――― 10話 転校生 ―――
魔界街に続く一本の橋が有る。
魔界と外界を繋ぐ其の橋を朝娘橋と言う。
真っ暗な橋の下から湧き上がる、魔界からの陽炎に揺らめきながら
朝娘橋を徒歩で渡る2人の影が有った。
黒いフードに黒いケープの女と
紫のマントと紫のトンガリ帽子の少女…
ケープの女のフードからは鷲鼻と鋭い眼光が覗き、
手にはゴツゴツした瘤の付いた樫の杖を持っている。
そして、マントの少女の手には体より高いホウキが握られていた。
「ねぇ、お師匠様、なんで車で渡らないの…?」
つぶらな瞳で聞く少女の言葉のイントネーションは、どこか訛っている。
「フ‥登場シーンってのは大事なんだよ」
「フーン…誰も見てないのに?」
「おだまり!」
キッと見据えられて少女は肩を竦ませる。
「それより…」
師匠と呼ばれた女の口がニーッと広がった。
「今日から この街が私等の事務所の活動拠点だよ」
「今までの東京の事務所でも良かったのに…」
「阿呆、ココは国税の税務調査が入れないから、ガッポリと脱税出来るんだよ、
それに、『お前達』が芸能活動を続けるには、もっともっと今まで以上に
この街でミステリアスな部分を演出しないといけないからね」
格好良い登場シーンとか言っておきながら下世話な話しを
得意気に話す女は勿論 魔女だ。
「まぁ、私達 魔女には相応しい街だよ…
探してた私の師匠もココに住んでる事を突き止めたし、ヒッヒッヒ…」
不気味に笑いながら懐から一枚の紙を出した魔女は中心に描かれている五芒星に
吐息を吹きかける、すると紙はカラスに変化した。
「お行き!中澤は この街の何処かに居る…
探し出すまで帰ってくるんじゃないよ」
バサバサと音を立てて飛び立つカラスは
一度 魔女達の上空を旋回してから街に消えていった。
「さて、私達も新しい事務所に急がなくてはね」
「…だから、車で…」
「おだまり!」
「…師匠」
「社長とお呼び!」
「…」
魔力を使って飛んで行ってもいいのだが、超売れっ子アイドル松浦亜弥を抱える
芸能プロ社長の石黒彩は、顔がバレて『忌まわしい魔女が社長だった』みたいな
スキャンダルに発展するのを恐れて徒歩で魔界街に入った…
もう一人の秘蔵っ子新人アイドル、高橋愛を伴って…
ハロー女子高の昼休み、安倍なつみと矢口真里は
校庭の外れでホウキで飛ぶ練習をしていた。
「やっぱり駄目だべ…」
項垂れる安倍のホウキの先には、安倍が作った魔法グッズの
『ナッチベア』が3個 寂しそうにプラプラと揺れている。
「……ふう」
矢口も腰に手を当てて首を左右に振る…
中澤に「背中に翼が生えている」と言わしめた
安倍の潜在能力は、ある欠点によって開花出来無いでいる。
「もう、怖がってちゃ駄目だよ!」
「…だって、本当に怖いんだよ」
地面に膝を付きガックリとする、安倍の弱点は高所恐怖症…
自分の背より高い位置にホウキを浮かせるとパニックになって
落ちそうになるのだ。
---へっ、とんだワシの見込み違いじゃったのぅ---
馬鹿にした様な中澤の言葉にムカつき、特訓を決意したが
恐怖を克服する事は一朝一夕で出来る程甘いものではなかった。
肩に乗る『メロン』が心配するなと安倍に頬擦りして慰める。
「…ハハ、ありがと」
使い魔に慰められると、余計に落ち込む…
「まぁ、特訓は始まったばかりだよ…
今日はこのぐらいにしとこうぜ」
「…うん」
矢口に肩をバンバン叩かれ元気を出すように言われても、
