ユキの見事な腕前に、信智公はホクホク顔でございます。
「いや〜実にあっぱれ、見事な剣捌きであった!
その実力と屈強な意志、そして強運が備わっておれば、何者にも負けは致すまい!!
龍退治成就のあかつきには、恩賞は思いのまま。破格の禄高を以って
その方を優遇致そうぞ!!」
「勿体無きお言葉、かたじけのう存じます。
さりながら、此度の儀に名乗りを上げましたるは、ひとえに信州諏訪高島藩の、
如いてはこの日本国その物を未曾有の危機より救わんがため!
お言葉を返すようでご無礼には存じますが、報酬の件、お気持ちだけ
ありがたく頂戴致し、直の受納はご辞退仕りまする…。」
(☆)ユキのこの一言に重定は慌てます。
「こ…これ!ユキ殿!殿のおん前で、無礼でござろう!!」
しかし信智公、ユキの一言に感服致したようであります。
「イヤ、佐伯よ。ユキ殿の今の謙虚なる振る舞い、実に潔いではないか。
目先の利益に捉われず、ひたすら義を以って事に当たる。武士(もののふ)とは、
誰しもかくありたき物じゃ。」
「殿、さりながらユキ殿はおな…」
「たわけ!!武士の心構えに、男も女子もないわ!!
その方、昨日のユキ殿の申したことを忘れたか!!」
「ははーっ!恐れ入りました…。」
「・・・ユキ殿、実に殊勝なる心掛けじゃ。報酬のこと、見送り申そう。
では、後程龍退治について、今後の詳細を説明致す故、
まずはゆるりと疲れを癒されよ。厳実殿の介抱も併せてなされるが宜しかろう。」
「重ね重ねかたじけのう存じます。ではお言葉に甘えまして、失礼仕りまする。」
気絶した厳実を抱え、ユキは高島家女中の案内で、城中の空き部屋へと通されたのでした。
(☆)その様を物陰より遠巻きに見つめる不気味な視線・・・!
「・・・しまった!まさかユキめが龍退治の任に就くとは…!!
思わぬ邪魔が入りおったわ!!この上は事の仔細を「あのお方」に報告し、
早急に手を打たねば・・・・・・!!」
他ならぬ沼部師兼が、ユキの勝利に一抹の不安を抱いております。
しかも師兼、どうやらユキのことを事細かに存じ得ておるようであります。
(☆)一方、高島城中の空き部屋では・・・
「…厳実殿、ご貴殿、わざと私に勝ちを譲られたのでござろう?」
「?…何のことやら。あれは不覚にも、疲労から手元が狂うた故に…。」
「おとぼけ召されるな。あの最後の一太刀、あれは紛れも無く私の頭上を
狙うたものでござった。あの勢いで私の脳天を捉えれば、
私は三日程眠りに就いておったでござろう。しかしご貴殿は至近距離に到った折、
狙いを脳天から急遽肩口に切り替えた。それも咄嗟に、力加減を落としてだ。
ご貴殿、まさか…私に情けを掛けられたのか?」
「…イヤ、さにあらず。実は諏訪藩を襲う龍と言うのが、どうやら只者ではないらしゅうて…。
これはそれがしの憶測に過ぎぬが…諏訪藩の呪われし神話の言い伝えには、
血車党が絡んでおるのでは無かろうかと…。」
「な・・・何と!!?」
(☆)思い掛けぬ厳実の言葉にユキは絶句!
もし厳実の申しようが誠なれば、血車党は黒龍伝説を利用して
諏訪藩を牛耳り、そこを拠点に愚論義を使って全世界を支配せしめんとする
算段であると言うことになります!!(☆・☆・☆)
厳実は続けます。(☆)
「そして今、この高島城中にて、胡乱な動きを見せているのが
高島家の家臣、沼部黒龍丸師兼なる者・・・!!」
「むぅ…もしかしたらその沼部なる者、血車党と通じておるやも知れぬな…。
成る程、それで龍討伐の座を私に…。」
「然様。血車党が関わっているであろう以上はやはり、貴殿のお力で無くば…。」
「然様でござったか、そうとも知らず、貴殿を疑うて…許されよ。」
「イヤ、お気になさらず…それよりもユキ殿、これからが正念場ですぞ。
それがしも、陰ながら出来うる限り助力仕る。」
「かたじけない。
・・・む、どうやら龍討伐の詳細を告げる刻限のようだ。然らば厳実殿、これにて…。」
(☆)一方こちらは諏訪神社。
ユキ不在の間、秘宝・霊石「亜摩陀無」の警護に就いておりますのは
彼女の叔母・お順でございます。
警護に余念のないお順ではございますが、それでもやはり気掛かりなのは姪のこと。
あの子は無事であろうか?龍退治を立派に果たすであろうか?
