――― 16話 心臓の記憶 ―――
ハロー製薬本社ビル地下5階…
30畳程も有る広い室内に有るのはベッドとそれに繋がる機械類、
そして7人の人間だった。
ハロー製薬の藤本専務、ボディガード4名、飯田圭織、
そしてベッドに横たわる藤本美貴。
藤本専務を囲むように立つボディガード達と
壁に寄りかかる飯田は、ある人物を待っている。
青白い光に包まれた室内に呼び出された人間が一人。
自動ドアが開いて入って来たのは、石黒音楽事務所社長の石黒彩だ。
樫の杖を持つ黒尽くめの石黒は、不適に室内を舐めるように見回した。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000039.jpg 「何故呼び出されたかは分かっているな」
専務の重い声が室内に響く。
無言の石黒は唇だけ微笑の形を作った。
「娘の意識が戻らない…お前が依頼した暗殺者の事を教えてもらおう」
「……」
あの日、藤本美貴は直ぐにハロー製薬本社ビルに設置されている
最高級の手術室に運ばれた。
最新鋭の人工心臓が取り付けられて、蘇生手術は完璧に成功した。
しかし、藤本の意識は一ヶ月近く(三週間)経った今も戻らず
眠り姫の如くスヤスヤと その寝顔を湛えている。
KEIと言う名前の暗殺者と石黒の接点は
志村けん暗殺事件の時には掴んでいた。
だが、藤本美貴が心臓を抜かれたのは、藤本が偶然そこに居ただけで、
今の意識が戻らない状況が、KEI又は石黒が絡んでいるとは
誰一人思っていなかった。
只一人、飯田圭織を除いては…
事件の後直ぐに、飯田は責任を取らされる形で停職処分になった。
本来ならば、事件が事件なだけに
(ハロー製薬専務の娘が殺されるのを見逃した)
免職は避けられない状況だったのだが、朝娘市警察にとって貴重な存在である
魔人ハンターの処分は3ヶ月の停職という形で落ち着いた。
藤本の意識が戻らない事に業を煮やした専務が
事件の洗い出しを命じて、初めて飯田の証言が出てきたのだ。
「抜き取られた藤本美貴の心臓は生きている」
KEIが抜き取った藤本の心臓が脈打つのを、目の前で見た飯田は
その心臓をKEIが自分の潰れた心臓の代わりにする事を確信していた。
今更になって自分に縋るハロー製薬に不審が募ったが
そんな事は微々たる物だ。
KEIを殺す…
それだけだ。
そして、藤本専務の目的は勿論、娘の意識の回復だ。
藤本専務と飯田の目的は合致した。
KEIを殺して、その心臓を取り戻す。
だが、そのKEIの居場所は皆目見当が付かない。
それならば、KEIとの接点を持つと思われる人物から聞き出す…
今日、石黒が呼び出された理由だ。
「私が暗殺者を頼んだ?…知らないねぇ、証拠でも有るのかい?」
「証拠は無い、だが、ここは魔界街だ、無理やり吐かせる事も可能だ」
藤本専務は顎をしゃくるとボディガード達が銃を構えて
石黒に照準を合わせた。
「…アンタ達、私の事は調べたのかい?芸能事務所社長以外の私の肩書きをさ」
「それ以外 何が有る?……!!」
怪訝そうな顔をする専務の表情が驚きのソレに変わった。
銃を握るボディガード達の手首が握った銃ごとボトボトと床に落ちたのだ。
呻きながら落ちた利き手を押さえる男達を冷ややかに見る石黒。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000038.jpg 「この部屋に入った時に私の髪の毛を数本飛ばしておいたのさ!」
キューッと石黒の唇の端が釣りあがる。
「き、貴様、何者だ!」
藤本専務が懐に隠していた護身用の銃を抜いて石黒に向けた。
「ヒャハハハ!撃ってみなよ!」
おもむろに歩を進める石黒は専務に近付く。
「貴様ぁああ!」
