『人造舎』の貸し出しリストに登録している人材は、
特に魔界街に住んでいると言う訳ではない。
それは、朝娘市警察の管轄が、市外には及ばないという事が主な理由…
足が付いても直ぐに逃げられるように、
朝娘市警察の手が届かない市外に住む魔人は多いのだ。
東京都港区、六本木ヒルズに有る高級マンション。
その高層マンションの18階に心臓を抜く暗殺者の部屋が有った。
豪華な造りの2LDKの洋室に有るベッドの上で『KEI』こと保田圭は
うなされる日々を送っていた。
新たな心臓を手に入れた保田の体は、拒絶反応に苦しみ
高熱にうなされ、身悶えする日の連続だった。
だが、拒絶反応の痛みは一週間で消えた。
魔人の体力が、拒み続ける心臓を吸収したのだ。
それなのに、眠れない日々が永延と続いた。
一ヶ月(四週間)たった今でも、ベッドの上で悶えるのには理由が有る。
眠ると、必ず見る夢のせいだ…
取り込んだと思っていた心臓は、未だに拒み続ける…
石黒が施したカオスの契約により、心臓には魂が宿っていたのだ。
その魂が悪夢を見させる…
…夢…
真紅の世界にポツンと佇む、一人の少女…
真っ赤な花弁が咲き乱れる、気高き薔薇の絨毯の下には
保田の動きを止める,、棘(いばら)が足に絡みつく…
その少女は保田に気付くと、微笑みながら近付いて来た…
見覚えの有る顔…
当たり前だ。
その少女の心臓は今、自分の体の中に有るのだから。
「…藤本美貴」
少女は、そう名乗った。
「返して頂きますわ…」
そう言って、藤本は細い腕を保田に伸ばす…
「ふざけるな!コレは私の物だ!」
ビキビキと音を立てて禍々しく変形した右手で、
保田は藤本の左胸の中心を目掛けて鉤手を振った。
だが、藤本の心臓を抜き取る筈の魔手は虚を掴む…
当然の事だ。
藤本の心臓は今、自分の体内で脈打っているのだから。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000045.jpg 「無駄な事を…」
藤本の後ろから、影の様に ひっそりと現れる、見た事も無い男…
冷たい眼差しの美貌の少年は、ゆっくりと右手を保田の左胸に向けて伸ばす…
---ドクン---
保田の心臓は、経験した事が無い胸の高鳴りに疼いた。
---ドクン---ドクン---ドクン---
「だ、誰だ…?」
自分の声が擦(かす)れている事が分かる…
「…吉澤ひとみ」
男とは思えない、ほっそりとした美しい指が胸に掛かった。
---ズズ・・---
指は、静かに、そして確実に心臓を目掛けて沈む。
---ズブ---ズブ---ズブ---
「や、やめて…」
冷ややかな瞳の吉澤………
ブチブチと音を立てて動脈を引き千切りながら、
握られた心臓は引き抜かれた。
「返して!それは、私の…!」
「貴女の物ではないわ」
吉澤の隣に寄り添う藤本がそう言うと、
真紅の薔薇の花弁がブワリと舞い上がり、保田の視界を奪った…
「わぁああ!」
保田は叫びと共に飛び起きた。
グッショリと寝汗を掻いている。
ハァハァと荒い息を付きながら、股間に手を伸ばして気付く。
濡れていた…
「…ふざけるな」
悪夢だ…
「…殺してやる」
有った事も無い人間を愛してしまっている…
「必ず私の手で殺してやる!」
保田の叫びに呼応するかのように、
ベッドの横に誰かが立つ気配…
「キサマ!!」
それは、ひっそりと不適に笑う藤本の幻影だった。
---リリリリリリ---
肩で息をする保田の耳に滅多に鳴らない電話の呼び鈴が届いた。
取った受話器の向こうから聞こえるのは、
リサと呼ばれる豆みたいな少女の声だ。
「…何か分かったか?」
保田は、有る事を自分の所属する『人造舎』に頼んでいた。
それは藤本美貴と吉澤ひとみ という、悪夢に出てくる人間の所在だった。
---藤本の事件はハロー製薬によって完璧に隠蔽されていて
同級生さえも(吉澤を除いて)事件そのものを知らない---
石黒に聞いても良かったが、彼女が知ってるとも思えないし、
知っていたとしても、これ以上 借りを作る事は保田のプライドに関わった。
『へへへ、分かったよ、藤本ってのはハロー製薬専務の一人娘で
吉澤ってのが、その同級生、事件が公(おおやけ)にならないのは
ハロー製薬がバックに付いてるからだよ』
受話器の声は、何時もの事だが やけに明るい。
『相手がハロー製薬じゃ、少しヤバイんじゃない?
手を貸そうか?…勿論有料で』
「バカ言え…」
『ふふ‥そう言うと思った、じゃあ情報料は次の仕事が入った時に、
ギャラから天引きしとくから…』
皆から『殿』と呼ばれている、白髪で盲目の人造舎総帥と、魔人達の間を繋ぐ
連絡係のリサのハシャギ声を苦々しく思いながら、
頼んでいた情報をメモに取り、保田は無造作に受話器を置いた。
「……」
無言で胸に手を置いてみる。
トクントクン…と脈打つ心臓は、何時もより鼓動が早い…
仕事着のラバースーツに着替えて、部屋を出る保田の額には
うっすらと汗が滲んでいた…