時同じくして、鍛冶師と神官は「亜摩陀無」を頑なに保護すべく
「嗚呼玖瑠」なる箱も併せて作り上げ、空我命に献上す。
空我命、「亜摩陀無」を収めし「嗚呼玖瑠」に帯を取り付けて腰に巻き、
一心に念ずればその姿、黄金に輝く鍬の如き角と虫を思わせし容貌の兜に
溝を境に人の腹の如く六つに分かれた赤き鎧に身を固めたる武者の姿に成りけり。
空我命、その力を如何無く駆使し、愚論義の猛威に挑むなり。・・・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(☆)(咳払)失礼。先程「全容」と申しましたが、ユキたちは碑文の写しを読み進めるうちに
どうやらあちらこちらが朽ち落ちている箇所に差し掛かったようでございます。
止む無くユキたちはその部分の解読を断念し、更に読み進めて参ります。(☆☆)
では、朽ち落ちたページを除いての碑文の続きでございます。(☆)
757 :
ねぇ、名乗って:04/02/12 21:56 ID:xFx2NY/J
上げ
―――――――――――――――――――――――――――――――――
・・・に応じた力を以って愚論義を殲滅せし空我命、されど苦戦に次ぐ苦戦故に
愚論義を折伏するには到らず、止む無く愚論義の一切を信濃国の九郎ヶ岳に幽閉す。
空我命、自らの身命を以って封印と成す。
是なる封印、今後より後何時如何なる世に於いても断じて侵す勿れ。
若し封印が破れしその時は、唯一愚論義に抗う術(すべ)を持つ「亜摩陀無」の力にて
己が身命を捨てる覚悟を以って事に当たるべし。
さも無くば、世は再び暗黒の只中に堕ち、人は残らず絶え果てるであろう旨を
努々胆に銘ずべし。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(☆)項目はここで終わりにございます。
「叔母上、血車党が狙っている宝と言うのは……!?」
「間違いありませぬ!!「亜摩陀無」を奪い、愚論義をこの世に呼び戻し、
彼らを化身忍者に仕立ててそれらの力で日本を…!!」
(☆・☆・☆)遂に明らかになった血車党の新たなる陰謀!!
もし彼らの思惑通りに事が進めば歴史は大きく狂い、この先の時代も
どうなってしまうかわかりません!!
(☆☆・☆・☆・☆☆・☆)日本のみならず全世界・全宇宙・そして時空を巻き込んだ
かつて無き壮大なる戦いの幕が今ここに切って落とされたのであります!!!!
(☆・☆・☆・☆☆☆・☆)
さぁ、最早ユキたちには迷う暇などございません!
(☆)彼女たちは名主に礼を告げるや、
死を覚悟して諏訪神社へとまっしぐらに走ります!
諏訪神社と九郎ヶ岳とは大分距離がございますが
神社に祀られている宝…即ち霊石「亜摩陀無」の力によって
遠隔的に結界がなされております。
(☆)その上、「亜摩陀無」自体にも強力な結界が施されており、
盗賊・盗っ人の類の悉くを退けて参りました。
しかしながら、過去の例は何れも生身の人間であったが故で、
今度の相手は人間を細工して作り上げた化身忍者を多数抱える血車党!!
「亜摩陀無」の結界も、血車党相手にどこまで保つのかわかりません。
下手をすれば容易く破られる怖れもありますれば、ユキたちは何としても、
彼らより先に諏訪神社に着かねばなりません!!(☆・☆・☆)
幸いにも、ユキたちが諏訪神社に着いた時は、まだ血車党に襲われた形跡が
お社にはございませんでした。
…されど油断は大敵!ユキたちは諏訪神社の宮司に霊石が狙われているとの
旨を事細かに告げ、更なる封印の強化を勧めます。
宮司もまた事態の深刻さを懸念し、ユキの意図を汲んで霊石に更に封印を施し、
一時的に別の場所に隠匿することにしたのでございます。
今宵はここまでに致しとう存じます。続きはまたの講釈で…。
(☆)さて、ユキたちが諏訪神社に到着しましたその日の夜、
所変わりましてこちらは諏訪高島城。
その城中では、鎧具足と陣羽織に身を固めましたる一人の武者が
裂帛の気合いと共に長槍を振るっておりました。
尋常ならざるこの異様なる佇まいに気付き、一人の家臣がその武者に呼び掛けます。
(☆)「そこな御仁、待たれい!
斯様な夜更けに城中にてその物々しき出で立ち、一体何事なるか!?
それがし、高島家家臣!佐伯次郎兵衛重定(さえき・じろべえ・しげさだ)と申す!!
