「ここは……」
安倍はゆっくりと目を開いた。
目の前のライトに開いたばかりの目を細める。
どうやらベッドに寝かされているようだった。
ぼんやりとした頭に、先ほどの記憶が急速に蘇ってくる。
恐るべき力を持った敵。絶対的な力の差に完膚無きまでに叩きのめされた。
それがなぜここに……。
「気が付いたようだね」
声のする方を向いてみると、そこには一人の男が立っていた。
色の付いためがねをかけた初老の男。彼は医者のような白い服を着ていた。
「あなたは……。あぅ!」
ベッドに身を起こそうとして、その動きが途中で止まった。
両手が動かない。手首のところでベッドに拘束されている。
両足も同じだった。もがいてみるが、傷ついた体には鎖を引きちぎる力もなかった。
「は、離して! 一体、なっちをどうするつもり!?」
「まあ落ち着きなさい。失礼だが、君が眠っている間に調べさせて貰ったよ。
まさか、こんなところで改造人間に出会うとはね」
「あ、あなたは……。
わたしをどうするつもりなの?
なっちには……なっちにはやらなくちゃいけないことが!」
「そんな体で戦うつもりかね」
安倍は驚いて男の目を見た。
それは思っていたよりも落ち着いた色をしていた。
敵ではない。
その目を見てそう判断した安倍は、ゆっくりと口を開いた。
「もちろん戦います。
なっちはそのために改造人間になったんだから」
「だが改造人間にも限界はある。今戦っている敵には電気の力では勝てない」
「どうしてそのことを!」
あなたは……あなたは一体、何者なんですか!」
「正木洋一郎。科学者さ。元ゼティマのね」
「ゼティマの!」
「ああ、今はあそこを逃げ出し、ある研究をしている。
電気を超えた力、超電子の研究をね」
「超電子……」
「君のことは知っているよ。電気人間ストロンガー。
加護博士とつんく博士の作った最強の改造人間」
それを聞いて、安倍は驚きの声を上げた。
「なっちの体を改造したのは、あの二人だったんですか!?」
「そうだ。二人の博士は君の体を改造した。
おそらく、彼らの持つ技術全てを注ぎ込んでね。
君の力は最強だよ。間違い無く。
だから付けられたんだ。強さの象徴である『ストロンガー』という名を」
「でも、なっちはあいつらに負けた。
なっちの力は、あいつらに通用しなかった」
「それは、君の能力が全て引き出されていないからだ。
今の君は、F1のボディに軽自動車のエンジンを積んでいるようなものだ。
単なる電気エネルギーでは圧倒的に出力が足りないんだよ」
「そんな……それじゃどうすれば」
問いかける安倍に、正木は一つの装置を差し出した。
「それは?」
「これは『超電子ダイナモ』という。
さっき私の言った、超電子の力を使ったものだ。
電気のエネルギーを1とするなら、超電子の力はその100倍にもなる。
これがあれば、君の力は100%発揮されるだろう」
「そんなものが!
博士、これを一人で研究してたんですか? すごい」
「いや、実はこれは私が作りだしたものではないんだ」
「え?」
「これもまた、君を改造したのと同じ人物、
つまり加護博士とつんく博士が作ったものなんだよ」
「あの二人が……」
正木は手に持った「超電子ダイナモ」を睨んだ。
「この中には、ある特殊な石が入っている。
無限の力を秘めた、不思議な石だ。
二人の博士は、石から力を引き出す研究を行っていた。
私はただ、その研究を電気エネルギーに変換する装置を作っただけに過ぎない」
「石……ですか」
「考えてみれば、君がここにこうしているのも彼らのおかげなのかもしれないな」
「なっちが? どういうことですか?」
疑問を口にする安倍を正木は見下ろす。
「二人の博士は君の体を最強の改造人間へと造り上げた。
君は恐るべき戦闘兵器になるはずだったんだ。
しかし、脳手術が始まる寸前に、君は組織を脱出することが出来た」
「ええ、暴走した人造人間がいて、その隙に脱出できたんです」
「その人造人間、ハカイダーを暴走させたのは、博士達なんだよ」
「ええ! そうなんですか!?
