――― 7話 石川と藤本 ―――
ホウキを担いだ2人の女子高生、安倍と矢口は
紺野の学校の問題もなんとか片付いて
爽やかな笑顔で学校の門をくぐった。
(紺野は辻と加護が通う同じ中学に転校生という形で入る事が決まったのだ)
それは、何時もの何気ない登校風景だった。
「…うん?」
その生徒が現れるまでは…
校門の辺りがザワつくので振り返って見ると、
黒塗りの大型リムジンが横付けになり、中から一人の生徒が優雅に現れた。
「何?あの人!」
驚く安倍に
「帰って来やがった…」
呆然とする矢口。
「ホ〜〜〜ホッホッホッホ!」
高らかに笑う生徒のセーラー服は安倍達のソレとは何処か違う…
素材と仕立てが違うのも然る事ながら、金の刺繍が施されている。
「アイツは生徒会長の藤本美貴だよ、しかも、ウチのクラスだ」
「げっ、あの人が?」
などと話していると、藤本が矢口を目敏く見つけ、近寄ってきた。
「たった今、極上ヨーロッパ旅行から帰って来ましたわ!
でも、矢口さん、貴女に お土産は無くてよ」
「いらんわ!」
嫌味な藤本に即答する矢口。
「ホ〜〜〜ホッホッホッホ、本当は欲しかったくせに…
うん?貴女は誰ですの?」
矢口の隣で縮こまっている安倍に気付いた藤本が見下ろす。
「あ、あの…転校してきた安倍なつみ です、よろしく」
ペコリと頭を下げた。
「ホ〜〜ホッホッホッホ、私(わたくし)は生徒会長の藤本美貴ですわ、
何か困った事がありましたら、何でも相談にのってよ」
「は、はぁ‥どうも」
「でも、小汚いホウキを持ってる所を見ると、貴女も魔女ゴッコをやってるの?
余り感心しませんわね、そろそろ、そんな お子チャマの遊びは
卒業した方がよろしくてよ」
「は、はぁ‥」
「矢口さん、私は校長先生に帰国の挨拶をしなくてはいけませんので
これにて失礼致しますわ、ホ〜〜〜ホッホッホッホ」
声も無く呆然とする2人を尻目に、藤本は高笑いを上げて、
優雅に職員玄関に消えていった。
「な、なんなの?」
余りの高飛車ぶりに目を丸くする安倍。
「アイツはハロー製薬の専務の一人娘だ…
この学校じゃ誰も逆らえないよ、特に教師達はね」
矢口は呆れた様に吐き捨てた。
昼休みなって藤本は ようやく教室にやって来た。
「ホ〜〜〜ホッホッホッホ、皆さんお久しぶりですわ」
その藤本を囲む、ハロー製薬おべんちゃら社員の子供達…
「ウザいのが来ちゃったよ…」
ウンザリしたように石川は藤本を一瞥して
吉澤に自分の弁当のオカズのタコウィンナーを
食べさせようと箸を持っていく。
「ハイ、あ〜〜ん」
「いや、俺は お前の方がウザ…モグモグ」
「どう?」
「ウィンナーに感想なんかあるかよ」
そう言う吉澤は満更でもなさそうだ。
「もう、愛情が込もってるんだから!」
「…ハハ」
何時もの昼休みの2人の光景が気に入らない人間が一人…
「そこっ!ここは神聖なる女子高なんですのよ!
