ぎぃぃ、と音を立てて重たい扉が開いた。
薄暗い部屋の中にゼネラル・シャドウはゆっくりと歩を進める。
ねっとりと粘り気さえ感じる生臭い空気。
部屋の奥には複数の影が蠢いていた。醜悪な気を発するこの世ならぬもの達。
影はうねうねと絡み合い、はたして何人の魔物が存在しているのか、それさえも定かではない。
びりびりと肌を刺激する殺気。
じっとしているだけで息が詰まる。精気を根こそぎ吸い取られるような感覚。
同じ故郷を持つものとはいえ、決して歓迎されているとは思えなかった。
「何用だ、ゼネラル・シャドウ」
「お前がここに来るとは珍しいではないか」
「くく、どうせろくな用件ではないのだろう」
「また我々の力を借りようというのか」
「無論、我々に釣り合うだけの相手なのだろうな」
「詰まらぬ相手ならば、ただではおかんぞ」
地の底から響いてくるような声が部屋の中を木霊する。
「お前たちも知っているだろう。仮面ライダーと呼ばれるもの達を。
奴らを倒してほしいのだ」
「カメンライダーだと。あの小娘どもか」
「詰まらん。たいした相手ではないな」
「しかし、ドクター・ケイトを倒したのだろう?」
「ふん、大方小さな手柄に目を奪われて油断したのだろうさ」
「キキキ、まあいい。最近体が鈍っていたところだ」
「ああ、良い暇つぶしにはなるだろうよ」
「小娘どもの首、お前の前に並べてくれるわ」
ひひひ、くくく、とどこからともなく哄笑が暗闇で響いた。
「ふふふ、では頼んだぞ、デルザーの改造魔人たちよ」
ゼネラル・シャドウは闇の塊に向かってそう告げると、そのおぞましい顔を笑みに変えた。
静かな波が立つ、海が見渡せる高台。
そこに立てられた一本の墓標。
何故かその周りには一本の草も生えていない。
墓前で手を合わせる安倍の後ろ姿を、飯田は黙って見つめていた。
「安倍さんは毎日ここに来て、ああやって花の種を植えてんです」
「種を?」
「はい、あさみさん、花好きやったからって」
高橋の言葉に、飯田はゆっくりと一つ頷いた。
しゃがみ込んだ安倍の小さな背中見ながら、不思議な感慨を抱く。
そう、二人は正反対でありながらよく似てもいた。
片や普通の女子高生、片や宇宙飛行士、日本とアメリカ、進んだ道が違っていながら、
ここでこうして同じ敵と戦っている。
それも、ともに冷酷非情な敵の所為で大切な親友を失い、その敵を討つために。
人ならざる力をその手にして。
何の因果か、不思議な運命の輪を飯田は感じずにはいられなかった。
「さ、もういいよ」
作業が終わったのか、安倍は手をぱんぱんと叩きながら立ち上がった。
その顔に浮かぶ晴れやかな笑顔を、飯田はじっと見つめた。
そう、いつもふざけているように見えて、安倍もまた悪を憎む正義の心を持っている。
自分と同じように。
「なっち……」
「ん? なした?」
「……ううん、何でもない」
「なぁにぃ、ヘンな顔しちゃって。
おなかでも痛いのかい?」
「違うよ、あたしは──」
「くっくっく、お前達がカメンライダーか」
「何者!」
じゃれ合う二人にどこからか不気味な声がかかった。
声のした方を振り返る。
ひっそりと立った墓標の横に、いつの間に現われたのか二つの不気味な姿があった。
「あなた達……ゼティマね!」
「その通り。俺はデルザー軍団改造魔人、ドクロ少佐」
「同じく、岩石男爵とは俺のことよね」
その名の通り、赤い衛兵服を着たドクロと、岩の塊を重ねて作ったような怪人。
よほどの自信を持っているのか、6人のライダーを前に悠然と立っている。
「このぉ、そっちから現われるなんていい度胸じゃんか!」
「あたし達が相手になってやるでの」
「待って!」
前に出ようとする小川と高橋を、飯田は手で制した。
青ざめたその顔に浮かぶ表情は、恐ろしく硬いものだった。
「なっち、こいつらタダモンじゃない」
「うん、じっとしてるだけで体がびりびりしてくる。
半端じゃなく強いよ」
人生経験の差か、若いメンバーとは違い二人は的確に敵の能力を見抜いていた。
うかつに飛び込めばやられてしまう。
そう判断した安倍は、油断無く相手の様子を伺いながら、一つの決断を下していた。
「圭織、その子達を連れて先に行って」
「え! 何言ってんのなっち。一人でどうするつもりなのよ」
「大丈夫、ちょっとだけ足止めするだけだから。
こいつらと、まともにぶつかったらヤバい。
いったん引いて対策を立てよう」
「でも……」
「大丈夫……なっちは大丈夫だから。
まだやり残したことがある。こんなところで死んだりしない。
だから、その子達を頼むよ。お願いだから」
肩越しに後ろを向いた安倍と目が合う。
びっくりするほど澄み切った瞳の色に、飯田は何も言い返せなくなってしまった。
「なっち……」
「どうした。何をごちゃごちゃ言っている。
さあ、覚悟は出来たのか? どいつが最初だ」
「圭織!」
「……っく!