狼藉を働くとあらば、容赦は致さぬぞ!!」
(☆)佐伯重定なる家臣に呼び止められ振り向きましたる槍稽古の武者。
その風貌たるや、髷を結わぬ髪は赤茶けてその形は燃え盛る炎を思わせ、
浅黒い顔には眉毛が無く、口髭と顎鬚を生やし、片目には小サ刀の鍔の眼帯が。
その殺気漲る人相を、重定はよく存じ得ていたようでございます。
「・・・何じゃ、沼部殿ではござらぬか。いかがなされたのじゃその厳しき身なりは!?」
殺気めいた人相のこの男、重定と同じく高島家の家臣で、
名を沼部黒龍丸師兼(ぬまべ・こくりゅうまる・もろかね)と申します。
問われて師兼はこう答えます。
「これはご無礼。さりながら天下泰平と言えども油断は大敵。平時の折にも
それがし、日に一度はこのように具足を身に纏い、槍を使うておりまする。
いつ何どき戦が起きようとも、この身体が鎧の重みを忘れんがための鍛錬でござる。
「は…それは、見上げた心構えじゃ。」
「それに!言い伝えは所詮言い伝え。確かにこの諏訪高島には危機が迫りつつござる。
さりとて、いつ現れるかもわからぬ当家の危機を救う者とやらを待ち続けておっては、
いつまでたっても嵐は通り過ぎず…下手を致さば諏訪藩のみならず日本国そのものが
滅びてしまうは必定!!藩の危機は藩士自身の手で守らねば…!!」
(☆)師兼の申します「もう一つの諏訪藩にまつわる言い伝え」…
それはかつて、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の手によって退治されました
八岐大蛇(やまたのおろち)の八つの首のうちの一つが、誰にも知られぬとある沼の奥に逃げ延び、
そこで世にも恐ろしい巨大な龍となって数百年に一度、日本全国から一箇所、龍が定めた土地を襲う、
と言う物でございます。(☆)
そして今年、即ち寛永十三年・西暦1636年、その龍がここ信州諏訪藩に狙いを定めた、
と言うのでございます。
そしてその危機を救うべく神に匹敵する力を持つ者が現れる、とも伝説は語っております。
「沼部殿の申されることはご尤もじゃ。されど!毎晩然様な出で立ちで出回れては
藩の者たちが迷惑致しましょう。」
「これは重ね重ね、ご無礼仕った。」
「貴殿は当家に仕官してまだ日も浅い故、勝手がわからず不便を感じておられようが、
ここは高島家の城中じゃ。堪えて以後は、謹んで下され。」
「承知致した。」
「うむ、ならば結構!もう夜も更けてござる。ゆるりと休まれよ。」
己が不躾を詫びる師兼を諭し、去り行く重定。
その彼を見届ける師兼、何やら胸に一物、
含む所を隠し持っているようでございます。
(☆)「・・・フン…ここの家中の者共は、皆いつ的中するかもわからぬ
古よりの予言にビクついておるばかり。それ故「神に匹敵する勇者」に望みを託す、
と言えば聞こえはよいが、詰まる所!神仏に縋るが如く己の手を汚さず、
他力本願で物事を片付けようと言うことではないか!!・・・愚かなことよ。
それなのにここの家臣共はどいつもこいつも忠義面ばかり、
誰一人として意義を唱える者がおらん!!忠義に篤い家臣もここまで徹底すれば憐れなものよ。
この信州諏訪は豊かな土地…だが豊かであらばこそそれを手中に収めんとするのが人の心。
名君と音に聞こえた藩主殿も、いつまだ安泰でおられることか…。
この藩は間も無く「あのお方」の物になる!せいぜいご用心召されるがよろしかろう!!
努(ゆめ)!!…ご油断召されませぬように…ククク…ファッハハハハハハ・・・・・・!!!!!」
(☆)またも所は変わりまして、こちら今度は某藩の城跡、
悪名高き血車党の隠し砦にございます。
(☆)「おかしら様、此度はまた途方も無き企てを…。」
頭蓋骨が半分剥き出しの血車党上忍・骸丸も
流石に今回の企てには驚きを禁じ得ません。
何せ古来よりの魔物の力で日本を掌中に収めるのみならず
この世の歴史全てを捻じ曲げようと言うのですから、党の者共は皆
身も心も凍りつく思いでございます。
(☆)「うむ。小癪な嵐一人に構っておるだけでは、
我らの悲願がいつ叶うかわからぬでな。この上はこの世の全てを
残らず呑み込んでしまおうというわけよ。邪魔者を葬り、同時に世の中全てを
我が物とする。一石二鳥どころか、三鳥も四鳥も獲れるわ!!」
己が目論みの出来栄えに、西洋風の甲冑姿の頭領・血車魔神斎はご満悦でございます。
と、そこへ下忍の一人が魔神斎と骸丸に注進に及びます。
「おかしら様、骸丸様、やはり諏訪神社の結界は堅固にて、容易には破れませぬ。
しかしながら、「もう一方」の方は上々の首尾にて、事が成りますれば、
諏訪神社の方も難無く事が運ぶものと思われます。」
「ククク…そうか、ご苦労!
・・・嵐め、吠え面をかくがよい!!ヌァッハハハハハハハ・・・・・・!!!!!」
(☆)呵々大笑する魔神斎の声が憎々しげに響き渡ります!
今宵は、ここまでに致しとう存じます。続きはまたの講釈で…。
ここに現代編とのリンクが生まれていくわけですな
>767様
「徐々に徐々に」近づきつつありますれば、今しばらくのお待ちを!
ここで話を少し引き戻しましょう。
時間軸は、ユキたちが諏訪神社に到着した頃までさかのぼります。
(☆)諏訪神社奉納の霊石「亜摩陀無」により強固な封印・結界を施し、
血車党の目に触れぬよう一時的に隠匿する場所を思案するユキたち。
・・・その最中、ユキは遥か遠く彼方に黒い雲が浮かんでいるのを見つけました。
「おかしい…この澄みきった晴天の中、何故にあの辺りにだけ黒雲が……?」
不可解に思ったユキは宮司に尋ねます。
宮司いわく
「あの奇妙な笠雲が掛かっておりますのは高島城…
しかもあの笠雲は、既に百日以上も天守閣の真上に掛かっておりまする。
丁度よき折、この信州諏訪に伝わるもう一つの言い伝えをお教え致しましょう。
八百万(やおよろず)の神々の御世に須佐之男命によって成敗されし八岐大蛇…
その八つの首の一つがいずこかの沼の奥に逃げ込み、黒く大きな龍となって
数百年に一度、龍が諸国より選んだ一国を襲うと伝えられております。」
「黒い…龍…?」
ユキもお順も、思わず息を呑む呪われた伝説。
(☆)更に宮司は続けます。
「然様。そして当諏訪藩も例外に非ず。あの笠雲はまさにその不吉の前兆!
龍に襲われし国々は、何れもその国々を治める城の真上に笠雲が掛かっておりました。
それは短くて百八日、最悪の場合まるまる一年は居座り続けておったそうな…。」
「長くて…一年……!?
宮司、確か百日以上と申されたが…今は何日目になる!?」
「…百五日目になります。
もし百八日を過ぎてもあの笠雲が晴れねば…おそらくあのお城の中に、
黒い龍の使いが棲み付いている証なり!!」
(☆)それを聞いてユキたちは大いに驚愕致します!!
