バーンと勢い良くMAHO堂のドアが開いて魔女見習い達が帰ってきた。
「裕子婆ちゃん!!大変なのです!」
「なんじゃい?騒がしいのぅ」
学校が終って直ぐ、息を切らせながら走って来た魔女見習いの3人は
日本茶をススっていた中澤を囲んだ。
「魔女見習いがいるのです!」
「ウチ等以外 魔女って居ないのとちゃうの?」
「有名人とお話し出来ました」
「高橋愛ちゃんっていうアイドルなのです」
「なんか、感じ悪かったでぇ」
「お友達になってくれるんでしょうか?」
「あやや の妹分なのです」
「あやや もなんや感じ悪いんちゃう?」
「今度サイン貰いましょう」
「……‥」
自分を囲み、ギャーギャー騒ぎ立てる3人に
プルプルと体を震わせる中澤…
「でねでねでね、ハムスターを持ってるのです」
「まぁ、ウチ等の使い魔の方が優秀に決まってるけどな」
「私はまだホウキさえ貰ってませんよ」
「………‥」
中澤の額に血管が浮き出てピクピクと動く…
「でねでねでね…」
「そいでなぁ…」
「ですから…」
「……」
プツンと血管が切れる音が聞こえた…
「…バ、バババババッカモ〜〜〜〜ン!!
じゃかましいわ!きさま等!!!」
ガバッと立ち上がり、額の血管を浮き出させながら
噴火する中澤に、皆 腰を抜かして尻餅を付いた。
「あっ、腰が治ってるのです」
「ほんまや、ピンとなってるやん」
「良かったですね」
「おぉ、曲がってた腰が…って、アイタタタタタ…」
激情の余り腰を伸ばしてしまって、
つい やってしまった乗り突っ込みも腰の激痛には耐えられず、
腰を押さえて蹲る中澤を心配する3人。
「大丈夫ですか?」
紺野が支えて椅子に座らせた。
「…やれやれじゃわい、オマエ等、もうちょっと落ち着いて話せ」
「あのねあのね…」
言葉足らずの辻の代わりに加護と紺野が
今日の出来事を話した。
「ふむ、成る程のぅ…」
目を瞑りながら聞いていた中澤は
聞き終わると、お茶を一口飲んだ。
「結論から言うと、思い当たる節が無い訳ではない」
「…やっぱり」
顔を見合わせ、頷き合う3人。
そこに、タイミング良くドアを開けて入ってきた2つの影…
「…あっ!」
「なんや、その格好!」
「お仕事じゃなかったの?」
紫のマントとトンガリ帽子の魔法のホウキを持ち微笑む高橋と
カラスを肩にとめる黒尽くめの目付きの鋭い女性…
「お師匠様、久しぶりね」
顔半分を隠していたフードを颯爽(さっそう)と外し、
石黒彩のドギツイ口紅に彩られた唇の端がキューッと吊りあがる。
「やはり、おぬし じゃったか…彩よ」
「フフフ…」
不適な微笑を湛える石黒…
その石黒を辻達が指を差してクスクス笑った。
「…魔女なのです、本物なのです」
「あの鼻は、ほんまもんやろ」
「鉤のように鋭く曲がってますよ」
「じゃかましいわ!魔女見習い共!」
言われたくない所を突かれて、顔を高潮させた石黒に一喝されて、
ピンと固まる3人だが、笑いを堪(こら)えている表情が見え見えだ。
「…コイツ等…」
今度は石黒の額の血管がピクピクと動く。
「でも、裕子婆ちゃんを師匠と呼ぶって事は…」
「弟子だったんやろ?」
「でも、随分若いですね」
また、ヒソヒソと始める3人に、訳知り顔の中澤がニヤケながらボソリと呟く。
「…彩は、もう80歳を越えとるわ」
「…ゲッ!」
「ババアやん!」
「詐欺みたいな物ですね…」
「キー!うるさい!!…って、なんだ?お前まで!」
ムカつく事を言い放つ小娘共に、本気で腹を立てながら横を向くと、
一歩引いて 信じられない という表情の高橋がアングリと口を開けていた。
「…師匠、この娘達を少し黙らせてくれ」
小娘達との言い合いは空しいだけだと思った石黒は
中澤に助けを求めた。
「そんな事より、何の用じゃ?」
石黒の要求を無視して、用件だけ聞く。
「……用という用は無いけど」
笑いを堪える3人と高橋を苦々しく睨み付けながら
石黒は店内を見回した。
「師匠が今、何をしてるのか気になってね…
おっと、私は今 こういう事をしてますの」
そう言って差し出した名刺には
『石黒音楽事務所社長』の肩書きが印刷されていた。
「…じゃから、なんじゃ?」
「今度、魔界街に事務所を開く事になりましてね、
その挨拶にと、こうして寄ったんですけど…」
石黒の顔が本来の余裕を取り戻し、不適な含み笑いを漏らす。
「随分と小汚い店ですね…売り上げは どの位有りますの?
