――― 15話 俺達の翼 ―――
俺は知っている
この時間が永延に終わらない事を…
俺は信じている
ちっぽけな背中だけど、そこには見えない翼が生える事を…
だから、俺は忘れない
信じていれば、いつか空を飛べるという事を…
ずっとずっと…
輝いていた時……
「加護さん 紺野さん、今日の生放送は新曲を披露するから
必ず見てちょうだいね♪ じゃあねぇ」
アイドルらしい可愛さで2人に手を振って、迎えに来たワゴンに乗り込む
高橋愛を「はは‥」と半笑いで見送る、加護と紺野は「うん?」と顔を見合わせた。
「そういえば、ののは?」
「さっきまで居たのに…」
学校の帰りは必ず3人で帰るのに、昨日から辻の姿が見えない。
「昨日も授業が終わったら、何時の間にか消えてたやん」
「MAHO堂にも来ませんでしたし…」
「ののめ…何か隠しちょるな」
今朝、「昨日は何してたん?」と聞いても辻は「へへへ」と笑って誤魔化したのだ。
「何処に行ったんでしょう?」
考え込む紺野の肩を加護の手がチョンチョンと突ついた。
「あさ美ちゃん、あれ見てみぃ」
「…うん?…優君?」
同級生の浜口優が、何か鉄パイプみたいな物を大量に抱えて
キョロキョロと辺りを見回して、学校の裏口の外れに有る、
ロープが張ってある林道に隠れるように消えて行く所だった。
「何やってん?あの道は工事か何かで出入り禁止の筈やで」
「あからさまに挙動が不審でしたね」
「…あっ!」
2人同時に小さく叫ぶと 慌てて口を手で押さえて、木の陰に隠れた。
浜口に続いて、キョロキョロと同じ挙動で林道に逃げるように入っていくのは
同じく同級生の矢部浩之と有野晋哉だ。
「なんや、怪しいちゃうん?」
「皆さん手に何か荷物 持ってますね」
そして、クラスのツッパリ、加藤浩次と武田真治が偉そうに
大股で入って行く所を見て、2人の決心がついた。
「後着けるでぇ」
「はい」
林道を出た所には『第二グラウンド建設予定地』と書かれた小さな立て看板と
古臭い小さな廃屋とボロボロのガレージがポツンと建っていて、
そこから見下ろすような形で広がる、校庭程も有る雑草だらけの開けた敷地は
緩い斜面がスキー場のように広がっている。
「なんやココは?こんな風になってるなんて全然知らへんかったわ」
「でも、工事をするような感じが全くしませんね」
廃屋と化した工事小屋からは連中の笑い声が聞こえてくる。
そして、その談笑の中に混じってケタケタと聞こえる笑い声は…
「のの!」
「辻さん!」
窓から顔を覗かせた2人がビックリして声を張り上げたと同時に
中に居た辻達も「わぁ!」と大声を出して驚いた。
そこは、クラスの自称『ハンサム軍団』の秘密基地だったのだ。
「わぁぁ、、何ですかココは?」
小屋の中は一応綺麗に片付いていて、学校から拝借してきた
椅子とテーブルが並べてあるのを見た紺野は感嘆の声を上げた。
「どうせ、秘密基地とか言うんやろ?うち等の男子は子供臭くてあかんわ」
そう言って悪態を突く加護も、興味津々で室内を見回す。
「うん?どないしたん?」
気付くと、俯(うつむ)き頭を抱える男子達…
「辻の次はオマエ等か…」
溜め息を付きつつ、矢部がボソリと呟いた。
「矢部君達はエロ本が読めなくなって困っているのです」
ケラケラと笑い ポテチをポリポリ食べながら、辻が机の棚に隠してある
エロ本を数冊取り出して「ほらっ」と加護と紺野に手渡した。
「ゲッ」
ドぎつい表紙を見た加護は目を丸くしたが、
キョトンとした紺野は「?」と小首を傾(かし)げるだけ…
「わぁぁあ!辻ぃ、オマエ何見せてんねん!」
有野が慌てて加護からエロ本を奪い取る。
「阿呆、見るか!そんなモン!ねぇ、あさ美ちゃん?…って…あさみ…ちゃん?」
紺野に話を振った加護がポカンとするのも無理は無い…
紺野はシゲシゲとエロ本を捲って見ていたのだ。
「……減るもんでも無いですし」
そう言う紺野の眼鏡が、キラリと光る。
「ハ、ハハ‥そ、そやな…」
唖然とする男子と、加護の乾いた笑いが辺りを包んだ…
「オマエ等、帰れよ!」
加藤が両手で頭をムシャムシャと掻き毟りながら叫んだ。
「辻だけでイッパイイッパイなのに、もう嫌だ!」
昨日、辻に秘密基地が見付かってから散々な目(想像にお任せする)に有ってる
ハンサム軍団は、後2人も増える事に辟易し、呆れ果てた。
「ふーん、ええんかぁ?帰っても…」
そんなハンサム軍団を知ってか知らずか、加護の顔は目だけが笑っている。
「な、なんだよ」
何となく嫌な予感…
「うち等の口は軽いねん…何処でポロッと滑るか分からへんでぇ」
予感的中…
「……わ…分かったよ」
「分かれば、ええねん」
加護の勝ち誇った顔と、対照的な加藤の表情。
あっさりと、ハンサム軍団は完敗した…
「ちくしょう!」
負けた腹いせに加藤が取った行動は、
パーーーンと快音を響かせる武田に放ったビンタだった。
「あいぼん、あさ美ちゃん、こっちに来るのです!」
辻が2人の手を取って小屋の隣に建ててあるボロボロのガレージに連れ出す。