「百八日…あと三日ではござらぬか!!」
「いかにも…高島家の家中ご一同は戦々恐々、
藩主・高島無二斎信智(たかしま・むにさい・のぶとも)公は広く諸国に
「黒い龍に抗う神に匹敵する勇者」を捜し求めておいでとか。」
「神に匹敵する…勇者、と申されるのは?」
「ここだけは諏訪高島のみに伝わる伝説でございますが…
諏訪高島が黒い龍の猛威に晒された時、その「神に匹敵する勇者」が現われ
龍のもたらす災いを打ち払う、と言うものでございます。」
(☆)霊石「亜摩陀無」に封印されし愚論義と諏訪高島を狙う黒い龍。
一見何の接点も無いようなこの二つの呪われし神話の言い伝えが
実は恐ろしい「あるもの」で繋がっていようなどと言う事実を、
この時のユキたちはまだ存じ得ません。
「何れも一大事ではあるが…さて……。」
ユキたちは苦悩します。「亜摩陀無」も高島城も守りたい、
しかしどちらか一方を先に採っても、その間に
もう一方が襲われてしまえば元も子も無し。
(☆)前門の虎に後門の狼、ユキたちの進退はここに窮まります。
と、そこへ・・・!!(☆)
ヒョウ、と言う風を切る音と共に、一通の矢文が飛んで参りました。
ユキは境内の大木に刺さった矢から文を取り出し、その文面に目を通します。
『諏訪神社の霊石の件は任せられたし。そなたは高島城の警護に当たるべし。』
・・・不思議なことにその文には、送り主の名がございませんでした。
しかし、その代わりに記された物は・・・!(☆)
「!・・・これは、谷一族の御紋!!」
然様。文に描かれし紋所は紛れも無く
「四枚羽斜め十字組(しまいばね・ななめじゅうじぐみ)」、
谷一族の御紋であります!!(☆・☆)
谷一族は血車党に決して引けも遅れも取らぬ実力者揃い!
その後方支援を一族が買って出ると言うのですからユキたちにとっては
まさに地獄に仏!!(☆)
心強い援軍を得て、ユキとお順は宮司に低調に事情を話し、
いざ諏訪高島城へと向かいます!!(☆・☆・☆)
しかしながらユキの心の中には一つ疑問も生じておりました。
「…化身忍者を相手に戦うには化身忍者の力しか無い筈、
忍びと言えど、生身の者をお遣わしになるなど有り得ないし…
まさか!?…イヤ、まさかな…。」
失敬。
×低調に → ○丁重に
(☆)一方、こちらは高島城の城下町。
沼部師兼・夜間の槍稽古の件から一夜明けて、ここ城下町では
佐伯重定がお触れを出しておりました。
(☆)「サァサァサァサァ皆の衆、あの高島城の天守閣に蔓延る笠雲を見よ!
あの笠雲は黒い龍がこの領内を襲うと言う不吉の前兆じゃ。
その禍々しき龍を退治し、この国を守り抜く、強き力・強き意志・
強き運命(さだめ)を持つ者は、その身分に捉われずご主君無二斎様が、
快く迎え入れて下さるぞぉ!!」
(☆)既に重定の周囲は黒山の人だかり!
町の者たちは先を争うように重定に質問責めでございます。
「お役人!一体どのようにして選ぶつもりじゃ!?」
「うむ、先ずは読み書きじゃ。」
「オイ何じゃ、読み書きが出来ぬと駄目か!?」
「当たり前じゃ。学の無い者にこの国を任せられるものか!お前は失格じゃ。」
別の町人が問い掛けます。
「え〜、次は?」
「乗馬じゃ。」
「馬!?馬なんか乗ったことないぞ!!」
「馬にも乗れんで龍を迎え撃つ大将が勤まるか!」
更に別の町人。
「あ〜、他には?」
「弓じゃ。」
「弓!?弓なんか見たことない・・・。」
「嘘をつけ!」
更にまた別の町人は…
「あとは何じゃ?」
「勿論!剣術じゃ。最後に武術試合を執り行う!!」
「何じゃ、随分と厳しいのぉ。」
「当たり前じゃ、たわけ者!…他に質問は無いか?」
そこへユキが通り掛かりました。ユキは人だかりの様相から
勇者捜しと見受け、早速重定に質問します。
「お役人、その龍征伐と言うのは、誰でも参加出来るのか?」
「ム…うむ、いかにも。無二斎様はその者の生まれや身分に捉われず、
強い運命(さだめ)を持った強者を求めておられる。誰なりと、参加は自由じゃ。」
更にユキは問います。
「お役人!」
「?何じゃ。」
「誰でも、と言うことは…女子でも参加出来るのか?」
「・・・・・・?」
先程の即答から一変、重定は返答に窮した模様です。
ユキは念を押し…
「強き力と意志と運命(さだめ)が備わっておれば、
女子でも参加出来るのか?お役人。」
「…聞いておらん。」
「無理か?」
「わからん。」
「やはり駄目か?」
「イヤ…他に質問は無いか?」
万一戦が起きた時、戦うのは男、と言うのが常識のこの時代、ユキの質問は
常識を覆す不可解な物に聞こえたのでしょう。重定は話をはぐらかす様に
町人たちに質問を求めます。
「剣術の試合の後は…?」
「無二斎様が直々に一番の勇者をお決めになり、
破格の禄高での配偶をお約束なされる。」
「お殿様が直々にのぉ。」
町人たちは嬉しそう。と、ここでまたユキが…
「お役人!
・・・女子の参加は有り得ぬか?」
まだ申すか…と言った風で重定は軽くあしらいます。
「…無い!他に質問は無いか?」
「剣術の試合は、真剣を使うのか?」
「イヤイヤ、木刀を以って執り行う。」
「ならちょっと安心だな。」
「そうじゃのぉ。」
「もう質問は無いか?」
「お役人!本当にワシらのような身分でも侍になれるのか?」
「うむ、お前がそう言う星のもとに生まれついておればのぉ。では、皆のしゅ…」
「お役人!」
珍しく、ユキは諦めきれぬようであります。
「誰でも、と申しておいて女子はならぬとは矛盾しておらぬか?」
大概に致せ…!重定の顔に苛立ちの色が浮かび始めました。
「もう、よいか…?」
「集合はいつ、どこに?」
「うむ、明日巳の刻、大手門の前じゃ。では、皆の…」
そこへ尚も粘るユキ…
「お役人!…」
「くどーい!!いい加減空気を読まぬかその方!!
