狼から来ました

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417ハナゲ ◆hANagEBvfs



藤本の心臓が抜き取られた日から、吉澤には心に誓った事が有る。

---絶対、仇を討つ---

藤本が事件に巻き込まれたのは偶然だ。
しかし、その原因が計らずとも、少しは自分に有ると 吉澤は思っている。


昨夜(飯田がハロー製薬で石黒と絡んだ日)、
事件以来(飯田も停職中の為、進展が無く連絡を取らなかった)、
久しぶりに連絡の取れた飯田から事情を聞いた吉澤は、
事件の背景に松浦亜弥の事務所が絡んでいる との飯田の説明を聞いて、
登校後、さっそく松浦の教室に乗り込んだ。

「松浦は居るか?」

教室に入るなり、クラスメイトに囲まれて幸せそうな松浦を見付けて
カチンと来た吉澤がツカツカと詰め寄る。

「お前に聞きたい事が有る」

「…だ、誰?」

刺すような吉澤の表情に怯えた松浦が廊下で待機している
ボディガード兼マネージャーで石黒彩の夫、真也を呼び付けた。

418ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/01/23 18:27 ID:zlYrEIX+

屈強な体格の真也は、空手の有段者で魔女の忠実な僕(しもべ)だ。

「貴様!ここは女子高だぞ!……わぁあ!!」

自分の性別をも省(かえり)みない身勝手な言い分を発しながら
教室に入ってきた真也は誰かに足を取られ、
ガラガラと机を倒しながら、前のめりに転んだ。

勿論、真也の足を取ったのは吉澤の見えざる右手だ。

「今の俺は下らない冗談を笑う余裕は無いんでね」

冷ややかに見下ろす吉沢の踵がグシャリと真也の顔面を潰す。

「もう一度言う、お前に聞きたい事が有る」

悲鳴が木霊する教室内で、吉澤の声だけが自棄に透き通って聞こえた…







419ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/01/23 18:28 ID:zlYrEIX+

吉澤は松浦から事務所の住所を聞きだし、
その足で石黒音楽事務所に向かった。



「お前が知っている石黒音楽事務所の事を全て話せ」

「…わ、私より、直接社長に聞いてよ」

「社長は今いるのか?」

「…多分」

吉澤の氷のように刺す視線に怯えた松浦が、
顔面血まみれの真也に吉澤を事務所に案内するように
命じた事で決着が付いた。

ふて腐れた真也の運転するリムジンは吉澤を石黒の元に運ぶ。



石黒に怒られる事を恐れた魔女の僕(しもべ)の真也は
吉澤をリムジンから降ろすと、そのまま松浦のマネージャー業に戻った。




420ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/01/23 18:28 ID:zlYrEIX+

「あら、いい男だねぇ…アイドル志望者?」

ノックもせず、重厚な事務所ドアを開けて入ってきた
無愛想な美少年の吉澤を見て、石黒が最初に発した言葉だ。

「アンタが雇った殺し屋の事を教えてもらいたい」

頬を少し染めた石黒の流し目を無視して、本題だけを聞く吉澤に
魔女の色目は落胆に変わる。

「なぁんだ、違うの?…ふう…その件は昨日、約束したんだけどねぇ」

溜め息混じりに話す石黒は、昨夜、ハロー製薬が示した
『以後自分達に付き纏(まと)わない』との約束を吉澤に話した。

「あいにく俺はハロー製薬の関係者じゃないんでね」

「じゃあ、何?」

「…藤本の同級生、それだけだ」

「まぁ、それだけの理由で殺し屋に挑むの?」

「…悪いか?」

「いいえ」

微笑を湛えながら静かに首を振る石黒は、
吉澤の青臭い言葉に胸がキュンと鳴る。
421ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/01/23 18:36 ID:zlYrEIX+

「…いいわねぇ、若いって、切なさが伝わってくるのよねぇ…
いいわ教えてあげる、でも、相手は殺し屋よ、
いくら喧嘩が強くても貴方じゃ死ぬだけよ」

吉澤の能力を知らない石黒は、
吉澤の行動を『若い青春ゴッコ』だと思ったのだ。

それでも石黒は、知っている事を全て吉澤に話す。

石黒の話は、昨日飯田から聞いた通りの情報以外 何も無かった。
だが、話していく内に新たに分かった事が有る。
それは、藤本の記憶を共有するKEIが次に狙う相手は
吉澤の可能性が高いという事だ。

「プライドの高い暗殺者は、邪魔な記憶を摘み取ろうとする筈よ」

「……」

「例えば、藤本さんが愛する人間とかね…」

訳知り顔でニンマリと話す石黒は吉澤の顔色を伺う。

「貴方、あの娘が好きなの?」

「…同級生と言っただろ」

「フフ‥まぁいいわ…気を付けなさい…いい男が死ぬのは辛いから」

そう言いながら、石黒は吉澤の首の後ろに手を回し
首に掛けていた、赤い宝石がポイントのペンダントを そっと外した。
422ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/01/23 18:37 ID:zlYrEIX+

「綺麗な宝石ね…」

ルビーの周りをプラチナの花弁であしらった、
薔薇の形を成しているペンダントヘッドの銀の首飾り。

それは、事件の翌日飯田から手渡された、
藤本が吉澤に渡す予定だったペンダントだった。

「殺し屋が貴方に近付いたら反応するように、
ペンダントに術を掛けてあげるわ」

「…術?」

「こう見えても私は魔女なのよ」

そう見えなくても石黒の鉤っ鼻は魔女そのものだ。



「悪い事は言わないわ、ペンダントが反応したら逃げなさい」

どのような術を掛けたかは知らないが、
奥の部屋に入って 暫らくしてから戻って来た石黒は、
薔薇のペンダントを吉澤の首に掛けながら耳元で優しく囁(ささや)いた。






423ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/01/23 18:38 ID:zlYrEIX+

石黒音楽事務所を後にした吉沢は路上に止めてある
一台のシボレーに気付いた。

運転席には知っている顔…

「よう…送るぜ」

パワーウィンドウが下りて顔を出したのは、
石黒を張っていた飯田圭織だった。



「アイツは俺が殺る…」

車中で吉澤がポツリと呟いた。

「…いいけど、何か掴めたのかい?」

ハンドルを握る飯田は、あっさりと仕事を吉澤に譲った。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000046.jpg

「KEIは俺を狙うらしい…
それと、奴が近付けば居場所が分かるアイテムを手に入れた」

Tシャツの胸に飾られた薔薇のペンダントが揺れる。

「ふうん、随分気前がいい魔女なんだな」

「…俺を気に入ったらしい」

「ハハハ、モテモテなんだな、お前は」
424ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/01/23 18:38 ID:zlYrEIX+

吉澤を好きになる女達は、どうも一癖も二癖も有るらしい。
だが、今はそんな事はどうでも良かった。
飯田は話を戻す。

「それよりも、お前一人で大丈夫か?」

「…抜く練習をする」
吉澤は右手をテレポートさせて心臓を抜き取る決意だ。

「そうか、じゃあ殺るのは任せるが、こっちも譲れない事が有るぜ」

「……?」


吉澤がKEIを殺す事を譲る変わりに、飯田は ある条件を付けた。


「……と、言う訳で、お前がKEIを殺るまで、張り付かせてもらうよ」

「…ご自由に」

「決まりだな」


アクセルを踏み込む飯田のシボレーは、爆音と共に街路地を駆け抜けた…