翌日、早朝から図書室に篭もる紺野は、飛行機の専門書を借り、
授業中も隠れて本を読み漁った。
「あ、あさ美ちゃん…?」
「……」
「あさ美ちゃんて…」
「…もう!忙しいので話しかけないでください」
「…いや‥だから」
「…?」
加護が目配せする視線の先には、何時もの様に上半身裸の担任江頭が
仁王立ちで紺野の後ろに立って睨んでいる。
「…あっ」
「紺野ぉぉお!廊下に立ってろ!!」
「…はい」
クスクス笑われながら廊下に出る、紺野の右手には専門書が握られている。
反省しているようで、実はしていない…
廊下に立つ間も本を手放さない、紺野の瞳は燃えていたのだ。
「今日は沢山勉強して来ました!」
放課後、例のガレージでグライダーの前に立つ紺野は
運転席の自転車のサドルをパンと叩いて皆にハッパを掛ける。
「私が絶対 飛ばしてみせます!」
すっかりハンサム軍団の一員になったつもりの紺野に
辻と浜口の目が「おお!」と輝き、
他の軍団員と加護の目は「エェ、、」と引いた。
そして…
「…だから、なるべく軽くしないと駄目なの!余計な物は取り外しますからね」
「マジかよ!せっかく頑丈に組み立てたのに」
「組み立て直しです!」
「…はい」
不良の加藤にも物怖じせず、腰に手を当て、参考書と睨めっこする紺野。
「さすが紺野や!」
「…浜口…オマエ…」
「なんや?」
「…いや、なんでも」
「……?」
紺野に感心しきりの浜口に、突っ込みきれない矢部。
やがて…
仕方なしに紺野の指示に従っていた軍団員達も、
紺野と浜口の熱意に感化されだし、何時しか作業にも熱がこもって来る。
「なんか飛べそうな気がしてきたで」
「最初は冗談半分だったのにな…」
有野と武田は顔を見合わせて、半分照れ笑いだ。
「うん?オマエ等何しとん?」
矢部が不思議そうに聞くのも無理はない、
辻と加護が翼に手をかざして、何やらブツブツ唱えているのだ。
「飛べるように魔法を掛けているのです」
「これで飛べたら、うち等のお陰やでぇ」
「…ハハハ、あっそぅ」
突っ込み役の矢部が「頑張りやぁ」と笑顔を見せた…
アルミのパイプを出来るだけ少なくし、ベニヤだった羽もビニールシートを使い、
ブレーキを尾翼の調整に改造して、プロペラも薄く削る…
それを見守る、機体の中央にチョコンと飾られた2つの紙飛行機…
顔中、油だらけに染め、笑い合いながら
3日掛けた作業は、完成まで もう少しという所まで来ていた。
「もう少しで完成なのです!!後は飛ばすだけなのです!!」
昼休み、大声ではしゃぐ辻の口を紺野と加護が慌てて塞ぐ。
「阿呆、誰かに聞かれたら どないすんねん」
「そうですよ、秘密基地は文字通りヒミツなんですから」
「大丈夫なのです♪」
何が大丈夫なのか、根拠も無くアッケラカンとした辻。
「先生とかに知られたら全てがパーになります」
「そうやで、今までの苦労が水の泡や」
「…う〜…分かったのです」
ブーッとホッペタを膨らませながら答える辻も、水の泡になるのは、やはり嫌なのだ。
そんな3人の会話を、弁当を広げながら
何食わぬ顔で聞く、高橋愛の口元は薄く微笑んでいた…
放課後、何時ものように作業するハンサム軍団と辻達。
「ふーん、面白い事になりそう…」
陰からコッソリと覗いた高橋は、独り言をポツリと呟く…
その微笑みは、まさに小悪魔そのものだった。
そして翌日、辻の顔は蒼ざめる事になった。
(のの のせいなのです‥ののが昨日大声で喋ったから…)
朝のホームルームで担任の江頭の口から秘密基地の話題が出たからだ。
「立ち入り禁止の場所でタバコを吸ったりエロ本を読んだり、
不良行為をしている連中がこのクラスに居るな」
ざわめく教室…
「チッ」
加藤と武田は舌打ちをして、ふて腐れている。
矢部 有野、そして加護も俯(うつむ)き、首を振っていた。
「特に、飛行機みたいなのを作って飛ばそうと計画しているらしいな、
これは危険だから絶対に許さん!」
血の気が引いた辻が、チラリと紺野と浜口を見ると
2人とも下を向いて体が震えていた。
「心当たりの有る者は後で先生の所に来るように、
罰として飛行機を解体させるからな!…以上!!」
ニヤニヤしているのはクラスの中で高橋ただ一人、
だが、その悪魔の微笑みに気付くクラスメートは誰一人いなかった。
ホームルームが終わり江頭が教室を出ると、
辻が机に突っ伏してワッと泣き出した。
「ごめんなしゃい!ののが悪いのです…全部のの のせいなのです」
泣きじゃくる辻に集まるハンサム軍団は、一様にシラケ顔だ…
だが、怒ってる様子では無かった。
「まぁ、しゃあないだろ」
「俺達も本気で飛べるとは思ってなかったしな…」
お互い顔を見合わせて頷き合うハンサム軍団は、
一瞬でも楽しい一時を過ごせた事に感謝していたのだ。
「でも、でも…」