大体先刻より聞いておれば、その方の質問は、戦の何たるかを
まるっきり心得ておらんではないか!!!」
「何を申されるお役人。私とて戦の何たるかは心得ており申す!
お役人こそ、泰平の世の中に生まれ育ったが故に、戦の何たるかを
ご存じないのではござらぬか?」
「・・・・・・!!ぶ、無礼な!!」
ユキの鋭い問い掛けに、重定はグサリと来たようですが、すぐ様被りを振ります。
(☆)そこへユキが事の核心を突きます!!
「戦国の世は、大名や家臣の奥方も城を枕に討ち死にする覚悟でお家を守り
他国の軍勢に挑んで参ったのですぞ!然るに!!お役人の申され様こそ、
戦国の女子たちの御霊を愚弄せし罵詈雑言!!国を思い、如いては世を思う心掛けに
男も女子もござりますまい!!!」
(☆)このユキの的を得た論議に、重定はぐうの音も出ません。
少し考えた後…
「相判った…その方の申し分、尤もじゃ。
ならばその方も、明日巳の刻、大手門の前で待たれよ。
無二斎様に、お伺いを立てるでの。」
「かたじけない、よしなにお頼み申す…。」
深々と頭を下げ、謝意を示すユキでありました…。
今宵は、ここまでに致しとう存じます。続きはまたの講釈で…。
事後確認で恐縮ですが・・・
実は今回のお話は、「蟹頭十郎太」と言う
北海道で行われた戦国モノのテント芝居のオマージュも含まれております。
ただ、講談形式は「蟹頭」に関係なく自分でやってみたいと思っていましたので、
その点についてはご理解頂きたいと思っております。
この場を借りてお詫びしますと共に、自他共に納得のいくような運びにしていきたいと
思っておりますので今後とも宜しくお願い致します。
この上は、万民納得のいきます講釈に努めます存念…。
(☆)高島城登城を明日巳の刻に控え、ユキとお順は一旦諏訪神社へと
戻って参りました。
「お待たせ致した宮司。高島城の勇者選びの儀が明日巳の刻にござる故、
その時まで我ら「亜摩陀無」を警護仕る。」
「然様でございますか、心得ました。イヤ、実は鎖覆面の忍びの群れ…
あなた様方の申される、その血車党とやらが、一度このお社を襲うておりました。」
「う…それは不覚。宮司、誠に相済まぬ…。」
「いえ…その折に実は奇妙な風体の御仁が現われ、血車党の者共を
残らず追い払いましてな。」
「?…奇妙な…風体の者?」
お社を空けていた間に起きた出来事に、ユキとお順は釈然とせぬ様子であります。
「して宮司…その者とは?」
「は…その者は頭は遥か北方、蝦夷地に多く棲むと言う熊を模った覆面に
目だけを覆った赤い面。身体は均衡の取れた白黒の縞のような模様。
首に黄色い布を、腰には帯をそれぞれ巻き…
そうじゃ、帯には谷一族のご紋章がございました。」
(☆)この宮司の証言にユキたちは驚きを禁じ得ません。
「谷一族の、御紋!?」
「然様。そしてそのお声は女子の物…くノ一とお見受け致しました。」
「して、その…くノ一の名は!?」
「お名前までは…ただ、そのくノ一はあなた様方に逢うたら「報恩仕る」と
伝えてくれ、と…。」
宮司の証言からお社を守ったのは谷一族の者と思しきくノ一とわかり、
やや納得したユキたちではございましたが……。
「しかし…「報恩」とは…恩返しの理由のある化身くノ一なら、
思い当たるのはお美和さんだが…お美和さんは「狂い毒蛾」の筈、
宮司の証言とは違う…では一体誰が?」
謎の熊くノ一が何者なるか、気に掛かる所ではございますが
取り敢えずその者のお陰で先ずはお社もひと安心、
(☆)されど隙あらば忽ち襲い来る血車党のこと、一瞬でも気を許せば命取り!!
ユキが勇者選びの儀に登城するまでの間ギリギリまで彼女たちは
「亜摩陀無」の警護に当たったのでありました。
(☆)そして一夜明けて、いよいよ登城の日。
笠雲が晴れるか否かの百八日目まで、あと二日と迫りました。
「では宮司、失礼ながら私これより登城致す。
本来であれば、このまま警護に就きたかったのだが…。」
「存じております。何れにせよ諏訪高島は危急存亡の重大事。
警護には、こちらのお順殿が引き続き当たると申されております。
また谷一族の方々も控えておりますれば、お社の方はご安堵召されませ。」
「かたじけない。然らば御免。」
(☆)謝意を示し、ユキは高島城へと向かいます。
(☆)所変わりまして、こちらは高島城・大手門前。
既に門前は、藩内外を問わず「我こそが救国の勇者たらん」と名乗りを上げし
大勢の人々で賑わっており、開門の時を今か今かと待ち続けておりました。
その中には無論、我らがユキの姿も。その彼女に何者かが声を掛けます。
「?・・・おお、そこな娘御!!」
「は?・・・これはこれは、昨日のお役人ではござらぬか。
先だっては名乗りも無く、ご無礼致した。私の名はユキ。
越前美浜藩十四万八千石・五木家の家臣でござる。」
「五木…おお、あの名君と誉れ高き弘繁公のご家中か。
これは失礼。それがしは当高島家の家臣で、佐伯次郎兵衛重定と申す。
以後、お見知りおき下され。」
「これはご丁寧なご挨拶、痛み入る。
…して、女子の参加の件はいかが相成られた?」
「おお、例の件じゃな。ご貴殿の申しよう、尤もなりと、主君無二斎様も
ご貴殿の参加を快くご承諾なされた。
…と言うか、あの後殿にガッチリと絞られてしもうての、大目玉を喰ろうたわ。」
「ハハハハハ…。」
参加を許され、開門までの間重定と談笑するユキでありました。
(☆)そしていよいよ巳の刻、大手門の扉が
ギィ〜〜〜・・・・・・と、重々しい音を立てて開きます。
「お、どうやら刻限のようじゃ。ではユキ殿、ご健闘をお祈り申しますぞ。」
「かたじけない。」
重定と一旦別れて、ユキはいよいよ「勇者選びの儀」に挑みます!!
