---ハロー女子高---
藤本が登校しなくなってから一ヶ月が過ぎようとしていた。
そして、その日から石川を避けるようになった
吉澤が教室を飛び出してから一週間が経った。
自分の隣の席を気だるそうに見る石川は、
主の居ない机を見詰め、切な気な溜め息を付く。
何故、こうなったのか石川は知らない…
知らないが、藤本が登校しなくなった日から吉澤の態度も変わった。
話しかけても曖昧に「ああ」とか「おお」しか言わなくり、
最近では何を言っても無視する有様だ。
最後に交わした会話らしい会話は……たったコレだけ。
「もう、俺に関わるな…」
一週間前、石川に そう言い残して教室を出た吉澤は、
ある事件を起こし無期限停学の処分を受けた。
それは、一学年下の、アイドル松浦亜弥の教室に乗り込み、
制止する松浦のボディガードを半殺しにした事件だ。
吉澤は そのまま高校を飛び出し、それ以来 連絡さえ無い。
携帯にも出ないし、家に行っても会ってくれない…
理由も分からず突き放された石川の我慢は限界を超えていた…
「石川さん、どうしたんです?授業中ですよ!」
授業中にフラリと席を立ち、教室を出る石川に教師が声をかける。
「…早退」
ポツリと呟いた石川は、ある覚悟を決めていた…
石川は教室を出た足で吉澤の家に向かった。
急に自分を無視するようになった吉澤へ「何故?」の思いが強い。
---今日こそ絶対に会って話しをする、
出来なければ、吉澤の目の前で死んでやる---
悲壮な覚悟で向かった足は吉澤の家の近くの路上で止まり、
そのまま物陰に隠れた。
吉澤が 髪の長いモデルのように綺麗な女性と、親し気に話していたのだ。
その女性は吉澤の胸のペンダントを触り、感心したように頷いている。
呆然とソレを見詰める石川の顔から血の気が引いていく…
吉澤が約一ヶ月ぐらい前から掛けているペンダントは
今、親し気に談笑する女性からのプレゼントと、
石川は勝手に思い込んだのだ。
---それが理由?---
---ふざけるんじゃないわよ---
ユラリと現れた幽鬼の表情の石川に、吉澤と飯田がギョッとした。
嫉妬に駆られた鬼に吉澤が後退りし、飯田は
「…お、お邪魔みたいね」
と、造り笑顔で、石川を見ないようにしながら石川の横を通り過ぎた。
「な‥何しに来た?」
ある意味、KEIより怖い石川の存在に吉澤の喉がゴクリと鳴った。
「誰?…今の女?」
「…お、お前には関係…」
「ふざけるな!」
ビクリとする吉澤。
「私の気持ちを知ってるくせに!!」
「…あぁ、知ってる」
「だったら、なんで関係無い なんて言えるのよ!!」
「…お前、なんか勘違いして…」
「何が勘違いよ!今、この目で 見たんだから!!」
叫ぶ石川の声は震えている。
「……」
「わ、私の事が嫌いになったなら…ちゃんとそう言ってよ!!」
「……」
「言いなさいよ!!」
「…」
「言えよ!!」
「…」
それでも答えない吉澤は、黙って石川を見詰めるだけだ。
2人の間の空気は固まり、暫らくの時間 沈黙が続く…
「…もう…」
沈黙を破ったのは石川だ。
「もう、いいわよ…」
そう言って俯(うつむ)く 石川の口元は、引きつったような作り笑い…
「…今日は覚悟を決めてきたの…」
「…覚悟…?」
聞き返す吉澤に向かってコクンと頷く石川。
「何も答えてくれなきゃ、死ぬって…」
「ハァ?」
顔を上げた石川の頬に流れる涙…
「さよなら…」
言いながら、脱兎の如く走り出した石川は、道路に飛び出して両手を広げた。
そこに突っ込む一台のトラック…
目を閉じてトラックに轢(ひ)かれたと思った
石川が薄く目を開けると、そこは吉澤の胸の中だった。
「アホ…俺がお前を嫌う筈が無いだろう」
右手をテレポートさせ、石川の襟を掴んで引き戻した吉澤は、
そのまま石川の頭を抱いて耳元で呟いた。
何故、吉澤の胸に抱かれてるのか解からないが、そんな事はどうでもいい…
「だって、だって…」
ポロポロと涙を零す石川は、
吉澤の胸に顔を埋め、自分からギュッと抱きついた。
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---吉澤の薔薇のペンダトントがチクリと痛む---
「…お前には、随分と隠し事をしてて、済まないと思ってる」
抱きつく石川の髪を撫でながら、吉澤は自分の秘密をバラす覚悟を決めた。
「……」
今度は石川が黙る番だ。
「俺のせいで、藤本の心臓が盗まれた…
藤本が登校出来ないのは、その為だ」
「…」
「俺は藤本の心臓を取り戻す」
吉澤の静かだが決意のこもった言葉に、石川が顔を上げて吉澤を見る。
「…私も手伝う」
吉澤は、静かに首を振った。
「危険だから、今までお前を遠ざけていたんだ…」
「でも…」
「お前は黙って見ていろ」
そう言いながら、石川が飛び出した道路の向こう側に佇む人物を
射るように見止める吉澤の瞳は、静かな決意に燃えている。
先程から薔薇のペンダントがチクチクと刺すように
反応しているのは、そのせいだ。
黒いラバー製のボディスーツに身を包んだKEIは
射抜くような視殺線を吉澤に送っていたのだ。
「もう直 終わる…」
「本当…?」
「あぁ…この件が終わったら…」
吉澤の唇が石川の耳元で何事かを囁き…