惨めに肩を落とす安倍は心底 落ち込んでる様に見えた。
「ニャ〜オ」
矢口の頭で丸まっていた『ヤグ』が何かに気付き矢口に知らせる。
「……うん?」
ヤグの視線の先、高校の校門に人だかりが出来ていた。
テレビカメラを持った人間が2人とマイクを持ったレポーターらしき女性が一人、
それにスタッフが数人…
「あっ!テレビの取材だよ…どうしよう」
落ち込んでいた安倍が急にソワソワしだした。
「…どうしよって…どゆ事?」
意味が全然分からない矢口。
「だって、なっち が魔女ってバレるかも…」
「…はぁ?」
「だってだってだって、バレたら大変だよ!」
「バレないし、バレても大変じゃないし…
ってか アレは松浦の取材だろ?多分」
「うん?…松浦って?」
「ほら、出てきた」
矢口が指差した先にはアイドルの松浦亜弥…
カメラは笑顔で登校しているシーンを撮影している。
「うっそー!なんで あやや がココに居るの?」
手を口に当てて驚く安倍に
「松浦はココの生徒だよ」
と素っ気無い矢口。
「工 工 エ エ エ エ エ!!」
安倍は知らなかった…
人気絶頂のアイドルがハロー女子高の生徒だった事を…
ハロー女子高2年の松浦亜弥は2年前東京に遊びに行った時に
石黒にスカウトされて現在に至る。
忙しいアイドルは市長兼国会議員兼ハロー女子高理事長の
つんく の特例措置を受けて魔界街と外界の行き来を
フリーパスで通り、高校の成績も単位も不問にして貰っていた。
魔界街出身の松浦亜弥は不思議な魅力を振り撒き国民を魅了する
スーパーアイドルとしてアイドル界の頂点にいるのだ。
「矢口、後でサイン貰おうよ」
「エ〜ッ、やだよ」
「なんでなんでなんで?あやや だよ!あやや」
「……」
ハシャギまくる安倍のミーハー振りに目が点になる矢口は
さっきまでの落ち込みようは何だったんだと
呆然と開いた口が塞がらなかった…
3階の教室の窓から校庭を眺めていた吉澤が「おっ」と声を出した。
「なになに?」
すかさず隣に駆け寄る石川の表情が一変する。
「なぁんだ、松浦じゃん…ちぇ」
テレビクルーに囲まれる松浦を見る
石川の顔は女の嫉妬のソレだ。
「……可愛いなぁ…って、イテテテテテテ、止めろ、冗談だって」
ボソリと呟く吉澤の声を聞き逃すはずも無く
石川は吉澤の耳を引っ張った。
「ちょっと、よっすぃ!あんなB級アイドルの何処が良いのよ!
なにさ、少しばかり可愛いからって!フン!」
「…オマエよりは…」
石川の鬼の形相に気付いた吉澤は
そこまで言って慌てて立ち上がり踵を返し、逃げの体勢になる。
「石川さんの言う通りですわ!」
「わぁ!」
振り向いたら藤本が仁王立ちになっていて、
こちらの顔も恐ろしく怖かった。
「皆からチヤホヤされて、さぞ性格が悪くなってるんでしょうね、
顔に性根の悪さが滲み出てますわ!」
「…ハハ」
どの面(つら)でそんな事が言える と、半笑いの吉澤。
「でも、可愛さやエレガントさなら私の方が上ですけど、
オ〜〜ホッホッホッホッホッホ」
「チャーミーさなら私も負けませんわよ、藤本さん、
ホ〜〜ホッホッホッホッホッホ」
「………‥」
おバカな高笑いをする2人を尻目に
コソコソとその場を離れる吉澤。
「ちょっと、何処に行くの?吉澤さん!」
「よっすぃ!なんで逃げるの!」
ギクリとする吉澤は天を仰いだ。
また、くだらない漫才に付き合わされるのかと思うと急に憂鬱になる。
それは、何時もの昼休みの出来事だった…