現代で申しますところの、オーディションの様相を呈した・・・
おや?現代を舞台にされておいでの方々がクシャミをされたようですな。
(☆)と、冗談はさておき篩い落としの修羅場をユキは順調に、
時には苦戦しつつ通過致します。
読み書きは申すに及ばず、乗馬や弓術と、文武をよく心得たユキにとりましては
釈迦に説法・孔子に儒教!町人共を尻目に、武芸者とほぼ互角に亘り合い、
激戦を勝ち抜いたユキはいよいよ最後の難関・剣術比べの御前試合に挑みます!
そして、遂に迎えました剣術比べの御前試合!
最後まで勝ち抜いたユキは、この試合に敗れれば
その場にて腹を掻っ切る覚悟にて臨みます。
(☆)さて御前試合を見届けますは勿論、諏訪高島のご領主・
高島無二斎信智公、五木弘繁公と肩を並べる程の指折りの名君にございます。
その人となりは温厚にして豪快。それでいて民をよく重んじる慈悲深いお殿様。
おん年六十半ば、髷を結わぬ総髪は雪の如く白く、口回りから顎、
揉み上げの辺りに到るまで蓄えし白い髯はあたかも
現代の風習クリスマスに付き物のサンタクロースの如し!
(☆)その生き仏のようなお殿様をおん前にして、
今まさに御前試合が執り行われようと致しております!!
ユキに自ずと緊張が走ります。果たして相手は何者なるか・・・?
その相手は・・・(☆☆)ユキにとっては実に思い掛けぬ人物でございました!!
(☆)ドドン!試合の開催を告げる触れ太鼓が鳴り響きました。
「これより、諏訪高島藩勇者選びの儀、最終御前試合を執り行いまする!
無二斎様。此度の御前試合に勝ち上がりましたるは二名!
何れ劣らぬ強者にござりますれば、宜しくご高覧遊ばされますよう・・・!!」
開催の旨を告げる重定に、無二斎は力強く頷きます。そして・・・!(☆)
「では、二名の者、呼び出しまする。
先ず一番札!越前美浜藩、五木家のご家臣、ユキ殿!!」
「はっ!!」
重定の呼び出しを受け、勇んでユキは信智公のおん前に参上致します。
そして対戦相手・・・その者の名にユキは戦慄を覚えます!!
「そして二番札!同じく越前美浜藩五木家、江戸詰めのご家臣、
高山源五右衛門厳実殿!!」
「ははっ!!」
「・・・な、何ィ!!?」
(☆☆)何と言うことでしょう!同じ釜の飯を食んだ五木家の忠臣が、龍征伐を巡って
己の意地と誇りを懸けて相争うことになろうとは!!(☆・☆)
厳実もまた驚愕の色を隠せません。まさかこの場でユキと一戦交えようなどとは
厳実にとりましても晴天の霹靂であったに相違ございません。
「…厳実殿…まさか、ご貴殿も……。」
「ユキ殿、悪う思わんで下され。“義を見てせざるは勇無きなり”。
五木家に於いても、天下の難儀を救いたいと思うは、貴殿だけではござらん!!」
「…お気は、確かでおられるのか?」
「無論のこと…ユキ殿は化身忍者嵐。その貴殿を相手に生身のそれがしが
どこまで挑めるかはわからぬが…これも泰平を守るため!!」
「ご事情、しかと相判り申した…さりながら私も心構えは同じ!後には引けませぬ…。
この上は厳実殿、いざ、尋常に果し合いましょうぞ!!」
「心得た…!!」
(☆)お互い、覚悟は決まったようであります。
さて、試合を前に、信智公よりご挨拶がございます。
「この度は、遠路はるばる当藩龍征伐・勇者選びの儀に
ご参集頂き、心より礼を申す。いよいよこの御前試合にて、
龍征伐の勇者が決せられる故、両名、全力を以って臨んで頂きたい!
では、両名の健闘を心より祈って、挨拶に替えさせて頂く、以上。」
「「ははっ!!」」
その後、重定より試合の細かい規定・注意事項を受け、ユキと厳実は
いよいよ「戦の場」に赴きます!!
「ではここにある木刀にて、剣の腕、存分に振るって頂く。
よいか、お互いを討つべき龍じゃと思われよ。」
「「ははっ!!」」
重定に促され木刀を手にした両名。正眼に構え、お互いを凝視します。
そして・・・!(☆)
「それでは…始め!!」
(☆)かくして、御前試合の幕は切って落とされたのでございます!
両者とも、互いの出方を窺っておりますのか、対峙致したままピクリとも致しません。
全てが凍り付く程の静寂の中、長いようで短い時。
沈黙の後、お互い左へと重き足取りで歩を進めます…。
(☆)先に仕掛けたのは厳実の方であります!
裂帛の気合いと共に厳実はユキに斬り込みます!!
「いやあああああああっ!!!!」
(☆)上段より打ち下ろされし木刀をすかさずガッシと受け止めるや、
ユキは返す刀でめぇんと一本!!(☆・☆)
しかし厳実も負けてはいない!ユキの一太刀を飛び来る小石を打ち返すが如く
弾き返すとそのまま下段から袈裟斬りを狙います!!
寸での所を跳躍で厳実の一閃をかわしたユキは、その勢いで急降下からの
真っ向唐竹割りで厳実を襲います!!(☆・☆・☆)
そのユキの切っ先三寸を紙一重でかわし、
厳実はユキの着地の一瞬を衝いて突きを繰り出します!!(☆)
その突きを蜻蛉を切ってかわすユキ!!
その後矢継ぎ早に繰り出される厳実の突きを
ユキは現代で申しますところのバック転で悉く回避致します!
ユキはくノ一・女忍びです。忍術を使えばあっと言う間に
決着を付けることが出来ましょうが、これは剣の果し合い!!