特に石川さん!貴女 露骨すぎますわ!」
指を差しながらカツカツと歩み寄るのは藤本だ。
「私の目の前で ふしだらな関係は許しませんわ!」
腰に手を当てて見下す藤本の瞳は、ある感情に染まっている。
「ふしだらって何よ!私と よっすぃ は清い関係なのよ!」
「まぁ!貴女のお父様も私の所の社員なんですのよ!」
「…何よ!親は関係無いでしょ!」
目の前で いがみ合う2人にウンザリの吉澤は席を立った。
黙って廊下に出る吉澤を石川と藤本が追い掛ける。
「ちょっと、吉澤さん!何処に行くつもりですの!」
「…俺が居ない方がいいかと思ってね」
「貴方が出て行く必要は有りませんわ!」
「そうよ!よっすぃは悪くないもん!」
そう言いながら石川が吉澤の腕に自分の腕を回してしがみ付く。
「まぁ!」
それを見る藤本の顔は、明らかに嫉妬によって真っ赤になっていた。
「お前、離せよ」
石川を引き剥がした吉澤は、どうした物かと天を仰いだ。
「取り合えず一つ」
吉澤は指を一本立てた。
「藤本、親は関係無いだろ?自分の親を使って脅すのは止めろ」
「…わ、私はそんなつもりで…」
「じゃあ、どんなつもりだ?」
「…分かりましたわ」
吉澤に言われ、少しシュンとなる藤本。
「それと、もう一つ」
二本目の指を立てる。
「俺の前で言い争いは止めてくれ」
ペコリと頭を下げる吉澤は、コレは言っても無駄だろうな と思った。
それを聞いた石川と藤本は、顔を見合わせるとフンとソッポを向く。
案の定、予想通りの反応に吉澤は、やっぱりな と肩を落とした…
肩を落としながら三本目の指。
「まだ、何か有りますの?」
「よっすぃ、注文多過ぎ!」
その指は2人の下半身を指差した。
「まぁ!」
「きゃっ!」
どうやったのかは解らない…
解らないが、吉澤が犯人なのは確かだ。
2人のスカートはホックとジッパーが外され、足元に落ちていたのだ。
しゃがみ込む2人に向かって白い歯を見せて、
脱兎のごとく逃げる吉澤は廊下の角を曲がるとき
アッカンベーと舌を出してゲラゲラ笑って消えた。
「たまに少年のように無邪気になるよのねぇ」
「そこがまた、堪りませんわ」
スカートを穿き直しながら、2人はソコまで言ってハッとなり、
また顔を見合わせて フン とソッポを向いた…
学校の屋上の給水塔の上からプカプカ浮かぶ煙が見えた。
「見つけた…」
カンカンカンと音を立てて鉄梯子を上ってきた石川がヒョコッと顔を出して
ペタペタと這って、頭の後ろで手を組んで寝転びながら
咥えタバコでボウと青空を眺めている吉澤の隣に座る。
吉澤の吸っていたタバコを取り上げてフカした石川は
「うげ〜、よくこんな不味いの吸えるわね」
と、放り捨てた。
「あれ?」
吉澤を見ると、何時の間にか タバコを咥えて紫煙を吐き出している。
「ねぇ、どうやったの?」
吉澤が咥えてるのは、今 石川が捨てた
(石川が口紅代わりに使っているピンクのリップクリームが
フィルター部分に付いている)
吉澤から奪った吸いかけのタバコだった。
こういう不可思議な事は今回だけではない…
しかし、吉澤はニヤリと笑うだけで、何時も答えない。
「…まぁ、いいわ、それより気を付けてね」
「…なにを?」
「藤本よ、アイツ よっすぃを狙ってるわよ」
前から、何となく気付いていたが、今日の態度でハッキリした。
新たな恋敵の出現に、拳をパンパンと鳴らして「どうしてくれようか」
とブツブツ呟く石川を見て、「狙ってるのは、お前もだろ」と吉澤。
「もぅ、私のは純愛よ」
そう言いながら吉澤の胸に、身を委(ゆだ)ねる様に寝そべる。
「……?」
何時もなら嫌がる吉澤が黙って胸を貸している。
吉澤の瞳は紫煙が揺れて溶ける、遠い空を見ていた…
こんなに好きになってしまった…
石川は吉澤の瞳に吸い込まれそうになりながら
あの日の出来事を想い出した…