まぁ、私共の年商はざっと50億は有りますのよ!
ホ〜〜ホッホッホッホッホ!」
石黒の目的は中澤を前にしての、この高笑いをする事だった。
「…嫌味を言いに来たのか?」
ウンザリしたように聞く中澤。
「違いますわよ、現実を解からせる為に来ましたの」
「……」
「もう、全てにおいて完全に師匠を超えたという現実をね」
その昔、最悪の性格だった中澤の元で修行した石黒は
いつか中澤を超える事を胸に秘めて修行に明け暮れた。
そして、イジメにも近い修行の中で、中澤の性格までもを受け継いだ石黒は
金の亡者に成り果て、人心をも操る魔法を駆使して今の地位を築いた。
中澤越えを果たしたと確信した石黒は、中澤の居場所を探り出し、
自分との差をハッキリさせる為に、この魔界街に来たのだ。
弟子の高橋を私立のハロー女子中学に通わせず、
辻達が居る公立の朝娘市中学に転校させたのも
弟子の格の違いを解からせる為の嫌味な行為だったのだ。
「…ふん、なんじゃい、わざわざ そんな事を言いに来たのか?…」
ブスッと横を向いて茶をすする中澤は、それでも まだ余裕が有るようだ。
「さて、ワシには、どうでもいい事なんじゃが…
オマエの肩に乗ってるカラスのぅ」
チラリと石黒の使い魔のカラスを見て
ニヤリと不適な笑みを漏らす中澤。
「ワシの事を探りに来た時、ちょこっと細工をした…」
「…何を?」
怪訝そうにカラスを見る石黒の表情が固まった。
「…く…」
首に違和感が有った…
触ってみると首に括(くび)れが出来ている。
「間抜けな使い魔にワシの髪の毛を一本付けておいたんじゃ」
「……」
「今、オマエの首を絞めているのは、ワシの髪じゃよ…」
ヒッヒッヒと笑う中澤が、杖を床に打ち付けると
首に食い込んでいる白髪はハラリと解けて床に落ちた。
「まだまだじゃのぅ、ワシを越える事は…」
ゲホゲホと咽(むせ)て、首を擦る石黒は
それでも余裕の表情だ。
「流石は私の師匠、器用さだけは今でも健在って所ね、
でも…知ってるよ、もう、飛ぶ事さえも出来ないって事を…
因る年波には勝てないねぇ…
私は老いさらばえていく師匠を この目でジックリと見させてもらうよ」
ハッハッハッハーと勝ち誇る笑いを残して店を出る石黒と高橋…
ちょっぴり深刻な場面に遭遇して、
言葉も無く顔を見合わせる辻、加護、紺野…
中澤の米噛みがピクピクと震えた。
「塩 撒かんかい!塩!」
中澤に言われて外に出た魔女見習い達が見たもの…
それは、アイマスクで顔を隠した石黒と高橋が
杖とホウキに跨り、空高く飛んでいく姿だった。
「と、飛んだのです…」
「なんでやねん!なんでアイツが!」
「…すごい‥本当にいるんだ‥魔女って」
歴然とした自分達との差を見せつけられた3人は
只々、呆然と見送るしかなかった…