藤本の心臓が抜き取られた日から、吉澤には心に誓った事が有る。
---絶対、仇を討つ---
藤本が事件に巻き込まれたのは偶然だ。
しかし、その原因が計らずとも、少しは自分に有ると 吉澤は思っている。
昨夜(飯田がハロー製薬で石黒と絡んだ日)、
事件以来(飯田も停職中の為、進展が無く連絡を取らなかった)、
久しぶりに連絡の取れた飯田から事情を聞いた吉澤は、
事件の背景に松浦亜弥の事務所が絡んでいる との飯田の説明を聞いて、
登校後、さっそく松浦の教室に乗り込んだ。
「松浦は居るか?」
教室に入るなり、クラスメイトに囲まれて幸せそうな松浦を見付けて
カチンと来た吉澤がツカツカと詰め寄る。
「お前に聞きたい事が有る」
「…だ、誰?」
刺すような吉澤の表情に怯えた松浦が廊下で待機している
ボディガード兼マネージャーで石黒彩の夫、真也を呼び付けた。
屈強な体格の真也は、空手の有段者で魔女の忠実な僕(しもべ)だ。
「貴様!ここは女子高だぞ!……わぁあ!!」
自分の性別をも省(かえり)みない身勝手な言い分を発しながら
教室に入ってきた真也は誰かに足を取られ、
ガラガラと机を倒しながら、前のめりに転んだ。
勿論、真也の足を取ったのは吉澤の見えざる右手だ。
「今の俺は下らない冗談を笑う余裕は無いんでね」
冷ややかに見下ろす吉沢の踵がグシャリと真也の顔面を潰す。
「もう一度言う、お前に聞きたい事が有る」
悲鳴が木霊する教室内で、吉澤の声だけが自棄に透き通って聞こえた…
吉澤は松浦から事務所の住所を聞きだし、
その足で石黒音楽事務所に向かった。
「お前が知っている石黒音楽事務所の事を全て話せ」
「…わ、私より、直接社長に聞いてよ」
「社長は今いるのか?」
「…多分」
吉澤の氷のように刺す視線に怯えた松浦が、
顔面血まみれの真也に吉澤を事務所に案内するように
命じた事で決着が付いた。
ふて腐れた真也の運転するリムジンは吉澤を石黒の元に運ぶ。
石黒に怒られる事を恐れた魔女の僕(しもべ)の真也は
吉澤をリムジンから降ろすと、そのまま松浦のマネージャー業に戻った。
「あら、いい男だねぇ…アイドル志望者?」
ノックもせず、重厚な事務所ドアを開けて入ってきた
無愛想な美少年の吉澤を見て、石黒が最初に発した言葉だ。
「アンタが雇った殺し屋の事を教えてもらいたい」
頬を少し染めた石黒の流し目を無視して、本題だけを聞く吉澤に
魔女の色目は落胆に変わる。
「なぁんだ、違うの?…ふう…その件は昨日、約束したんだけどねぇ」
溜め息混じりに話す石黒は、昨夜、ハロー製薬が示した
『以後自分達に付き纏(まと)わない』との約束を吉澤に話した。
「あいにく俺はハロー製薬の関係者じゃないんでね」
「じゃあ、何?」
「…藤本の同級生、それだけだ」
「まぁ、それだけの理由で殺し屋に挑むの?」
「…悪いか?」
「いいえ」
微笑を湛えながら静かに首を振る石黒は、
吉澤の青臭い言葉に胸がキュンと鳴る。
「…いいわねぇ、若いって、切なさが伝わってくるのよねぇ…
いいわ教えてあげる、でも、相手は殺し屋よ、
いくら喧嘩が強くても貴方じゃ死ぬだけよ」
吉澤の能力を知らない石黒は、
吉澤の行動を『若い青春ゴッコ』だと思ったのだ。
それでも石黒は、知っている事を全て吉澤に話す。
石黒の話は、昨日飯田から聞いた通りの情報以外 何も無かった。
だが、話していく内に新たに分かった事が有る。
それは、藤本の記憶を共有するKEIが次に狙う相手は
吉澤の可能性が高いという事だ。
「プライドの高い暗殺者は、邪魔な記憶を摘み取ろうとする筈よ」
「……」
「例えば、藤本さんが愛する人間とかね…」
訳知り顔でニンマリと話す石黒は吉澤の顔色を伺う。
「貴方、あの娘が好きなの?」
「…同級生と言っただろ」
「フフ‥まぁいいわ…気を付けなさい…いい男が死ぬのは辛いから」
そう言いながら、石黒は吉澤の首の後ろに手を回し
首に掛けていた、赤い宝石がポイントのペンダントを そっと外した。
「綺麗な宝石ね…」
ルビーの周りをプラチナの花弁であしらった、
薔薇の形を成しているペンダントヘッドの銀の首飾り。
それは、事件の翌日飯田から手渡された、
藤本が吉澤に渡す予定だったペンダントだった。
「殺し屋が貴方に近付いたら反応するように、
ペンダントに術を掛けてあげるわ」
「…術?」
「こう見えても私は魔女なのよ」
そう見えなくても石黒の鉤っ鼻は魔女そのものだ。
「悪い事は言わないわ、ペンダントが反応したら逃げなさい」
どのような術を掛けたかは知らないが、
奥の部屋に入って 暫らくしてから戻って来た石黒は、
薔薇のペンダントを吉澤の首に掛けながら耳元で優しく囁(ささや)いた。
石黒音楽事務所を後にした吉沢は路上に止めてある
一台のシボレーに気付いた。
運転席には知っている顔…
「よう…送るぜ」
パワーウィンドウが下りて顔を出したのは、
石黒を張っていた飯田圭織だった。
「アイツは俺が殺る…」
車中で吉澤がポツリと呟いた。
「…いいけど、何か掴めたのかい?」
ハンドルを握る飯田は、あっさりと仕事を吉澤に譲った。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000046.jpg 「KEIは俺を狙うらしい…
それと、奴が近付けば居場所が分かるアイテムを手に入れた」
Tシャツの胸に飾られた薔薇のペンダントが揺れる。
「ふうん、随分気前がいい魔女なんだな」
「…俺を気に入ったらしい」
「ハハハ、モテモテなんだな、お前は」
吉澤を好きになる女達は、どうも一癖も二癖も有るらしい。
だが、今はそんな事はどうでも良かった。
飯田は話を戻す。
「それよりも、お前一人で大丈夫か?」
「…抜く練習をする」
吉澤は右手をテレポートさせて心臓を抜き取る決意だ。
「そうか、じゃあ殺るのは任せるが、こっちも譲れない事が有るぜ」
「……?」
吉澤がKEIを殺す事を譲る変わりに、飯田は ある条件を付けた。
「……と、言う訳で、お前がKEIを殺るまで、張り付かせてもらうよ」
「…ご自由に」
「決まりだな」
アクセルを踏み込む飯田のシボレーは、爆音と共に街路地を駆け抜けた…