それじゃ、なっちが脱走できたのは……」
「二人は混乱にまぎれて組織を抜け出した。
しかし結局、つんく博士はその後また捕まり、そのハカイダーの中に脳を埋め込まれた。
皮肉な話だ」
「そうですか……」
安倍はふと物思いに沈んだ。二人の博士の意図を考える。
博士達は、自分の体を改造した。それも最強の改造人間として。
そして、脳改造が始まる寸前に人造人間を暴走させた。
安倍が脱出できる最高のタイミングで。
果たしてこれは偶然なんだろうか。
それとも、何か思惑があってのことなんだろうか。
だとしたら……。
「どうかしたのかね」
「あ、いえ……。
そうだ! そんなことより、その超電子ダイナモを早く取り付けてください。
早くアイツラを倒さないと、今度はみんなが!」
安倍がそういうと、正木はすっと目を細めた。
穏やかだった顔が、急に表情を無くす。
今までと空気が変わるのを感じた安倍は、ぶるっと体を震わせた。
「超電子ダイナモの力は素晴らしい。
だが、私には結局、これを完全に制御することは出来なかった」
「え? それはどういう……」
安倍の言葉が聞こえないのか、正木はうわごとのように呟く。
「彼らがいなくなった後、私は研究を続けた。2年間ずっと。だが……。
あの二人はやはり天才だった。私のような凡人では、とうてい及ぶことは出来ない。
この石の力は恐ろしい。原子力など比べものにならないほど危険だ。
私には……私にはこれを扱うことは出来ない」
一点を見つめたまま正木は話を続ける。
「私に出来たのは、こんな不完全な装置を組み上げることだけだった。
できそこないのフリークス。こんなものしか……」
「博士……」
「だが最強の改造人間、そのパワーを満たすことが出来るのはこの装置しかない。
そうだ、これしかないんだ。私が作ったこの装置が、究極の力を引き出すのだ!」
正木は安倍を睨んだ。
その目に映る狂気の色。科学という狂気にとりつかれた男の目。
「この装置が超電子エネルギーを制御できるのは一分だけだ。
一秒でもオーバーしてしまえば、君の体は自爆することになるだろう」
「じ、自爆!」
「そうだ。しかもこの装置を組み込むことは、君の体そのものを作り替えるのに等しい。
その成功の確率は10分の1しかない。さあ、どうする」
先ほどとはうってかわった男を、安倍は見つめ返した。
その顔に迷いはいっさい無い。
「それでもかまいません。わたしはその10分の1に賭けます」
「手術は死以上の苦痛を伴う。それでもやるかね」
「なっちの力を引き出すなら、アイツラを倒すためなら、
どんな苦痛にだって耐えてみせます!」
「よろしい。ではすぐに取りかかろう」
そう言うと、科学者は狂気をはらんだ目でにやりと笑った。
◇
「終わったよ」
白衣を脱ぎながら正木が言った。
「手術は成功だ。良く耐えたな」
体をバラバラにされ、別のものに作り変えられる痛み。
あまりの激痛に気を失うことすらできない。
まさに死をも超える苦しさに、安倍は見事に打ち勝ってみせた。
「なっちは……なっちの体は……」
「君の体の中には『超電子ダイナモ』が埋め込まれている。
チャージアップすることで君の力は100%発揮されるだろう。
ただし、先ほども言った通りそのタイムリミットは一分だ。
それを超えれば君の命はない」
「分かりました。ありがとう」
全てが終わったせいか、先ほどの狂気は既に男の中から消えていた。
よろよろと安倍は体を起こす。
そのままベッドを降り、ふらつく足でドアへと向かった。
「もう行くのか」
「急がなくちゃ。
早くアイツラを倒さないと、圭織が、みんなが」
安倍のまっすぐな瞳を見て、正木は顔を歪ませた。
「すまなかった」
吐き出すように漏らした言葉に、安倍は後ろを振り返った。
「自分の研究のために君を利用してしまった。
あんな危険な装置を、君を戦闘マシーンにするための装置を……。
私は証明したかったんだ。自分の科学者としての力を。
天才に及ばずとも、凡人にも出来ることはあるのだと」
「博士は……博士はわたしに力をくれました。
大切な人を守る力を。
だから、だからありがとう。
わたしは博士に感謝します」
目を細めて安倍は笑った。
太陽に向かうヒマワリのような晴れやかな笑顔。
正木は言葉を出すこともできず、その笑顔をただ見つめた。
やがて、安倍はちょこんと頭を下げると、ドアを開け走っていった。
大切な人、守るべき人が待つ場所へと。
その後ろ姿を、正木はずっと見送っていた。
小さな背中が見えなくなっても、ずっと。
「正木博士か」
急に後ろから名前を呼ばれ、正木は驚いて振り返った。
「お前は!」
赤い衛兵服に眼帯をつけた不気味なドクロ頭。
そこに立っていたのは、デルザー軍団ドクロ少佐その人であった。
「やはりそうか。ライダーを探していて、組織を脱走した裏切り者と出会うとはな。
貴様、ここで何をしていた」
そう言うと、ドクロ少佐は手にした大鎌を正木の首筋に当てた。
「どうした! 答えろ!」
「ふ、もう遅い」
「何!?」
冷たい感触を感じながらも、正木はおびえた様子もなく改造魔人を睨み返す。
「私の研究は終わった。
私の魂は、強く正しい心をもった若者の中で行き続けるだろう」
「何? 何のことを言っている!」
「答えるつもりはない。
私は私に出来ることを全てやり尽くした。もう思い残すことは何もない」
「そうか。……では死ね」
燃え上がる炎が正木の全身を包み込んだ。
全身を焼かれながらも、正木は満ち足りた気持ちでいた。
全ては既に託されていた。未来のある若者へと。
だから彼の死に顔は、とても穏やかなものであった。