数日後の朝
「じゃあ、今日はこのぐらいにしよっか。」
「そうだね」
早朝の公園。矢口と飯田の二人はそう言って歩き出した。
トレーニングを始めて一ヶ月、残ったのはやっぱりこの二人だけである・・・
「・・・ケイちゃん、今日は来なかったね。」
「やっぱり三日坊主だったね・・・・まったく根性ないんだから!」
そう話しながら二人は公園の外周を並んで歩いていた。
朝の冷たい空気が気持いい。
「ん?・・」
突然飯田が立ち止まり、遠くを眺めだした。
「・・・カオリ、どうしたの?また交信中?」
「違うよ!あれ見て・・」
飯田が指差す方向を見ると、数人の少女が空手の稽古をしていた。
数人の小学生の真ん中であの雅が皆を指導をしている。
「あの子でしょ?矢口がこの前助けた子って。」
「うん。でもなんか人数増えてるね・・・」
「・・・あっ!!」
雅は二人の視線に気付き、指導を中断してこちらに向かって走ってきた。
「おはようございます!この前は失礼しました!」
雅は元気良く二人に話しかけた。
「・・・おはよう。朝から元気いいね。」
「今日は一人じゃないんだね。あの子達は空手道場の後輩の子?」
「いいえ、学校の同じクラスの子です。」
「同じクラスって・・・・もしかしてあなた小学生!?」
「え?そうですけど。」
「えええええええ?」
飯田と矢口は目を丸くして驚いた。
「(辻や加護より大人っぽいじゃん・・・)」
「(ていうか、バイク運転したらダメじゃん・・・)」
「どうしたんですか?」
二人のあまりのうろたえぶりを見て雅が心配そうに聞いた。
「あ、ごめん。そうは見えなかったもんで・・・」
「で、クラスの子に空手を教えてあげてるの?」
ようやく落ち着いた飯田と矢口は雅に聞いた。
「はい。最近『探偵団ごっこ』を始めまして、護身術の練習をしてるんです。」
「探偵団ごっこ?」
「周りで変な事件とか、奇妙な人とか動物がいたら調べるんです。お二人も何かあったら教えて下さいね。」
もちろん雅を含め、みんなは「ごっこ」だとは思っていない。
仲間うちでは探偵団は「少年仮面ライダー隊」と呼ばれている。
少なくとも彼女たち本人は真剣だ。
彼女たちは雅の呼びかけに応じ、ライダーに協力しようと集まった。
雅の知り合いの中でも特に口の堅い、信用できる子だけが選ばれた。
表向き「ごっこ」と言っているのは「なるべく内緒にしてほしい」というアマゾンの約束を守ってのことだろう。
矢口も飯田もすぐにそのことを察した。
「・・・それで、調べてどうするの?警察にでも通報するの?」
飯田はちょっと意地悪な質問をしてみた。
「え、えっと・・ある人に伝えるんです。」
「ある人って?私立探偵とか?それとも『正義の味方』とか?」
「もしかしてこの前話してた『仮面ライダー』のこと?」
「やだ!そんなのいるわけないじゃない。」
矢口も飯田といっしょになってからかって笑って見せた。
「・・・・・」
雅は少し悔しそうな顔して何も言わず黙っていた。
「・・・そんなこと言わずにつき合って下さいよぉ。」
しかしすぐに顔を上げ、笑ってそう言った。
それを見て飯田と矢口は感心した。
ひょっとしてカッとなってこの前のことを話してしまうのでは・・と疑っていたのだ。
この子なら信用してもよさそうだ。
「あ、うん。わかったわかった。」
「そうだね。何かあったら伝えるよ。」
「お願いします。」
「じゃあね。」
矢口はそう言って帰ろうとした時、ふとあることに気付いた。
「・・・えっとさ。ちょっと気になったんだけど・・・その『ある人に』どうやって情報を伝えるつもりなの?」
「それは・・・・・」
雅はじっと矢口を顔を見た。
それを見て矢口はドキッとした。
「(・・・まさか、おいらの正体に気付いてるんじゃ・・・)」
「あぁ!忘れてた!・・・どうしよう!・・・・あぁ!・・・」
雅は突然頭を抱えて座り込み、激しく動揺し始めた。
「・・・みんなになんて言えば・・・あぁ!・・・あああ・・・」
どうやら考えてなかったらしい・・・
「・・・えっと。じゃあね」
矢口はそそくさと帰り始めた。
慌てて飯田が追いかける。
「ちょっと矢口!あの子に連絡先を伝えなかったの?」
「うっかりして・・・それに住所とか教えるわけにも・・・」
二人は少し離れてヒソヒソと話し始めた。
振り返ると、雅は座り込んだまま気の毒なくらい落ち込んでいる。
「なんとかしないとね・・・」
「あれ?・・」
飯田と矢口は雅の後方から走ってくる人影に気付いた。
「・・・ケイちゃん?」
ケイは雅のすぐ横を走り抜け、二人に駆け寄った。
「ごめん。寝坊しちゃって・・・」
「遅いよぉ。」
「また三日坊主かと思っちゃった。」
「今度はちゃんとやるよ。・・・そんなことより二人でコソコソ話して、何かあったの?」
「いや、あの子が・・・・」
矢口は雅の方を指差した。
「あれ?・・・あの子はこの間の・・・」
ケイがそう言いながら雅の方を見るとちょうど雅も顔を上げ、二人の目が合った。
「・・・ひいっ!」
雅はケイの顔を見るなり飛び上がるように立ち上がった。
「やっぱりあの二人も暴走族だったんだ!」
そう叫ぶと一目散に逃げ出した。
「・・雅ちゃーん!」
「どうしたの?・・・」
少年仮面ライダー隊の女の子たちも雅を追いかけて走って行った。
「あらら逃げちゃった・・・・あの子がどうしたの?」
「いや、実はね・・・・」
矢口はケイに事情を話し始めた。