娘を見て、少し言葉を失った。

「女将さん、今日もいつものように…でも、2人前ね」
「え?えぇ」

はにかみながらも自分の娘に微笑みながら頷いて見せた女将に、
加護は俯(うつむ)いて真っ赤になるだけだった。

カウンターには常連のお客さんが2人座っている…
どちらも、店の雰囲気を楽しむように肴を摘まんで盃を傾けていた。

石川達の定食を作っている女将と楽しそうに談笑する客に、
加護は何故か不快感が無かった。
以前は客の男と話してる母親を見て、嫌な気持ちになったのだが、
それが、今は無い。
それよりも、微笑ましくさえ思える。

「ウチも大人になったんかなぁ…」
「うん?」
「な、なんでもあらへん…」
ポツリと漏れる加護の言葉に、ニンマリと笑う石川は、気分を良くしたのか、
「女将さん、熱燗一本」と注文した。

「あかんて、梨華ちゃん」
「しーっ、いいの」

「あかんて」
「大丈夫だって」
540ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:08 ID:6LS31WJX

その会話を聞いてた客が「関西弁か、めずらしいな」と話を向けた。

「すいませんねぇ、お騒がせして、私の娘なんですよ」

「ほう、娘さんか…なるほど」
「うむ、そう言えば女将さんも関西弁を使う時あるな」

「女将さん…標準語ですよ」
熱燗を受け取りながら石川が客に聞いた。

「ははは、普段はそうかもしれないけどな、キレると怖い」

「キレる?女将さんが?」

「そうそう」
頷き合う客達。

「もう、止めて下さいよ、恥ずかしい」
そう言いながら石川と加護のカウンターに、ニシンの塩焼きの定食を出す女将。

「いいじゃないか、娘さんなら聞かせた方が良い」

「聞きたい、聞きたい」
箸を持ちながら、石川は加護をチラリと見たが、
加護は聞いて無い振りをして、「いただきます」と、黙々と箸を動かし始めた。
541ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:09 ID:6LS31WJX

「…うむ」
何ヶ月前か店に酔い客が現れた。
酔っている客は珍しくは無いが、その客は泥酔していた。
常連の客が、泥酔者にキレかかったのを女将は抑えて、ちゃんと接客をした。
しかし、美人の女将に、言い寄る客が女将の手を取った瞬間、キレた。

話している常連さんの言葉に、加護の耳がピクリと動き、一瞬箸を止めた。

「関西弁でねぇ、聞いてるこっちが腰を抜かしそうになる程、
えらい剣幕でねぇ」

「で?で?で?」

「ははは、ソイツは女将さんにコップの水を掛けられて、慌てて逃げて行ったよ」

「格好イイ!女将さん、ヒューヒュー」

「もう、止めてよ本当に、恥ずかしい」

ハハハと店内に笑い声が木霊する…
だが、その中には加護の声は無かった。

542ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:11 ID:6LS31WJX

「…ごちそうさん」
無言でパクパクと夕食を食べていた加護は箸を置く。

そして、そのまま お膳を持ってカウンターの中に入った。

「亜依…お前」

「…あ、洗い物ぐらい、手伝ったるわ」

顔を赤く染めながらも、腕捲りをする加護が
カチャカチャと皿を洗う音が小さく響く店内で、
女将さんの頬に一筋の涙が伝った…


女将さんと目が合った石川は、声を出さずに
「よ・か・っ・た・ね」
と唇を動かして、席を立った。


「じゃあ、私はバイトが有るので、後は あいぼん、ヨロシクね」

「あっ、待ちぃや、梨華ちゃん」

呼び止める加護の声を笑顔で無視して、石川は『小料理加護』を出た…






543ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:13 ID:6LS31WJX

「今日は遅かったわね」
「えへへ、ゴメンナサイ…って、あれ?開店してないんですか?」

加護の店を出てから『スナックみちよ』に、
そのまま出勤した石川は、客のいない暗い店内を見回す。

「今日は久しぶりに本職の方に仕事が入ってね、
梨華ちゃん、今日は朝の3時に開店するわよ」

「え?」

「貴女、その時間に来れる?」

「ハ、ハイ、来ます、来ますとも」

石川はバンザーイと手を上げた。
平家の下に着いて、初めての本格的な情報屋の仕事だった。
とは言っても、見習いの石川は見学だけなのだが…

それでも嬉しかった。

吉澤の棲む世界に、少しでも近づける気がするのだ。

「で?依頼人ってどんな人ですか?」

「さあ?」
首を竦めながら、タバコを取り出してライターで火を点ける平家。
544ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:15 ID:6LS31WJX