無論、剣に秀でしユキではございますが、決着を付けようと逸る気持ちは
どこかしらあったと思われます。されど己を押し殺して事に臨むもまた忍びの道。
もとより、武人に対し礼を失してはならじと、ユキは正々堂々と剣を振るいます。
(☆)かくして一進一退の凄まじい攻防が繰り広げられました。
斬り結ぶこと実に八十合近くに及び、両者とも、徐々に疲労の色が現われ、
しかしお互い意地と誇りを懸けて渾身の斬り合いを展開します!!
やがて一刻の時が流れ、両者とも困憊は頂点に達しておりました。
お互いこの一太刀で雌雄を決せんと、木刀を握る諸手に最後の力を込めます!
(☆)そしてお互い駆け出して、擦れ違い様に最後の一太刀を浴びせたのでした!!(☆☆)
再び、僅かな沈黙が周囲を支配致します。
その場の者たちは皆、息を呑んで勝負の行く末を見守ります…。
長いようで短い静寂の後…先に苦悶の表情を浮かべたのは何とユキの方。
肩を押さえ、木刀を杖に己が身体を支えております。
勝負あったか!?…と思われたその刹那!!
(☆)どうと言う音が響いたのであります。何事か?と一同音のする方を見遣ると
そこには、ユキ同様奮戦の限りを尽くした厳実が横たわっておりました。
厳実はうんうん唸り、ピクリとも致しません。どうやら、勝敗は決したようでございます。
「そこまで!勝者、ユキ殿!!」
一部始終を見届けた信智公の、ユキの勝利を告げる声が高らかに響きます!
かくしてユキは、龍征伐の勇者の栄誉に輝いたのでございます。
今宵は、ここまでに致しとう存じます。続きはまたの講釈で…。
ユキの見事な腕前に、信智公はホクホク顔でございます。
「いや〜実にあっぱれ、見事な剣捌きであった!
その実力と屈強な意志、そして強運が備わっておれば、何者にも負けは致すまい!!
龍退治成就のあかつきには、恩賞は思いのまま。破格の禄高を以って
その方を優遇致そうぞ!!」
「勿体無きお言葉、かたじけのう存じます。
さりながら、此度の儀に名乗りを上げましたるは、ひとえに信州諏訪高島藩の、
如いてはこの日本国その物を未曾有の危機より救わんがため!
お言葉を返すようでご無礼には存じますが、報酬の件、お気持ちだけ
ありがたく頂戴致し、直の受納はご辞退仕りまする…。」
(☆)ユキのこの一言に重定は慌てます。
「こ…これ!ユキ殿!殿のおん前で、無礼でござろう!!」
しかし信智公、ユキの一言に感服致したようであります。
「イヤ、佐伯よ。ユキ殿の今の謙虚なる振る舞い、実に潔いではないか。
目先の利益に捉われず、ひたすら義を以って事に当たる。武士(もののふ)とは、
誰しもかくありたき物じゃ。」
「殿、さりながらユキ殿はおな…」
「たわけ!!武士の心構えに、男も女子もないわ!!
その方、昨日のユキ殿の申したことを忘れたか!!」
「ははーっ!恐れ入りました…。」
「・・・ユキ殿、実に殊勝なる心掛けじゃ。報酬のこと、見送り申そう。
では、後程龍退治について、今後の詳細を説明致す故、
まずはゆるりと疲れを癒されよ。厳実殿の介抱も併せてなされるが宜しかろう。」
「重ね重ねかたじけのう存じます。ではお言葉に甘えまして、失礼仕りまする。」
気絶した厳実を抱え、ユキは高島家女中の案内で、城中の空き部屋へと通されたのでした。
(☆)その様を物陰より遠巻きに見つめる不気味な視線・・・!
「・・・しまった!まさかユキめが龍退治の任に就くとは…!!
思わぬ邪魔が入りおったわ!!この上は事の仔細を「あのお方」に報告し、
早急に手を打たねば・・・・・・!!」
他ならぬ沼部師兼が、ユキの勝利に一抹の不安を抱いております。
しかも師兼、どうやらユキのことを事細かに存じ得ておるようであります。
(☆)一方、高島城中の空き部屋では・・・
「…厳実殿、ご貴殿、わざと私に勝ちを譲られたのでござろう?」
「?…何のことやら。あれは不覚にも、疲労から手元が狂うた故に…。」
「おとぼけ召されるな。あの最後の一太刀、あれは紛れも無く私の頭上を
狙うたものでござった。あの勢いで私の脳天を捉えれば、
私は三日程眠りに就いておったでござろう。しかしご貴殿は至近距離に到った折、
狙いを脳天から急遽肩口に切り替えた。それも咄嗟に、力加減を落としてだ。
ご貴殿、まさか…私に情けを掛けられたのか?」
「…イヤ、さにあらず。実は諏訪藩を襲う龍と言うのが、どうやら只者ではないらしゅうて…。
これはそれがしの憶測に過ぎぬが…諏訪藩の呪われし神話の言い伝えには、
血車党が絡んでおるのでは無かろうかと…。」
「な・・・何と!!?」
(☆)思い掛けぬ厳実の言葉にユキは絶句!
もし厳実の申しようが誠なれば、血車党は黒龍伝説を利用して
諏訪藩を牛耳り、そこを拠点に愚論義を使って全世界を支配せしめんとする
算段であると言うことになります!!(☆・☆・☆)
厳実は続けます。(☆)
「そして今、この高島城中にて、胡乱な動きを見せているのが
高島家の家臣、沼部黒龍丸師兼なる者・・・!!」
「むぅ…もしかしたらその沼部なる者、血車党と通じておるやも知れぬな…。
成る程、それで龍討伐の座を私に…。」
「然様。血車党が関わっているであろう以上はやはり、貴殿のお力で無くば…。」
「然様でござったか、そうとも知らず、貴殿を疑うて…許されよ。」
「イヤ、お気になさらず…それよりもユキ殿、これからが正念場ですぞ。
それがしも、陰ながら出来うる限り助力仕る。」
「かたじけない。
・・・む、どうやら龍討伐の詳細を告げる刻限のようだ。然らば厳実殿、これにて…。」
(☆)一方こちらは諏訪神社。
ユキ不在の間、秘宝・霊石「亜摩陀無」の警護に就いておりますのは
彼女の叔母・お順でございます。
警護に余念のないお順ではございますが、それでもやはり気掛かりなのは姪のこと。
あの子は無事であろうか?龍退治を立派に果たすであろうか?