---パンッ!---
放った弾丸は石黒の胸の中心を貫いた。
ニーッと笑う石黒の体が薄くなりヒラヒラと人型の紙になり床に落ちる。
「…なっ!?」
その紙の中心には五芒星が描かれており、
専務の打ち抜いた弾丸は見事に五芒星の中心に穴を開けていた。
「ど、どういう事だ?」
藤本専務は事の成り行きを黙って見ていた飯田に振る。
「……」
飯田は無言で部屋のドアを見詰めていた。
「アンタ、私を殺したね…これで私がアンタを殺しても文句を言えない…」
声のする方向は飯田が見詰めていた自動ドア。
「…!!」
愕然とする専務。
ドアの前には石黒がヒッソリと佇んでいた。
「その髪の毛…何故、私を狙わなかったの?」
初めて飯田が声を出した。
「…強い相手とは闘わない…私の主義でね」
コツコツとヒールの音を立てて部屋の中央に進んだ石黒は
専務の足元に蹲(うずくま)るボディガード達に向かって言い放った。
「邪魔だよ、アンタ達のボスは殺さないから出て行きな」
藤本専務に促されて男たちが出て行くと
「な〜んてね」と、石黒が意地悪そうな笑いを浮かべた。
「強い相手とは争わないないけど、弱い奴は徹底的に叩くわよ」
石黒に『弱い奴』の烙印を押されたハロー製薬専務の首には、
石黒の髪の毛が一本、細い線のように巻きついている。
「…うぐっ!」
キューッと絞まる髪の毛に藤本専務の顔色が変わった。
「ま、まて…此方の非礼は詫びる」
ガクリと膝を付く専務は、絞まる首を押さえながら呻くように詫びを入れる。
「ふん、最初からそうしてれば良かったんだよ」
膝を付く藤本専務を見下す石黒が指を鳴らすと、髪の毛はハラリと落ちた。
「お前の その術…お嬢さんの心臓をKEIに入れたな、
そして、その娘の意識が戻る術(すべ)も知っている…と、見たが どう?」
壁に寄りかかったままの飯田は、タバコに火を点けて石黒の答えを待った。
「答えてもいいけど…保障が欲しいわ」
「保障?」
石黒が静かに頷く。
「そう、これ以上 私に付きまとわないって保障」
「…それは、俺が約束しよう」
藤本専務が喉を押さえながら答えた。
「だが、それは娘の意識が戻ってからだ…」
「…OK」
そう言いながら石黒はコツコツと自動ドアに向かった。
「最初に言っておくけど、殺し屋の居場所までは知らないわよ、
自分達で探しなさいね」
「分かった…で、娘さんの意識を戻す方法は?」
飯田も少しは見殺しにした責任を感じるのか、
それとも、吉澤を想う同級生という事情が気になるのか、
兎に角、藤本の意識が回復する方法に関心が有った。
「フフ‥貴女の考えた通り、その娘の心臓は私が移植した…
意識が戻らないのは、KEIが あの心臓とカオスの契約を結んだから…
心臓が元の場所に戻りさえすれば、カオスの契約が切れて
その娘も元通りに蘇るわよ…」
飯田を見ながら微笑む石黒。
「貴女の推測は全て正しいわ」
「何故、そんな面倒な術を掛けた?」
飯田は普通に移植しない事に疑問を感じた。
「面倒?私は医者じゃないわ…
それに、その娘が復活する時は完璧な方が良いでしょ?」
石黒は藤本専務に向かってウィンクをして見せた。
「私は優しい魔女なのよ…」
その言葉を残し魔女は自動ドアの向こうに消えた。
「それにしても、奴の居所が掴めないとな…」
腕を組んで考え込む藤本専務。
「アイツは私を殺しに来る…」
ポツリと飯田。
「ほ、本当か…?」
「KEIは私に怨みを持ってるの…」
飯田はKEIが最後に言い残した言葉を忘れてはいない。
----オマエの事は忘れない!必ず御礼はさせて貰う!----
KEIは そう言って飯田の前から消えたのだ。
「その日がお嬢さんの新しい誕生日になるわ」
余計な真似はしないでね、と専務に釘を刺して 踵を返す飯田。