「さあって?分からないんですか?」

「ふふ、この店を見つけるだけでも、相当なモンよ、
後は、来た客にどんな依頼かを聞くだけ…
今日はソレだけよ」

「ふーん」
少し詰まらなそうな石川。

「ハハ‥さあ、分かったら一旦帰りなさい」

「は〜い…っと、その前に…」

「なに?」

「ロッカー貸して下さい…着替えなきゃ」

「……」

ロッカー室に消えた石川を溜め息交じりに見送り、
平家がカウンターのグラスの整理をしてると、
一人の客が入ってきた。

「あの…今日は営業してないんですけど」

「…依頼人の北野です」

白髪で杖を付いた、初老の男は灰色の渋い作務衣を着ていた。
545ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:22 ID:6LS31WJX

「…約束の時間は違う筈よ」

灰皿にタバコの火を押し付けて、揉み消しながら、
平家は、この男を何処かで見た事が有ると思った。

「あの…?何処かで、お会い…」

そこまで言って気付いた。
魔人KEIの記憶に残された『人造舎』総帥の盲目の魔人…
北野の武器は手に持った仕込杖…

「いや〜、アンタを探すのに手間取りました」

破顔する盲目の男。

手に持つ仕込杖が一瞬光った…






546ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:25 ID:6LS31WJX

「着替えましたよ〜」

セーラー服に着替えて出てきた石川は
カウンターで身動(じろ)ぎもしない平家を見た。

「どうしたんです?固まって」

「…梨華ちゃん…ちょっとおいで」

「はい…?」

近付いた石川の頭を、平家の右手が掴んだ。

「梨華ちゃん…動かないでね…私の全てをあげる…」

「どうしたんですか?」

「動かないで、私はこれ以上動けないから…」

「…は、はい」

合点がいかない石川の頭に乗せた、平家の右手が、
ズブズブと頭の中に溶け込むように沈んでいく。

「へ、へ、へ、へ、平家さん…な、な、な、な、何してるんです?
な、な、な、な、なんか…脳味噌、触られてる気がするんですけど…」

「貴女を占った時見えた、近い将来何かが変わるってのが、この事だったんだね…
まさか、私が死ぬとは思わなかったよ」

「へ?」
547ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:26 ID:6LS31WJX

瞬間、石川の頭に平家の記憶が入り込んできた。
自分の頭の中の容量が突然増えた感覚と、
平家が生きてきた人生の全て…
情報量が凄すぎて頭の中がパンクしそうになった。
超高速でダビングするように入り込む記憶の最後…
それは、白髪の爺の仕込杖がキラリと光って…

「キャー!」

叫ぶと同時に、へたり込む石川は、ピクリとも動かない平家の首筋を見た。

「な、なんとか間に合ったようね…」

薄く微笑む平家の白い首には、赤い線が…
一本の糸が巻きついてるように見える。

その赤い線が、ズルリとズレた。

ボトリと音を立ててカウンターに落ちる平家の首…


呆然としながらもブルブルと体が震える石川は、
暫らく経ってから呆けたようにヨロヨロと立ち上がり、
無言のまま平家の首をそっと抱きしめた…






548ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:27 ID:6LS31WJX




プルルルル…プルルルル…

石川が携帯を握ったのは、それから一時間余り経った時だった。

『…はい、飯田です』

「……私です、石川です」

『石川?…あぁ、吉澤のガールフレンドか、なんか用?』

「………」

『…どうした?』

「…平家さんが……」

『うん?みっちゃんがどうした?』

「…平家さんが……死にました…」

『…なっ…』

最後の言葉は消え入りそうに小さかった…




549ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:30 ID:6LS31WJX

『スナックみちよ』の前には数台のパトカーが止まっている。
その周りを野次馬が囲む。
警官達が抑える野次馬の中には、心配そうな加護の姿があった。

ショックを受けた石川の肩を抱く吉澤…
飯田は、今の石川から状況を聞くのは無理と判断して
帰宅させることにした。

「みっちゃんの遺体は、こっちで引き取る、後は帰っていいよ」

「…飯田さん、平家さんの遺言があります」

「…遺言?」

「はい…平家さんの遺体は『小川神社』に埋めて欲しいそうです」

「小川神社?」

「はい…平家さんは そこで巫女さんをやっていたそうです、
平家さんの能力は小川神社で憶えたんです」

「…何故、そんな事を知ってるの?」

「平家さんは私に記憶を残したんです…平家さんは私の中で生きてるんです」

「……」

言葉も無い飯田は、只一言「そうか」と呟くだけだった…
550ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/02/25 20:35 ID:6LS31WJX


「わぁぁああ」
と、泣きながら、制止する警官を振りほどいて、
店内に入ってきた娘が石川に抱きついた。

「…あいぼん」

石川は加護をギュッと抱きしめる。

「その子は?」

「隣の小料理屋の娘さん…友達です」

「……」

抱き合いながらメソメソと泣く、石川と加護…


「吉澤、その2人を送ってやってくれ」

「…分かった」

吉澤に抱かれながら店を出る、石川と加護を見送る飯田は
やるせない思いに溜め息を付いた…