「おお、ココは俺達の夢のガレージやでぇ!」
ヘヘンと笑いながら3人に着いて来た、
普段は『おバカ』な浜口の目が輝いている。
「ジャーン!」
辻と浜口がガラガラと音を立てて開けたガレージの奥には
組み立て途中のグライダーが鎮座してあった。
「な、なんや!?」
「すごーーい!」
「どや、俺達が組み立てたんやで!」
胸を張る浜口と辻。
「オマエは造っとらへんやんけ…」
浜口が半笑いで辻に突っ込む。
「えへへへ…」
辻はペロリ舌を出した。
それは、自転車にパイプを取り付けて組み立てたグライダーだ。
ペダルを漕ぐと、自転車の前に取り付けられたプロペラが回る仕組み…
ブサイクにベニヤ板を骨組みに張り付けた翼…
何時出来上がるかも分からない彼等の夢…
学校が予算不足を理由に、放置したままの『第二グランド予定地』。
この なだらかで広い斜面を見て浜口が言い出した突飛な計画は、
只々毎日をグータラに過ごすハンサム軍団に活気を与えた。
「……」
ハンサム軍団と辻、加護が はしゃいでるのを遠く聞きながら、
太陽が傾くグランド予定地に佇む紺野は、
もう何分もの間 言葉も無く、グライダーを見ている。
「なんや?そんなに格好ええか?」
それに気付いた浜口が駆け寄り、紺野の隣に並んでグライダーを見上げた。
「凄い‥これ、優君が造ったんですか?」
紺野の感嘆の声に浜口は、恥ずかしそうにポリポリと頭を掻きながら頷く。
「まぁ、勿論 俺だけやないけどな…」
チラリと振り向く先には、矢部達と辻 加護が楽しそうに怒鳴りあっている。
「私も空を飛ぶのが夢なんですよ」
浜口に隣に座るように促しながら 草地の地面に腰を下ろし、
夕日が差し迫る空を眺める紺野は、浜口に振り向きニッコリと微笑んだ。
「…そう言えばオマエ等、魔女見習いだったっけ?
テレビで見たでぇ、格好良かったな、風がゴーッと吹いて」
「飛べませんけどね」
「ハハ‥そうか…俺も飛ぶのが夢やねん、
格好ええでぇ、俺が操縦して、あのグライダーで飛ぶねん」
微笑む紺野は、胸ポケットからキャラメルを取り出す。
「はい」
「…うん?」
少し興奮気味に話す浜口の目の前に、紺野の手の平に乗った
銀色の小さな包み紙が差し出された。
「サ、サンキュ」
甘酸っぱいキャラメルを頬張りながら何気なく紺野を見ると、
紺野は自分のキャラメルの包み紙で器用に銀色の紙飛行機を折っている。
「なんやソレ?」
「優君も折ってみて」
「…お、おぅ」
紺野が器用に折り込む紙飛行機を見ながら、同じ様に指を動かす。
「ハハハ、出来たで、ブッサイクやけど」
不器用な浜口が作った紙飛行機は形が歪(いびつ)だ。
「飛ばしましょ、一緒に…」
「あ、あぁ‥でも、ほんまに飛ぶんか?」
「想いを込めれば必ず飛びます…辻さんの受け売りですけど」
そう言いながら紺野は立ち上がりパンパンとスカートの裾を払う。
「そ、そやな…じゃあ俺は あのグライダーが飛ぶ事を祈って飛ばすわ」
「じゃあ、私も…」
此方を見てニコリと笑う紺野の顔が とても眩しく、
浜口の心臓がドキンと鳴った。
顔から火が出そうになる程 真っ赤になっている事が自分でも分かり、
まともに紺野の顔が見れない。
「いきますよ、それっ!」
「お、おぉ!」
ヒラヒラと頼りなく飛ぶ2つの紙飛行機は、
風に煽られビューッと空高く舞い上がった。
「やったー!」
「すげー!」
しかし、高く舞い上がったソレは直ぐにクルクルと回転しながら
ポトリと地面に落ちる。
「あ…」
「ハハハ、まぁこんなモンやろ」
そう言いながら、落ちた紙飛行機を拾い上げて紺野に手渡す時も
浜口は彼女の顔が眩しくて まともに見れなかったが、
紺野が少し寂しそうな顔をしてるのが分かり、何故か動揺した。
「な、なんやねん…そんな 落ち込むなや」
「…だって」
「ハハハ、俺なら全然平気やで」
「本当?」
「あ、当たり前やんけ」
その言葉に慰められた紺野はクルリと浜口に向き直る。
「ねぇ、優君」
「な、なんや?」
ドギマギする浜口。
「この紙飛行機、優君が造った飛行機に飾りましょ」
「おお、それは良い考えや!早速飾ろうや!」
「うん」
浜口と紺野がガレージの方に振り返ると、辻 加護、ハンサム軍団が
ニヤニヤしながら2人を遠巻きに見ていた。
「オマエ等、何イチャついてんねん」
腕を組んで半笑いの矢部。
「なんや、エエ感じちゃうの?」
ニヤつく加護。
「グッチョンは顔が真っ赤なのです、あさ美ちゃんの事が好きなのです」
辻の投げる言葉の直球は、ド真ん中のストライクだ。
「ア、ア、ア、アホ言え!んな訳ないやんけ!…な、なぁ」
動揺しまくる浜口が同意を求めて紺野に振ると、
紺野の顔も浜口同様、耳まで真っ赤になっていた。
ヒューヒューと囃(はや)し立てるハンサム軍団と辻 加護。
呆然と立ち尽くす浜口と紺野。
揺らめく夕日が眩しく射し込む、市立朝娘市中学校第二グランド予定地は
浜口と紺野の頬のように赤く染まっていた…