姪の安否を気遣い、生還を信じつつ、「亜摩陀無」から片時も眼を離さぬお順でありました。
そこへ宮司が声を掛けます。
「お順殿、姪御さんのことならばご懸念無用にございます。
ユキ殿には「亜摩陀無」と「多岐優空我命」のご加護がついておられます。
今はただ、無事を信じましょう。・・・それよりもお順殿、大分お疲れのようじゃが、
お茶でも一服、いかがかな?」
「ありがとうございます…。
そうですね、あの子は…強い子です!」
宮司の温情ある励ましの言葉に、お順は不覚にも涙を浮かべます…。
お順は意を決し、今自分に出来得る精一杯のことに打ち込んだのであります。
・・・宮司の差し入れた、お茶をご馳走になりながら。
(☆)さて、所は再び高島城。
ユキが藩主・無二斎信智公より龍退治についての詳細と心得の教示を受けていた丁度その頃・・・
城中の化粧部屋では、まさに今怪異なる事態が起きようと致しております!!(☆・☆・☆)
その化粧部屋の鏡の前に跪いているのはなぜか沼部師兼。
その師兼の背後には・・・おそらく彼の者が手に掛けたのでございましょう
女中たちの無惨な屍が多数横たわっておりました・・・。
(☆)そして師兼は、鏡に向かって何やら呪文のようなものを唱えております。
・・・するとどうでしょう!(☆☆)先程まで師兼の毒々しい顔を映しておりました鏡に
テレビやモニターの如く砂嵐が起きたかと思うと、程無くして鏡は師兼とは別の
凶悪な人相を映し出したのであります!!そこに映った者とは!!(☆・☆・☆)
「・・・魔神斎殿、拙いことになりましたぞ。我らが怨敵ユキ、いやさ、嵐めが「このワシ」を
討ちに現われたそうな。」
既にこの鏡はただの鏡に在らざることは皆様ご承知の通り。
まさかとお思いでしょうが・・・その、まさかでございます。
『何、嵐が高島城に?
う〜む・・・確かに思い掛けぬ事態じゃ。実は諏訪神社の方も
忌まわしき邪魔が入ってのぉ。』
「・・・!!そちらでも…滞りが!?」
『いかにも。熊のような覆面を被った小賢しいくノ一が、谷一族の者共と共に
我が精鋭を悉く追い払ったと言うのじゃ。』
「何と・・・!その熊のくノ一、谷一族の化身忍者ではござるまいな!?」
『おそらく…口伝の記憶を使うて新たに化身忍者をこさえるなど、
谷一族め、小癪な真似を!!』
「大事の前の小事、皆殺しにすべきでしたな・・・!」
『うむ、じゃが今は当面の事態に当たらねばならぬ。
今後の計略についてはそちに委ねる・・・
先ず手始めに「黒龍丸」よ!そこにおるネズミを始末せよ!!』
「何!!?」
魔神斎の“指令”にビクッとなった師兼、いやさ、血車党の黒龍丸がパッと飛び出し
障子をガラッ!と開けるやその場に居合わせていたのは!?(☆)
「・・・!!佐伯殿!?」
(☆)然様。一仕事終えて自室に戻る途中の佐伯重定が
不幸にも黒龍丸と血車党の密談を盗み聞いてしまったのであります!!(☆・☆)
「見たな・・・?聞いたな・・・・・・!?」
「お…おのれ謀叛人!
ご主君を亡き者に致そうとは!貴様、一体どう言う了見じゃ!!」
「クックック…冥土の土産に教えてやる。
実はこのワシこそが、沼の奥より現われし黒い龍!!
そして須佐之男に倒され、沼に逃げ延びたあの日、
旗揚げ間もない血車党と手を組んだのよ。そしてワシは彼らに協力し、
数百年に一度、諸国浪人じゃと偽って津々浦々の城や領主の館に忍び込み、
その国々を滅ぼしたと言うわけじゃ!!ハーッハッハッハッハ・・・・・・!!!」
恐るべき黒龍丸の真の姿に、重定は恐怖のドン底に叩き落され
金縛りに遭ったかの如く身動き一つ取れません!
憎々しく大笑いし、黒龍丸は更に言葉を続け、重定ににじり寄ります。
「そして今年、寛永十三年はここ、信州諏訪の番!!
我らがこの地を選んだ理由はもう一つ・・・それは諏訪神社に祀られておると言う
秘宝・霊石「亜摩陀無」がことよ!!」
震え、後ずさりする重定は、ただただ怨嗟の声を上げるが精一杯。
「れ・・・霊石!?何じゃそれは!!?」
「フン、死に行く者が知る必要は無い!!
・・・お喋りは終わりだ、我らの正体を知った以上は・・・わかっておろうな、佐伯殿!!」
(☆)言うや黒龍丸は刀を抜き、その切っ先を重定に突き付けます!!
戦々恐々の重定も最後の力を振り絞り、
脇差を抜いて家臣に身を窶した龍の化身に挑みます!!
「この諏訪の地は乱させん!!
謀叛人、沼部黒龍丸!覚悟致せぇ!!いやあああああ!!!!」
(☆)必死の思いで重定は黒龍丸に斬り掛かりますが…
泰平の世に慣れ親しみ過ぎたのか、重定に剣の腕は無く、
その正義の刃は、敢え無くかわされたのでございます。
(☆)その弾みで勢い余ってどうと倒れた重定に、黒龍丸の邪まな刃が迫ります・・・!!
渾身の力を使い果たし、重定はすっかり腰が抜けてしまいました。
最早風前の灯火、重定の命運は、ここに決したのであります・・・。
「悪く思うなよ、佐伯殿…!!」
グサッ!!!
・・・佐伯次郎兵衛重定、享年四十八歳。
最期まで諏訪高島の行く末を案じてきた忠臣は、
邪心によってその生涯を閉ざされたのでした…。
(☆)と、ここで黒龍丸、またも奇ッ怪な行動に出ます。
「出でよ!我が下僕、蝦蟇丸!!」
黒龍丸がそう叫ぶや天井裏からグァアアアアア・・・と言う
不気味な唸り声が聞こえたかと思うと、その天井から奇妙な何物かが
べチャリ!と落ちて参りました!!(☆)
それは見るもおぞましき濁った灰色をした、身の丈が畳一畳分程もある
不気味な蝦蟇蛙でありました!!(☆☆)