それを聞いた石川の瞳はハッと見開き、
腰がカクンと抜けて、呆けた様にペタリと地面に座り込んだ。
呆ける石川の元を そっと離れた吉澤が進む先には
KEIが待ち構えている。
フと我に返り、石川が振り向く先には対峙する吉澤とKEI…
「よっすぃ…」
立ち上がり、駆け出そうとする石川を
後ろから抱き止める万力の美しき細腕。
「…吉澤の秘密を知りたいんだろ?」
飯田圭織は石川の耳元で囁いた。
「…貴女は、さっきの?」
「あぁ、吉澤を この世界に引き込んだ張本人だ…
変な勘違いをしないでね」
ニッと笑う飯田は石川を そっと離して警察手帳を見せた。
「警察の人?」
ウンと頷く飯田。
「吉澤の恋人かい?」
そう聞かれて真っ赤になる石川は、それでもコクンと頷いた。
「だったら、未来の旦那さんの仕事振りを最後まで見届けるんだよ」
飯田は対峙する吉澤とKEIを見詰める。
「よっすぃ‥警官になるの?」
「…あぁ、それも私と同じ『魔人ハンター』としてね」
余裕有り気に答える飯田だが、さすがに心配なのか、
吉澤とKEIを見る その額には うっすらと汗が浮かんでいた。
吉澤の顔を見た瞬間から保田の心臓はドクンと脈打ち、
近付く吉澤の姿に鼓動は激しくなった。
まだ日が高い午後の時間に、まばらだが人が行き交う路上で
向かい合う、吉澤と保田の間に流れる空気は、そこだけ温度が低い…
「保田圭と言う」
名乗る保田の声は枯れていた。
「何故名乗る?」
「お前の夢を毎日見る…」
「で…?」
「私は夢の中で、毎日お前に殺されている…」
「……」
「その夢でお前が名乗るんだよ…吉澤ひとみってね」
風に煽られサラサラとした髪を靡かせる吉澤の透き通る瞳を
正視出来ない保田は、ふと視線を外した。
「だから、私の名前も知って欲しくてね…それで名乗った」
吉澤は肩を竦めて「別に知りたくは無いが…」と続けた。
「何故、俺は夢の中でアンタを殺すんだ?」
スウッと吉澤が右手を上げて指差すのは保田の左胸。
「それが原因か?」
ハッとして心臓の部分を押さえる保田は、形相を変えて吉澤を睨み付ける。
「…やはり、お前…知っているな?」
ビキビキと音を立てて形を変える保田の右手…
薄く微笑む吉澤は五指を広げた。
「…返して貰うよ、ソレはアンタの物じゃ無い」
バッと5メートル程後ろに跳び、保田は構え直した。
「私が名乗ったのは、もう一つ理由が有る」
キリキリと軸足に体重を乗せて一気に距離を縮めるべく腰を落とす。
「それは…」
言いよどむ保田には、言葉に出来ない秘めた理由がある…
「死んでから、あの世で考えな!」
叫んで、一気に吉澤の懐に飛び込む。
瞬時に吉澤の懐に飛び込み、心臓を抜き取るのには
0,5秒もあれば充分な距離、5メートル。
たった5メートル…
しかし、その5メートルの距離は
保田にとって奇異な感覚に身を委(ゆだ)ねる夢幻の回廊になった…
視界に広がる真紅の薔薇の絨毯…
幻を見たのだ。
それは正に永延の時を彷徨(さまよ)う白昼夢…
吉澤の右手の指が一本一本自分の胸に溶ける様に沈み込む感覚。
毎日見る『悪夢』と同じ夢を 今 見ている…
これは夢だ…
解かっているが、どうしようも無かった…
吉澤はひっそりと冷笑を浮かべて、保田の心臓を握り締める。
「ぁぁああ…」
心臓を引き抜かれる感覚に全身が恍惚の身震いを始める。
「貴女の愛した男に殺されれば本望でしょう?」
耳元で誰かが囁いた…
「キサマ!」
声の主は薔薇の香りに包まれた美貌を湛える、藤本美貴だった。
その藤本の微笑みは、こう語っている。
---全てお見通しよ、貴女は愛する男を殺せない---
「ふざけるな!私は、断じて愛してなどいない!」
否定は空しい事だとは解かっている…
これは、夢なのだ。
「愛するなんて有り得ない!私は一流の暗殺者なんだ!」
それでも、否定する保田の叫びに、藤本は含み笑いで応じる。
「嘘を付かなくてもいいのよ…
証拠に貴女は彼を殺していないもの」
「殺してない…?」
「ふふふ…」と笑う藤本の声と、視界を覆う薔薇の花弁…
「…殺してない…‥?」
ハッと気付き、現実に戻った 保田の禍々しく曲がった鉤爪は
吉澤の心臓に突き刺さる事無く、ピタリと左胸の上で止まっていた。
「また、夢で お前に殺された…」
吉澤の冷たい視線に吸い込まれそうになりながら
独り言のように呟く、保田の唇からは一筋の血が流れている。
「…夢ではない」
表情と同様、冷たい吉澤の返答。
「なにを…!?」
そこまで言って保田は気付く…
吉澤を想うだけで高鳴る、自分のハートが鼓動していない事に…
ゲフッと咽(むせ)た口から大量の血を吐き、崩れ落ちる保田の視界の隅に
見覚えのある臓器が目に入った。
それは、吉澤を殺し、本当の意味で自分の物になるはずだった心臓…
ダラリと下ろした吉澤の右手には脈打つ藤本の心臓が握られていたのだ。
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「返してもらったぜ…」
愛する男は、にべも無く言い放つ。
「…どうやって抜いた?」
大の字になった保田の最後の言葉…
「…教えない」
保田の想いなど知る由(よし)も無い吉澤は、最後まで つれなかった…