「そんなに泣くなって、オマエ達のお陰で結構良い夢が見れたでぇ」
矢部にポンと肩を叩かれた紺野は
唇を震わせながらポロポロと涙を流している。
「……」
紺野の涙に皆が一瞬声を詰まらせた。
慰めの言葉は何にもならない…だが…
「オマエと浜口が一番一生懸命だったな…」
声を掛けずには居られない。
「うん?浜口は?」
加藤が浜口が居ない事に気付く。
「…居ないでぇ」
加護が教室を見回したが、浜口は消えていた。
ハッと辻と紺野が顔を上げる…
「基地に行ったのです!グッチョンは基地に行ったのです!」
立ち上がった辻が紺野の手を取った。
「あさ美ちゃん!のの達も基地に行くのです!」
「…うん!」
脱兎の如く教室を出る辻と紺野。
「おい、俺達も行くぞ!」
続く矢部に
「授業はどないすんねん」
と有野。
「阿呆!そんな事言ってる場合ちゃうで!」
加護は有野の尻を蹴って追い立てた。
「ちぇ、つまんない…」
出て行くハンサム軍団を見送る高橋愛は少し考えるとニコリと笑い
教室を出ると、連中と反対の方向…職員室に向かった。
辻達が駆け付けると、ガレージのドアが開いていて
浜口が一人でグライダーを押し出そうとしている最中だった。
「優君…」
「グッチョン、飛ばすつもりですか?」
黙って頷く浜口。
「まだ未完成やで、それ」
心配顔の加護の肩に手を置いた矢部は首を振って見せた。
「それでも、かまへん…」
グライダーを押しながら呻くように呟く浜口。
「壊されるぐらいなら今飛ばす…
これは俺の夢や…俺達の夢なんや!!」
機体を押す浜口の手に、そっと紺野の手が乗った。
「紺野…」
反対側の翼にはニカッと笑う辻と加護。
「辻…加護…」
黙って見ていたハンサム軍団も後に続いた。
「オマエ等…」
「浜口!何 涙声になってんねん!これは俺達の夢なんやろ!」
そう言う矢部の声も震えている。
「よっしゃあ!飛ばそうぜ!!」
「おおおお!!!」
加藤の掛け声に全員雄叫びを上げた。
「こらーー!!オマエ等ーー!!何してんだ!!」
ガラガラと音を立ててガレージから
グライダーが出されたのを見て江頭が声を上げた。
「馬鹿な真似は止めなさい!」
「そこを動くんじゃないぞ!」
4人の教師が駆け寄ってくる。
高橋の告げ口で慌てて飛んで来た、手の開いている教師達だ。
「ヤベェ!江頭達だ!」
「浜口!乗れ!」
「グッチョン、乗るのです!」
「優君、乗って!」
「お、おぉ!」
浜口が自転車に乗ってペダルに足を掛けた。
「おりゃあああ!」
加藤と武田が、走り寄って来た教師に体当たりをして止める。
「行けぇぇええ!浜口ぃぃいい!!」
翼を押す皆も其々声を掛けた。
「行け!浜口!」
「江頭は俺が止める!」
ゴロゴロと補助車に支えられて、動き出す機体…
「飛んでぇぇえ!」
「飛べっ!!」
ゆっくりとだが、緩い斜面を走る機体…
「ぅ ぅ ぅ う う う…!」
力を込めてペダルを踏む浜口…
---ブン ブン ブン---
それに合わせて勢い良く回りだすプロペラ…
「浜口ぃ!止まるんだ!!」
矢部のタックルを避け、追い掛けて走る江頭は機体と並んだ。
「……」
無言の浜口の額には汗が光る。
「浜口!!」
「先生…俺、行きます!!」
「…!」
江頭の顔を見た浜口の小さな瞳に何を見たのか、
江頭は走るのを止めて機体を見送った。
「飛べぇぇえええ!!」
「飛んでぇぇええ!!」
「行っけぇぇええ!!」
其々の想いを込めて走るグライダー…
「うぉぉぉおおおおおお!!!」
ペダルを漕ぐ浜口も全力を出した。
フワリと浮いた…
10メートル…
20メートル…
滑空したとは言えないのかもしれない…
だが、それでも満足だった…
翼が折れて、バランスを崩した機体は、音を立てて地面に叩きつけられた。
俺が目覚めたのは病院のベッドの上やった。
足の骨と肋骨が折れてた。
最初に目に入ったのが涙ぐんだ紺野の顔…
彼女の顔は俺には眩しくて、あんまり見られへんかったら
俺はバンザイをする矢部達と一緒に笑った。
紺野に聞いた話では、あの後 皆はごっつ怒られたらしい。
罰として一週間の便所掃除をくらったらしいけど
何故か皆はニコニコとして素直に罰を受け入れたそうや。
あと、手伝ってる店の、なんとか婆ちゃんにも怒られたって笑ってた。
江頭が病院に来て俺も怒られたけど、アイツはそんなに怒ってなかったな。
俺は、ほんまに、ええ友達を持った…
俺は、この出来事を一生忘れない…
絶対、忘れる筈が無いんや…
なぁ? 紺野…?
俺達は知っている
あの時間が永延に終わらないと感じた事を…
俺達は信じている
ちっぽけな背中だけど、そこには見えない大きな翼が生えている事を…
だから俺達は忘れはしない
信じていれば、きっと必ず空を飛べるという事を…
ずっと、ずっと‥ずっと…
光り輝いていた、俺達の時間……