ここで話を少し引き戻しましょう。
時間軸は、ユキたちが諏訪神社に到着した頃までさかのぼります。
(☆)諏訪神社奉納の霊石「亜摩陀無」により強固な封印・結界を施し、
血車党の目に触れぬよう一時的に隠匿する場所を思案するユキたち。
・・・その最中、ユキは遥か遠く彼方に黒い雲が浮かんでいるのを見つけました。
「おかしい…この澄みきった晴天の中、何故にあの辺りにだけ黒雲が……?」
不可解に思ったユキは宮司に尋ねます。
宮司いわく
「あの奇妙な笠雲が掛かっておりますのは高島城…
しかもあの笠雲は、既に百日以上も天守閣の真上に掛かっておりまする。
丁度よき折、この信州諏訪に伝わるもう一つの言い伝えをお教え致しましょう。
八百万(やおよろず)の神々の御世に須佐之男命によって成敗されし八岐大蛇…
その八つの首の一つがいずこかの沼の奥に逃げ込み、黒く大きな龍となって
数百年に一度、龍が諸国より選んだ一国を襲うと伝えられております。」
「黒い…龍…?」
ユキもお順も、思わず息を呑む呪われた伝説。
(☆)更に宮司は続けます。
「然様。そして当諏訪藩も例外に非ず。あの笠雲はまさにその不吉の前兆!
龍に襲われし国々は、何れもその国々を治める城の真上に笠雲が掛かっておりました。
それは短くて百八日、最悪の場合まるまる一年は居座り続けておったそうな…。」
「長くて…一年……!?
宮司、確か百日以上と申されたが…今は何日目になる!?」
「…百五日目になります。
もし百八日を過ぎてもあの笠雲が晴れねば…おそらくあのお城の中に、
黒い龍の使いが棲み付いている証なり!!」
(☆)それを聞いてユキたちは大いに驚愕致します!!
「百八日…あと三日ではござらぬか!!」
「いかにも…高島家の家中ご一同は戦々恐々、
藩主・高島無二斎信智(たかしま・むにさい・のぶとも)公は広く諸国に
「黒い龍に抗う神に匹敵する勇者」を捜し求めておいでとか。」
「神に匹敵する…勇者、と申されるのは?」
「ここだけは諏訪高島のみに伝わる伝説でございますが…
諏訪高島が黒い龍の猛威に晒された時、その「神に匹敵する勇者」が現われ
龍のもたらす災いを打ち払う、と言うものでございます。」
(☆)霊石「亜摩陀無」に封印されし愚論義と諏訪高島を狙う黒い龍。
一見何の接点も無いようなこの二つの呪われし神話の言い伝えが
実は恐ろしい「あるもの」で繋がっていようなどと言う事実を、
この時のユキたちはまだ存じ得ません。
「何れも一大事ではあるが…さて……。」
ユキたちは苦悩します。「亜摩陀無」も高島城も守りたい、
しかしどちらか一方を先に採っても、その間に
もう一方が襲われてしまえば元も子も無し。
(☆)前門の虎に後門の狼、ユキたちの進退はここに窮まります。
と、そこへ・・・!!(☆)
ヒョウ、と言う風を切る音と共に、一通の矢文が飛んで参りました。
ユキは境内の大木に刺さった矢から文を取り出し、その文面に目を通します。
『諏訪神社の霊石の件は任せられたし。そなたは高島城の警護に当たるべし。』
・・・不思議なことにその文には、送り主の名がございませんでした。
しかし、その代わりに記された物は・・・!(☆)
「!・・・これは、谷一族の御紋!!」
然様。文に描かれし紋所は紛れも無く
「四枚羽斜め十字組(しまいばね・ななめじゅうじぐみ)」、
谷一族の御紋であります!!(☆・☆)
谷一族は血車党に決して引けも遅れも取らぬ実力者揃い!
その後方支援を一族が買って出ると言うのですからユキたちにとっては
まさに地獄に仏!!(☆)
心強い援軍を得て、ユキとお順は宮司に低調に事情を話し、
いざ諏訪高島城へと向かいます!!(☆・☆・☆)
しかしながらユキの心の中には一つ疑問も生じておりました。
「…化身忍者を相手に戦うには化身忍者の力しか無い筈、
忍びと言えど、生身の者をお遣わしになるなど有り得ないし…
まさか!?…イヤ、まさかな…。」
失敬。
×低調に → ○丁重に
(☆)一方、こちらは高島城の城下町。
沼部師兼・夜間の槍稽古の件から一夜明けて、ここ城下町では
佐伯重定がお触れを出しておりました。
(☆)「サァサァサァサァ皆の衆、あの高島城の天守閣に蔓延る笠雲を見よ!