みんな、ここはなっちに任せていったん引くよ」
「え! な、なんでですかぁ」
「安倍さん一人残していくなんて出来んて!」
「いいから!」
「だめですよ、安倍さん一人じゃ……」
「そおですよ、いくらなんでも──」
「いいから行け! 早く!」
「い、飯田さん」
飯田の剣幕に、4人は唇を噛み締めながらも後ろへと走っていった。
その足音がどんどん遠くなり、ついには聞こえなくなるまで、安倍は目の前の敵から
ずっと目を離さずにいた。
その様子を見て、ドクロ少佐は不気味に笑う。
「ケヒヒヒヒヒ、健気なものだな。
自分を犠牲にして仲間を逃がしたのか。
だが、それも無駄な努力だ。
ほんの少しこの世にいる時間が延びただけのこと。
お前を殺した後で、アイツラにもすぐにお前の後を追わせてやるんだからな」
「例えあなた達がどれだけ強くても、そう簡単にやられるつもりはない。
電気人間ストロンガーの強さ、見せてあげるわ」
拳を握る安倍から、ドクロ少佐はゆっくりと横に目線をずらした。
「この墓」
安倍の肩がぴくりと震える。
「この周りだけ草木も育たぬ。全てが朽ち果ててしまっている。
墓の下に強力な毒素が残っているのだな。
ここに眠るものはその毒で死んだ。
くくく、こんな毒を作れるものはそうはおらん。
これはドクターケイトの……」
「その墓にさわるな!」
一声叫んで安倍は走り出した。
「変身!」
両腕のコイルアームが火花を散らす。
小柄な少女は、カブトムシに似たフォルムを持つ改造人間、
仮面ライダーストロンガーへと変化した。
大切な人が眠る墓へと走るその前に、岩石男爵がずいと割ってはいる。
「邪魔よ! 電! パンチ!」
走ってくる勢いを乗せて、パンチをぶち当てる。
ばしゅっと音を立てて一万ボルトの高圧電流が走った。
しかし、見かけ同様に強固な体には、ダメージが通ったようにはみえない。
「へへへ、そんなもん効きゃーせんよね」
「それなら!」
「ぬお!」
掴みかかってきた腕をかわし、膝、腕、肩と岩石男爵の体をとんとんと駆け上がる。
そのまま頭を踏み台にして、ストロンガーは空中に舞い上がった。
防御力が高く、時間のかかりそうな相手を後回しにして、まずはドクロ少佐に狙いを定める。
「ストロンガー! 電! キック!」
前方に宙返りをしたストロンガーの体が赤く光る。
キックとともに、10万ワットのエネルギーがドクロ少佐に注ぎ込まれた。
確かな手応えを感じ、着地したストロンガーは後ろを振り返る。
「どうだ!
……きゃあああ!」
炎に包まれるストロンガー。
目の前には、先ほど必殺技をクリーンヒットさせたはずの敵が、傷ついた様子もなく立っていた。
「なんだ、カメンライダーとはこの程度のものか」
馬鹿にしたような口調でドクロ少佐が呟く。
高温の炎を浴び、全身から煙を立ち上らせながらも、ストロンガーはよろよろと立ち上がった。
「まだ……このくらいじゃ……」
「無駄だ。お前の力では我々には勝てない。
ええい、ゼネラル・シャドウめ。期待をさせおって。
この程度の相手なら、我ら二人が出てくる必要などないではないか」
「ドクロ少佐よぉ、はぇぇとこ済ませちまおうぜ」
「そうだな。他の奴らの追わねばならんしな」
「そんなこと……させない。
あたしは……あたしはまだ負けるわけにはいかないんだ。
あたしにはまだ、やらなきゃいけないことが残ってる。
明日香の敵も、あさみの敵も取ってない。
こんなところで……こんなところでやられるわけにはいかない!」
気合いをいれ、握り締めた拳を勢いよく突き出す。
しかしそのパンチは、敵に届く前にあっさりと受け止められてしまっていた。
「無駄だといったはずだ」
拳を掴んだまま、ドクロ少佐は静かに言い放った。
ゆらゆらと陽炎のような炎が集まってくる。
「死ね」
──ドオオオン。
大音響が聞こえた。
飯田達は思わずバイクを止め振り返る。
先ほどまで自分たちのいた場所から、もくもくと黒い煙が立ち上っていた。
「安倍さぁん!」
大きな声で小川が叫ぶ。
言いようもない不安を感じ、飯田は脱いだヘルメットをぎゅっと抱きしめた。
「飯田さん! 今の爆発、もしかして安倍さんが!」
新垣の声も、今の飯田の耳には入らない。
正反対のようでよく似ている二人。
遠いようで近い戦友。
最後に見たあの澄んだ目が、飯田のまぶたに蘇ってくる。
「なっち……」
飯田はその場から動くことも出来ず、ただただその大きな目をさらに見開いて、
禍々しい黒い煙をずっと見つめていた。