(☆)さて、ユキたちが諏訪神社に到着しましたその日の夜、
所変わりましてこちらは諏訪高島城。
その城中では、鎧具足と陣羽織に身を固めましたる一人の武者が
裂帛の気合いと共に長槍を振るっておりました。
尋常ならざるこの異様なる佇まいに気付き、一人の家臣がその武者に呼び掛けます。
(☆)「そこな御仁、待たれい!
斯様な夜更けに城中にてその物々しき出で立ち、一体何事なるか!?
それがし、高島家家臣!佐伯次郎兵衛重定(さえき・じろべえ・しげさだ)と申す!!
狼藉を働くとあらば、容赦は致さぬぞ!!」
(☆)佐伯重定なる家臣に呼び止められ振り向きましたる槍稽古の武者。
その風貌たるや、髷を結わぬ髪は赤茶けてその形は燃え盛る炎を思わせ、
浅黒い顔には眉毛が無く、口髭と顎鬚を生やし、片目には小サ刀の鍔の眼帯が。
その殺気漲る人相を、重定はよく存じ得ていたようでございます。
「・・・何じゃ、沼部殿ではござらぬか。いかがなされたのじゃその厳しき身なりは!?」
殺気めいた人相のこの男、重定と同じく高島家の家臣で、
名を沼部黒龍丸師兼(ぬまべ・こくりゅうまる・もろかね)と申します。
問われて師兼はこう答えます。
「これはご無礼。さりながら天下泰平と言えども油断は大敵。平時の折にも
それがし、日に一度はこのように具足を身に纏い、槍を使うておりまする。
いつ何どき戦が起きようとも、この身体が鎧の重みを忘れんがための鍛錬でござる。
「は…それは、見上げた心構えじゃ。」
「それに!言い伝えは所詮言い伝え。確かにこの諏訪高島には危機が迫りつつござる。
さりとて、いつ現れるかもわからぬ当家の危機を救う者とやらを待ち続けておっては、
いつまでたっても嵐は通り過ぎず…下手を致さば諏訪藩のみならず日本国そのものが
滅びてしまうは必定!!藩の危機は藩士自身の手で守らねば…!!」
(☆)師兼の申します「もう一つの諏訪藩にまつわる言い伝え」…
それはかつて、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の手によって退治されました
八岐大蛇(やまたのおろち)の八つの首のうちの一つが、誰にも知られぬとある沼の奥に逃げ延び、
そこで世にも恐ろしい巨大な龍となって数百年に一度、日本全国から一箇所、龍が定めた土地を襲う、
と言う物でございます。(☆)
そして今年、即ち寛永十三年・西暦1636年、その龍がここ信州諏訪藩に狙いを定めた、
と言うのでございます。
そしてその危機を救うべく神に匹敵する力を持つ者が現れる、とも伝説は語っております。
「沼部殿の申されることはご尤もじゃ。されど!毎晩然様な出で立ちで出回れては
藩の者たちが迷惑致しましょう。」
「これは重ね重ね、ご無礼仕った。」
「貴殿は当家に仕官してまだ日も浅い故、勝手がわからず不便を感じておられようが、
ここは高島家の城中じゃ。堪えて以後は、謹んで下され。」
「承知致した。」
「うむ、ならば結構!もう夜も更けてござる。ゆるりと休まれよ。」
己が不躾を詫びる師兼を諭し、去り行く重定。
その彼を見届ける師兼、何やら胸に一物、
含む所を隠し持っているようでございます。
(☆)「・・・フン…ここの家中の者共は、皆いつ的中するかもわからぬ
古よりの予言にビクついておるばかり。それ故「神に匹敵する勇者」に望みを託す、
と言えば聞こえはよいが、詰まる所!神仏に縋るが如く己の手を汚さず、
他力本願で物事を片付けようと言うことではないか!!・・・愚かなことよ。
それなのにここの家臣共はどいつもこいつも忠義面ばかり、
誰一人として意義を唱える者がおらん!!忠義に篤い家臣もここまで徹底すれば憐れなものよ。
この信州諏訪は豊かな土地…だが豊かであらばこそそれを手中に収めんとするのが人の心。
名君と音に聞こえた藩主殿も、いつまだ安泰でおられることか…。
この藩は間も無く「あのお方」の物になる!せいぜいご用心召されるがよろしかろう!!
努(ゆめ)!!…ご油断召されませぬように…ククク…ファッハハハハハハ・・・・・・!!!!!」
(☆)またも所は変わりまして、こちら今度は某藩の城跡、
悪名高き血車党の隠し砦にございます。
(☆)「おかしら様、此度はまた途方も無き企てを…。」
頭蓋骨が半分剥き出しの血車党上忍・骸丸も
流石に今回の企てには驚きを禁じ得ません。
何せ古来よりの魔物の力で日本を掌中に収めるのみならず
この世の歴史全てを捻じ曲げようと言うのですから、党の者共は皆
身も心も凍りつく思いでございます。
(☆)「うむ。小癪な嵐一人に構っておるだけでは、
我らの悲願がいつ叶うかわからぬでな。この上はこの世の全てを
残らず呑み込んでしまおうというわけよ。邪魔者を葬り、同時に世の中全てを
我が物とする。一石二鳥どころか、三鳥も四鳥も獲れるわ!!」
己が目論みの出来栄えに、西洋風の甲冑姿の頭領・血車魔神斎はご満悦でございます。
と、そこへ下忍の一人が魔神斎と骸丸に注進に及びます。
「おかしら様、骸丸様、やはり諏訪神社の結界は堅固にて、容易には破れませぬ。
しかしながら、「もう一方」の方は上々の首尾にて、事が成りますれば、
諏訪神社の方も難無く事が運ぶものと思われます。」
「ククク…そうか、ご苦労!
・・・嵐め、吠え面をかくがよい!!ヌァッハハハハハハハ・・・・・・!!!!!」
(☆)呵々大笑する魔神斎の声が憎々しげに響き渡ります!