姪の安否を気遣い、生還を信じつつ、「亜摩陀無」から片時も眼を離さぬお順でありました。
そこへ宮司が声を掛けます。
「お順殿、姪御さんのことならばご懸念無用にございます。
ユキ殿には「亜摩陀無」と「多岐優空我命」のご加護がついておられます。
今はただ、無事を信じましょう。・・・それよりもお順殿、大分お疲れのようじゃが、
お茶でも一服、いかがかな?」
「ありがとうございます…。
そうですね、あの子は…強い子です!」
宮司の温情ある励ましの言葉に、お順は不覚にも涙を浮かべます…。
お順は意を決し、今自分に出来得る精一杯のことに打ち込んだのであります。
・・・宮司の差し入れた、お茶をご馳走になりながら。
(☆)さて、所は再び高島城。
ユキが藩主・無二斎信智公より龍退治についての詳細と心得の教示を受けていた丁度その頃・・・
城中の化粧部屋では、まさに今怪異なる事態が起きようと致しております!!(☆・☆・☆)
その化粧部屋の鏡の前に跪いているのはなぜか沼部師兼。
その師兼の背後には・・・おそらく彼の者が手に掛けたのでございましょう
女中たちの無惨な屍が多数横たわっておりました・・・。
(☆)そして師兼は、鏡に向かって何やら呪文のようなものを唱えております。
・・・するとどうでしょう!(☆☆)先程まで師兼の毒々しい顔を映しておりました鏡に
テレビやモニターの如く砂嵐が起きたかと思うと、程無くして鏡は師兼とは別の
凶悪な人相を映し出したのであります!!そこに映った者とは!!(☆・☆・☆)
「・・・魔神斎殿、拙いことになりましたぞ。我らが怨敵ユキ、いやさ、嵐めが「このワシ」を
討ちに現われたそうな。」
既にこの鏡はただの鏡に在らざることは皆様ご承知の通り。
まさかとお思いでしょうが・・・その、まさかでございます。
『何、嵐が高島城に?
う〜む・・・確かに思い掛けぬ事態じゃ。実は諏訪神社の方も
忌まわしき邪魔が入ってのぉ。』
「・・・!!そちらでも…滞りが!?」
『いかにも。熊のような覆面を被った小賢しいくノ一が、谷一族の者共と共に
我が精鋭を悉く追い払ったと言うのじゃ。』
「何と・・・!その熊のくノ一、谷一族の化身忍者ではござるまいな!?」
『おそらく…口伝の記憶を使うて新たに化身忍者をこさえるなど、
谷一族め、小癪な真似を!!』
「大事の前の小事、皆殺しにすべきでしたな・・・!」
『うむ、じゃが今は当面の事態に当たらねばならぬ。
今後の計略についてはそちに委ねる・・・
先ず手始めに「黒龍丸」よ!そこにおるネズミを始末せよ!!』
「何!!?」
魔神斎の“指令”にビクッとなった師兼、いやさ、血車党の黒龍丸がパッと飛び出し
障子をガラッ!と開けるやその場に居合わせていたのは!?(☆)
「・・・!!佐伯殿!?」
(☆)然様。一仕事終えて自室に戻る途中の佐伯重定が
不幸にも黒龍丸と血車党の密談を盗み聞いてしまったのであります!!(☆・☆)
「見たな・・・?聞いたな・・・・・・!?」
「お…おのれ謀叛人!
ご主君を亡き者に致そうとは!貴様、一体どう言う了見じゃ!!」
「クックック…冥土の土産に教えてやる。
実はこのワシこそが、沼の奥より現われし黒い龍!!
そして須佐之男に倒され、沼に逃げ延びたあの日、
旗揚げ間もない血車党と手を組んだのよ。そしてワシは彼らに協力し、
数百年に一度、諸国浪人じゃと偽って津々浦々の城や領主の館に忍び込み、
その国々を滅ぼしたと言うわけじゃ!!ハーッハッハッハッハ・・・・・・!!!」
恐るべき黒龍丸の真の姿に、重定は恐怖のドン底に叩き落され
金縛りに遭ったかの如く身動き一つ取れません!
憎々しく大笑いし、黒龍丸は更に言葉を続け、重定ににじり寄ります。
「そして今年、寛永十三年はここ、信州諏訪の番!!
我らがこの地を選んだ理由はもう一つ・・・それは諏訪神社に祀られておると言う
秘宝・霊石「亜摩陀無」がことよ!!」
震え、後ずさりする重定は、ただただ怨嗟の声を上げるが精一杯。
「れ・・・霊石!?何じゃそれは!!?」
「フン、死に行く者が知る必要は無い!!
・・・お喋りは終わりだ、我らの正体を知った以上は・・・わかっておろうな、佐伯殿!!」
(☆)言うや黒龍丸は刀を抜き、その切っ先を重定に突き付けます!!
戦々恐々の重定も最後の力を振り絞り、
脇差を抜いて家臣に身を窶した龍の化身に挑みます!!
「この諏訪の地は乱させん!!
謀叛人、沼部黒龍丸!覚悟致せぇ!!いやあああああ!!!!」
(☆)必死の思いで重定は黒龍丸に斬り掛かりますが…
泰平の世に慣れ親しみ過ぎたのか、重定に剣の腕は無く、
その正義の刃は、敢え無くかわされたのでございます。
(☆)その弾みで勢い余ってどうと倒れた重定に、黒龍丸の邪まな刃が迫ります・・・!!
渾身の力を使い果たし、重定はすっかり腰が抜けてしまいました。
最早風前の灯火、重定の命運は、ここに決したのであります・・・。
「悪く思うなよ、佐伯殿…!!」
グサッ!!!
