嗚呼、このまま皆殺しに遭うのか…と思われたその時!!!
(☆・☆☆・☆)「待て待て待てぇい!!」
と、どこからともなく男の横行を妨げる声が!!
しかもその声は女、それも武士(もののふ)に引けを取らぬ
力の篭った声にございます!!(☆)
男が声のする方角を見遣るとそこにいたのは!!(☆・☆)
「お・・・お前は・・・・・・ユキ!?」
「久しいな、鼬(いたち)小僧…お国家老勝野様の逆鱗に触れて
藩を追われたのは知っていた。が、まさかまた盗っ人に身を落としていたとはな…
つくづく見下げ果てた大うつけよ!!」
(☆)然様。鼬小僧と呼ばれるこの盗っ人と、その彼を戒めに現われたユキとは実は旧知の間柄。
この鼬小僧と言う男、諸国を渡り歩いてその行く先々にて盗みを働いておりました。そして美浜藩に於いて
お国家老勝野洋忠の屋敷に忍び込み、勝野家先祖伝来の家宝の名刀「敵刺(てきさす)」を
盗み取ろうと狙っておりましたが、勝野家の中間(ちゅうげん)に見つかり、哀れ、お縄となったのでありました。
(☆)捕縛された鼬小僧は、程無く洋忠の前に引き出され、お裁きを待つのみとなりました。
観念したのか、鼬小僧は一切の抵抗も無く、ただ目の前の洋忠を見つめております。
(☆)ところが洋忠は寛大にも鼬小僧の罪を赦免し、その上自分の家来・中間として使うと言うのです。
(☆)洋忠いわく「この者は身も心も貧しく、手に職が付かなかったが故に性根が荒れ果て、斯様に盗っ人に
身を落としたのであろう。首を打つのは容易いが、見たところこの男には見所があるようじゃ。性根を入れ換え、
ワシのもとで働く気があると申すのであれば許してやってもよいが…どうじゃ?」。
(☆)この洋忠の慈悲に鼬小僧は一瞬唖然と致しましたが、元々やり場の無い不満を抱え続けた人生を送ってきた
彼にとって「職に有り付ける」と言うことは、正に願っても無い機会。二つ返事で承諾し、翌日からは勝野家の中間小物として
我武者羅に働いたのでありました。
(☆)鼬小僧が勝野家で働き始めてから十年後に、ユキが五木家に仕官して参りました。無論当時の彼女は、まだ生身にございました。
そのユキがお国家老の洋忠の屋敷に挨拶に赴いた際に初めて彼女は鼬小僧と対面し、彼が勝野家の小物として働くまでの経緯を
知ったのでありました。
(☆)その時何と鼬小僧はどう言うわけか彼女に一目惚れをしてしまい、このことがお互いにとっての身の不幸になろうなどとは、
この時誰が予想し得たでありましょうか。
(☆・☆)ある日のこと。鼬小僧は主人・洋忠の目を盗み、ユキを人気の無い所に呼び、
暫くの沈黙の後にこう切り出したのでありました。
(☆)「ユキ殿、ワシゃあんたを初めて見た時からその人柄に惚れておった。
どうかな?ワシと、婚姻を前提としたお付き合いをしてくれんかの?」
(☆)突然のこの鼬小僧の言葉には流石のユキも吃驚仰天!忽ちのうちに困惑致しましたが
彼女は冷静にこう答えました。
「鼬小僧殿のお気持ちは忝う存じます…しかしながら今の私はあなたのそのお心に
快く応えることは出来ませぬ。申し訳ござらぬが、ただ今のお話しはどうか聞かなかったことに…。」
現代で申しますところの、所謂「ごめんなさい」。
ユキ自身、今の鼬小僧は性根を入れ換え、真面目で、それでいて気さくな人柄であることは
重々承知致しておりました。だがどこか心に引っ掛かるところがある…そう思い、ユキは丁重に
鼬小僧のこの交際の申し込みを断ったのでありました。
(☆)ところが鼬小僧は何を勘違いしたのか、ユキには自分以外に男がいて、
それ故に自分が邪魔なのだと勝手に思い込むようになっておりました!(☆)それからと言うもの
鼬小僧はユキの後をコソコソつけ回り、彼女の一挙手一投足をつぶさに観察し始める始末!
現代で申しますところの所謂「ストーカー行為」に及んだのであります!(☆・☆・☆)
この四六時中監視するかの如く鼬小僧の執拗なる視線には流石のユキもノイローゼ気味に追い込まれ、
その怒りは遂に頂点に達したのであります!!(☆・☆☆・☆・☆)
ある夜のこと。自分をつけ回す鼬小僧を逆に待ち伏せたユキは、
鼬小僧を捕らえて詰問します。
(☆)「鼬小僧殿…いや、鼬小僧!!お主、何故私の後をついて回る!?
私に何か怨みでもあるのか!!?」
首筋に刀を突き付けられ、息を呑む鼬小僧。その額にはジットリと脂汗が…。
その上鬼のような形相で凄むものですから、鼬小僧はさながら蛇に睨まれた蛙の如し!
(☆)「さぁ、申せ!!まさかあの時、私に申し出を断られたからと、
それだけの理由で追いかけ続けていたなどと申すのではあるまいな!?
だとしたら…お主は男として女々しいぞ!女々しすぎるぞ…!!」
ドスの効いた口調で鼬小僧に詰め寄るユキ、
その目には、いつしか憐みの涙が浮かんでいたのでした…。
(☆)ところが当の鼬小僧はそんなユキの衷情など気付く由もなく、
何を血迷ったのかいきなり彼女に飛び掛かりふしだらな狼藉を働こうとしたのでありました!!
(☆)「な…何をする!止せ!…嫌…キャアアア!!!」
(☆☆☆・☆)闇夜の静寂を打ち破るユキの悲鳴を聞きつけ、たまたま鼬小僧の行方を追っていた
洋忠が何事なるかと駆け出しました!(☆)そして悲鳴の元を見出した洋忠の視界に飛び込んだものは…!!
(☆・☆・☆)「!!…その方、鼬小僧!!!貴様、斯様に女子に対して乱暴を働くとは…
ワシの顔に、いや、美浜五木家の名に泥を塗るつもりかぁ!!!」
ユキを押し倒し、彼女の身体を弄ぶ鼬小僧の所業は、洋忠にとっては主家に対する謀叛、
飼い犬に手を噛まれたも同様!(☆)忽ち洋忠は怒髪天を突き、その場で罰したのでありました。
ただ、無闇に他人の命を奪うのは本意に非ずと、百叩きの上追放、それも勝野家のみならず
五木家そのものよりも追放と言う処置にございましたが、これは今一度人生を見つめ直し、
心の修練を積んで、今度こそ真っ当な人間になってほしいと言う、洋忠のある種の期待で
あったのかもしれません。