狼から来ました

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184ハナゲ ◆hANagEBvfs

----2年前----



---朝靄のテニスコートで、ラケットを胸に抱いた少女がポツンと佇んでいた---


---夕焼けのテニスコートで、ベンチに座り 折れたラケットを
                        寂しそうに見詰めていた少女を見た---


---夜更けのテニスコートで、その少女は うつむきながら涙を零していた---



風が鳴くテニスコートで 項垂れる少女を見詰め、
サラサラとした髪を掻き上げる Tシャツとジーンズの美少年の足元に
ひっそりと咲き乱れる白い薔薇の花弁が震えて舞った…


その少年はそっとラケットを取り上げて少女に渡す。


そのラケットにはR・Iのイニシャル…

185ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:27 ID:1/b+0dRg

「お前、朝から居ただろ…」

黙ってラケットを受け取った石川はハッと少年の顔を見た。

薄く微笑む少年は中学からのクラスメート…吉澤だった。

「ずうっと見ていたの?」

「……」
吉澤は答えなかった。

朝は登校の時…
夕方は下校の時…
そして、今は夜の散歩…

偶然、目に付いただけだ。

だが、説明するのが面倒な吉澤は黙って頷いた。


「お前、テニスが好きなのか?」

「…うん…でも、今日で諦める」

「…?」

「才能が無いって解かったから…」

寂しそうに答える石川は、励ましの言葉が返ってくると思った。
186ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:28 ID:1/b+0dRg

「そうか…分かった」

「えっ?」

「諦めたんだろ?」

「…うん」

「…じゃあな」

そっけなく帰ろうとする吉澤…

「ちょ、ちょっと…」

「…うん?」

「…何しに…来たの?」

「…お前が寂しそうにしてたから」

「…えっ…?」

吉澤の顔を見た石川のハートがドクンと脈打つ…

ひっそりと微笑む吉澤の瞳は吸い込まれそうに透明だった。
187ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:28 ID:1/b+0dRg

「でも、俺は 人を励ますってガラでも無いし…」

「…ハハ…」

「それに、テニスの事なんか、全然分からないしな」

「…うん…」

「それだけだ…」

吉澤はコートのアスファルトにマッチを擦ってタバコに火を点け、
そのままコートを出た。

「よっすぃ、タバコ吸うの?」

白い薔薇の花弁が舞う中、振り返る吉澤は薄く笑って夜霧に消えた。


ドキドキと心臓が鳴っていた…

破裂するかと思った石川は慌てて胸を押さえた。

中学からの同級生…

今まで只のクラスメートとしか思っていなかった吉澤が
こんなに格好良いとは気付きもしなかった。




188ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:32 ID:1/b+0dRg




胸に顔を埋めていた石川は、頭の後ろで腕を組み 青い空をボウと眺める
吉澤のタバコを取り上げて、そっと唇を重ねた…

「…好き」

「失敗したな…」

「…なにが?」

「あの時、声を掛けなきゃ良かった…」
出会った時の事を想う 石川の心を見透かしたかのように、吉澤は呟いた。

「もぅ、照れちゃって、可愛い」

今では、猛烈な石川のアタックに辟易する吉澤…

「あの時は、学校の行き帰りに偶然目に留まったから 声を掛けただけだ」
と説明する吉澤だが、石川は全く信用してない。

石川の脳内では、薄幸の美少女の自分を影で見守っていた
王子様の設定に出来上がっているのだ。


189ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:33 ID:1/b+0dRg


「貴女達!何をやってますの!もう、授業は始まってますのよ!」

給水塔の下から藤本の甲高い声が聞こえた。


「チッ、邪魔者が来た…」


いがみ合いながら屋上を出る石川と藤本を見送る吉澤は
もう一度、給水塔に上ろうと鉄梯子に手を掛ける。

「吉澤さん!貴方もです!」
「よっすぃ!早く!」

「……」
2人に怒鳴られ、吉澤は長い溜め息を付いた……








190ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:35 ID:1/b+0dRg


吉澤さん…

貴方は憶えていないでしょうね…

あの日の事を…

リムジンの窓から流れる街並みを眺めながら
藤本は、そっと俯(うつむ)いた…




幼い頃から我がままに育った藤本は
高校に進級する頃、ある悩みに直面した。

このまま、この性格が治らなかったらどうしよう…

自分の我がままで他人を振り回して
後悔する事が多々有った。

その事で、夜ベッドに潜り込んで眠れなくなった事も
数え切れない…

皆、自分を恐れて本心を明かさない…

多感な少女は自分の環境を嫌々受け止め、
自分の顔色を伺う大人達や同級生を蔑んだ。

だからなのか、自分でも嫌な性格になったと
自己嫌悪に陥るのだ。
191ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:38 ID:1/b+0dRg

そして、日々の生活の中で性格は変わる事は無く、
より一層悪くなる一方だった。

我がままによって生じる自己嫌悪…

このままでは心が分裂してしまう…




「ホ〜〜ホッホッホッホ」
しかし学校に来れば、何時ものように高笑いをする藤本。

パコンと後ろから頭を叩かれた。

「な、何を…」

振り向くと吉澤が立っていた。

「謝れ…」

「え?」

「謝れって言ってんだ、バカ」

「……」

吉澤の後ろには一人の少女が怯えていた。

先程、些細な事で皆の前で罵倒し、謝らせたクラスメートだ。
192ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:40 ID:1/b+0dRg

勿論、悪いのは自分だ…

その事で家に帰ってから自己嫌悪に陥り、
今日も眠れない夜を過ごすのは解かっている。

誰かに注意して欲しかった…

「お前…それで、よく毎日ぐっすりと眠れるな」

「…な!」

「それとも、後悔して眠れないのか…?」
藤本を射抜く吉澤の視線は、そのまま心に突き刺さる。

「謝ればスッキリするぜ…お前自身が、よく解かってるだろ?」

この人は自分の心を見透かしてる…

藤本の心がチクリと痛む。

193ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:41 ID:1/b+0dRg

「…さ、さっきは私が悪かったわ」
これでも謝った方だ。

「それだけか?」
何故か吉澤の言葉は心に響く…

「……ゴ、ゴメンナサイ…」

「ふん、やれば出来るじゃん」
ニヤリと笑う吉澤が、藤本の尻をペンと叩いた。

「きゃっ!何するの!」

ハハハと笑う吉澤は、いたずらっ子の様に藤本の
スカートを捲って逃げた…




194ハナゲ ◆hANagEBvfs :03/11/18 19:43 ID:1/b+0dRg


その日から、自分でも性格が変わったと思う。

そして、眠れぬ夜は少なくなった…

眠れない日は、大抵 吉澤と話した日だ。

吉澤を想うと眠れなくなる…

----好きになったと言うの?私が?あの特異体質の男を?----

「有り得ませんわ!」

声に出して言ってみても、後の祭りだった。

藤本の心は吉澤に占領されてしまったのだ。






窓から見える青空に浮かぶ雲が 吉澤の顔に見えて、
顔を染める藤本は、鞄からある物を取り出して ジッと見詰める。

それは、吉澤に渡すつもりだった お土産…

日々募る吉澤への想いに、藤本は 今日渡せなかった
ヨーロッパ旅行の お土産の、高価なペンダントをギュッと握り締めた……