・・・佐伯次郎兵衛重定、享年四十八歳。
最期まで諏訪高島の行く末を案じてきた忠臣は、
邪心によってその生涯を閉ざされたのでした…。
(☆)と、ここで黒龍丸、またも奇ッ怪な行動に出ます。
「出でよ!我が下僕、蝦蟇丸!!」
黒龍丸がそう叫ぶや天井裏からグァアアアアア・・・と言う
不気味な唸り声が聞こえたかと思うと、その天井から奇妙な何物かが
べチャリ!と落ちて参りました!!(☆)
それは見るもおぞましき濁った灰色をした、身の丈が畳一畳分程もある
不気味な蝦蟇蛙でありました!!(☆☆)
全身がぬめった蝦蟇の化け物、こ奴こそが黒龍丸の下僕・蝦蟇丸でございます。
蝦蟇丸はヌラヌラと身の毛もよだつような動きで黒龍丸の前に歩み出で、跪きます。
「そーれ、蝦蟇丸よ。こ奴の身体をお前にくれて遣ろう。
その薄気味悪い姿では身動き一つ取り辛かろう・・・。」
その言葉に蝦蟇丸は嬉々として
グヮアアアアアアアア・・・と狂ったように大きく鳴き声を上げると
大きな口をガバッ!と開けて触手のような舌で重定の遺体を捉えるや
そのままシュルルルルル・・・パクッ!ゴクン!!と呑み込んでしまいました。
(☆)その直後!蝦蟇丸の身体に異変が生じたのであります!!(☆・☆)
蝦蟇丸の足元から気色の悪い煙がモワモワモワ〜〜・・・と立ち込めたかと思うと、
今度はその身体がこれまた毒々しい、赤や紫の光を放ちだしたのであります。
禍々しき煙と光の中、蝦蟇丸の身体が、あたかも粘土の如くゴワゴワゴワ・・・と
蠢き、何やら人の形を作り上げているではありませんか!!
(☆)やがて煙と光が治まり、その場に現われたのは・・・・・・!!?
(☆)何と驚く勿れ!!先程黒龍丸によって非業の最期を遂げた筈の
佐伯重定が、さながら幽鬼の如く立ち尽くしていたのであります!!(☆・☆・☆)
これぞ蝦蟇丸の恐るべき妖力!!人間を呑み込み瞬時に消化し、
その呑み込んだ人間から姿形は勿論のこと記憶や知識に到るまで寸分違わず
そっくりそのまま化けると言うものでございます!!
(☆)重定に化けた蝦蟇丸は、改めて黒龍丸に跪きます。
「親分、これでよいか?」
「クク…よかろう、上出来だ!
蝦蟇丸よ、お前は明日一日、先ず佐伯のフリをして
ユキと城の者共を安心させよ。
そして夜が更けたら…コッソリ城を抜け出して、手勢を以って
諏訪神社から「亜魔陀無」を奪え。そしてその足で九郎ヶ岳へ向かい、
愚論義を目覚めさせるのだ!但し、熊の面のくノ一には用心せよ・・・
ワシは明後日、油断しきった頃合いを見てユキと無二斎を殺る。
・・・行け!!」
黒龍丸の指令を受け、重定=蝦蟇丸は“自室”に戻ります…。
「魔神斎殿、最早一刻の猶予もなりませぬぞ!!」
『うむ…頼んだぞ、「黒龍丸」よ!!』
「御意!!」
(☆)明くる朝。
ユキは翌日に迫った運命の百八日目に備え、己の鍛錬に勤しんでおります。
そこへ・・・
「おお、ユキ殿。ゆうべはよう休まれたか?」
と、にこやかにユキに声を掛けたのは重定・・・に非ず、重定の姿をした魔物・蝦蟇丸でございます。
昨日、ユキが講義を受けていた際、重定暗殺はユキの目の全く届かぬ所で行われたが故に、
ユキは目の前の重定が実は妖魔の化身であるなどとは知る由もございません。
「ええ、ありがたいご教示も授かり、夜もまたよく眠れました。
そのお陰か、体調もすこぶるよく、俄然やる気が湧いて参ったような気が致しまする。」
振り返ってユキは溌剌(はつらつ)と応えます。その彼女に蝦蟇丸は・・・
「然様でござるか。イヤ、結構結構!
じゃがユキ殿、今からそう…気を張り詰めんでも…今すぐにでも黒い龍が襲うて来るわけでもなし…。」
ユキを油断させようと言葉を繕いますが、ユキは笑って
「何を仰られるか佐伯殿。日々是精進、人生是修業!!
一日でも鍛錬を怠っては、身体がなまってしまいまする!」
と一言言うと、また向き直って素振りを始めました。
「それに佐伯殿…実は私は忍びの者でしてな、
この鍛錬は日々の鍛錬も兼ねてござる。忍びが修練を怠っては、
それこそ笑い種にござりましょう。」
「・・・・・・!!」
蝦蟇丸はどうやら、ユキが忍びの者であることに“たった今”気付いた模様であります・・・。
まこと、あの黒龍丸の子分とは思えぬ程の鈍感さ加減でございます・・・。
(☆)その後も蝦蟇丸はユキの油断を誘おうとあの手この手を尽くしますが、
ユキは頑なに龍討伐に意欲を燃やします。
そのうちユキも、重定の様子がおかしいことに気付き出したようであります。
「今日の佐伯殿、昨日までとはまるで別人のようだ・・・。」
昨日までは自分の龍討伐を心から奨励していた佐伯殿が
何故今日になって手のひらを返すように、まるで龍討伐をやめさせるような
口ぶりの消極的な態度で接するようになったのか・・・?
(☆)と、ここでユキは昨日の厳実の話を思い出しました。
「実は諏訪藩を襲う龍と言うのが、どうやら只者ではないらしゅうて…。」
「諏訪藩の呪われし神話の言い伝えには、血車党が絡んでおるのでは無かろうかと…。」
「高島城中にて、胡乱な動きを見せているのが高島家の家臣、
沼部黒龍丸師兼なる者・・・!!」
・・・ここに来て、ユキの忍びとしての神経が研ぎ澄まされ出しました!
―――あの時と同じだ。
「あの時」と申しますのは、然様、第二章に於いてユキの両親と
彼らと懇親の僧侶を手に掛け、あまつさえその姿を盗み取った
野盗上がりの三匹の化身忍者「鬼火蝮」・「毒蛇妙尼」・「不死身ましら」
のことを申します。