あの笠雲は黒い龍がこの領内を襲うと言う不吉の前兆じゃ。
その禍々しき龍を退治し、この国を守り抜く、強き力・強き意志・
強き運命(さだめ)を持つ者は、その身分に捉われずご主君無二斎様が、
快く迎え入れて下さるぞぉ!!」
(☆)既に重定の周囲は黒山の人だかり!
町の者たちは先を争うように重定に質問責めでございます。
「お役人!一体どのようにして選ぶつもりじゃ!?」
「うむ、先ずは読み書きじゃ。」
「オイ何じゃ、読み書きが出来ぬと駄目か!?」
「当たり前じゃ。学の無い者にこの国を任せられるものか!お前は失格じゃ。」
別の町人が問い掛けます。
「え〜、次は?」
「乗馬じゃ。」
「馬!?馬なんか乗ったことないぞ!!」
「馬にも乗れんで龍を迎え撃つ大将が勤まるか!」
更に別の町人。
「あ〜、他には?」
「弓じゃ。」
「弓!?弓なんか見たことない・・・。」
「嘘をつけ!」
更にまた別の町人は…
「あとは何じゃ?」
「勿論!剣術じゃ。最後に武術試合を執り行う!!」
「何じゃ、随分と厳しいのぉ。」
「当たり前じゃ、たわけ者!…他に質問は無いか?」
そこへユキが通り掛かりました。ユキは人だかりの様相から
勇者捜しと見受け、早速重定に質問します。
「お役人、その龍征伐と言うのは、誰でも参加出来るのか?」
「ム…うむ、いかにも。無二斎様はその者の生まれや身分に捉われず、
強い運命(さだめ)を持った強者を求めておられる。誰なりと、参加は自由じゃ。」
更にユキは問います。
「お役人!」
「?何じゃ。」
「誰でも、と言うことは…女子でも参加出来るのか?」
「・・・・・・?」
先程の即答から一変、重定は返答に窮した模様です。
ユキは念を押し…
「強き力と意志と運命(さだめ)が備わっておれば、
女子でも参加出来るのか?お役人。」
「…聞いておらん。」
「無理か?」
「わからん。」
「やはり駄目か?」
「イヤ…他に質問は無いか?」
万一戦が起きた時、戦うのは男、と言うのが常識のこの時代、ユキの質問は
常識を覆す不可解な物に聞こえたのでしょう。重定は話をはぐらかす様に
町人たちに質問を求めます。
「剣術の試合の後は…?」
「無二斎様が直々に一番の勇者をお決めになり、
破格の禄高での配偶をお約束なされる。」
「お殿様が直々にのぉ。」
町人たちは嬉しそう。と、ここでまたユキが…
「お役人!
・・・女子の参加は有り得ぬか?」
まだ申すか…と言った風で重定は軽くあしらいます。
「…無い!他に質問は無いか?」
「剣術の試合は、真剣を使うのか?」
「イヤイヤ、木刀を以って執り行う。」
「ならちょっと安心だな。」
「そうじゃのぉ。」
「もう質問は無いか?」
「お役人!本当にワシらのような身分でも侍になれるのか?」
「うむ、お前がそう言う星のもとに生まれついておればのぉ。では、皆のしゅ…」
「お役人!」
珍しく、ユキは諦めきれぬようであります。
「誰でも、と申しておいて女子はならぬとは矛盾しておらぬか?」
大概に致せ…!重定の顔に苛立ちの色が浮かび始めました。
「もう、よいか…?」
「集合はいつ、どこに?」
「うむ、明日巳の刻、大手門の前じゃ。では、皆の…」
そこへ尚も粘るユキ…
「お役人!…」
「くどーい!!いい加減空気を読まぬかその方!!
大体先刻より聞いておれば、その方の質問は、戦の何たるかを
まるっきり心得ておらんではないか!!!」
「何を申されるお役人。私とて戦の何たるかは心得ており申す!
お役人こそ、泰平の世の中に生まれ育ったが故に、戦の何たるかを
ご存じないのではござらぬか?」
「・・・・・・!!ぶ、無礼な!!」
ユキの鋭い問い掛けに、重定はグサリと来たようですが、すぐ様被りを振ります。
(☆)そこへユキが事の核心を突きます!!
「戦国の世は、大名や家臣の奥方も城を枕に討ち死にする覚悟でお家を守り
他国の軍勢に挑んで参ったのですぞ!然るに!!お役人の申され様こそ、
戦国の女子たちの御霊を愚弄せし罵詈雑言!!国を思い、如いては世を思う心掛けに
男も女子もござりますまい!!!」
(☆)このユキの的を得た論議に、重定はぐうの音も出ません。
少し考えた後…
「相判った…その方の申し分、尤もじゃ。
ならばその方も、明日巳の刻、大手門の前で待たれよ。
無二斎様に、お伺いを立てるでの。」
「かたじけない、よしなにお頼み申す…。」
深々と頭を下げ、謝意を示すユキでありました…。