寄せ来る敵を次々となぎ倒すズバット。みるみるうちに鬼勘一家のヤクザ者たちは
境内の玉砂利の上に倒れていった。そして銃を構えた相手には電光石火の鞭裁きで
稲妻のような一撃を加え、苦悶の表情とともに敵はよろよろと崩れ落ちていく。瞬く間
に鬼勘一家の愚連隊は総崩れ。親分を置いて逃げ去る者も現れる始末だ。玉砂利を
蹴立てて這々の体で逃げ出す子分達の姿に、狼狽える鬼勘。そうこうしている間にも、
ズバットは無言のまま鬼勘にゆっくりと歩み寄っていく。
「お・・・おいてめぇら、どこ行きやがるんでぇ!!」
うわずった声で逃げる子分達を呼び止めようにも、ここまで圧倒的な強さを見せつけ
られては逆らう方が愚かというもの。とうとう境内に残ったのはズバットと、それに
相対する鬼勘とワルツ・リーの三人だけだ。
「フッ・・・自慢の若い衆はもういないみたいだけど?」
「ちきしょう・・・ワルツ・リー、殺っちまえ!!」
頼るべきはもはやこの男を置いてほかにない。鬼勘は自ら歩みでたリーの陰に隠れ、
ズバットを抹殺するよう命じた。ゆっくりと手刀を切って身構えるワルツ・リーに
対して、ズバットもまた同じく身構える。ゆっくりと間合いを詰めながら、すり足
でリーに近づいていくズバット。これに対して、身体を半身に構えたワルツ・リー
もまた間合いを計りつつズバットににじり寄る。
「キエエエエエーッ!!」
裂帛の気合いとともに、ワルツ・リーの右の抜き手が空を切り裂く。ズバットは
これをすんでの所でかわしたが、さらにリーは猛獣の爪のような左の拳撃を胸元に
叩き込む。その攻撃に一瞬姿勢を崩したズバットに対して、リーはここぞとばかりに
パンチの連打を見舞う。常人ならば立っていることはまず不可能な、この打撃に
対してズバットはこれを真っ向から受けて持ちこたえる。ズバットスーツの強靱さが
可能にしたこの芸当に、リーはさらにムキになって突きを繰り出すが、その一撃を
片手で受け止めたズバット、そのまま身を翻してワルツ・リーの背中側へと回り込み
脇腹にボディブローを叩き込んだ。
「グウェッ・・・!!」
脇腹を襲う激痛に、思わず呼吸も止まる。目をひん剥き、ゆがんだ口はまさに
はらわたも飛び出さんばかりの有様だ。鈍い音ともにグローブ越しに骨の砕ける
感触が伝わったその直後、動きの止まったワルツ・リーに対してズバットは鋭い
連続蹴りを繰り出す。打点の高い、高速の蹴りが三連続でリーの顔面に炸裂する。
いわゆる「李三脚」とよばれる、あの映画スターが見せた電光石火の連続蹴りだ。
三発目の蹴りが炸裂したところで、ワルツ・リーは姿勢を崩したままよろよろと
後退した。これだけの攻撃に立っていられただけでもたいしたものだが、ズバットは
追撃の手をゆるめない。そして神社の石灯篭を背にして息も絶え絶えのリーに対して
とどめの一撃。一瞬の踏み込みから強烈なサイドキックを放つと、ワルツ・リーは
がらがらと音を立てて崩れ落ちる石灯篭もろともぶっ倒れ、完全にノックアウト
されてしまった。
ワルツ・リーとの戦いを終えたズバット。そのヘルメットにあるZの文字を
かたどった飾りは、実は戦いの制限時間を知らせるタイマーとしての機能が
備わっている。
(残りわずかか・・・)
ズバットスーツを装着し、紗耶香が戦うことができるのは5分間だけなのである。
この制限時間を過ぎるとズバットスーツは機能の限界を超えて爆発してしまう。
さりとてこの機能を解除してしまえば、今度はズバットスーツは単に鉛のように
重いだけの服になってしまうのである。限られた時間の中で、紗耶香はこのスーツ
から超人的な力を引き出して戦わなければならないのだ。
頼みのワルツ・リーも叩きのめされた今、鬼勘はズバットに背を向けてそそくさと
逃げだそうとする。しかし、もちろんズバットが彼を逃がすはずはない。鋭い鞭が
まるで意志を持つかのように空を切り裂き鬼勘の首に巻き付くと、渾身の力を込め
ズバットは鞭を引き絞る。その勢いで鬼勘は宙に投げ出され、そこからようやく
立ち上がって刀に手をかけると、今度は手首を鞭打たれ痛みに顔をゆがめる。ズバット
は続けざまに鞭を入れると、鬼勘の着物の前がはだけてしまう有様だ。
「ひっ・・・たっ、助けてくれぇ!」
顔面蒼白、必死の表情でズバットから逃れようとする鬼勘だったが、またもズバットの
鞭が彼の首根っこをとらえた。強烈な力で締め上げられ、絶息寸前の鬼勘をさらに自分の
手元に引き寄せるべくズバットは鞭を引き絞る。
「ぐっ・・・ぐええええっ」
鬼勘のうめき声と鞭を引き絞る音が静かな境内に響く。ぎりぎりと締め上げられていく
鞭の音を聞きながら、もがき苦しむ鬼勘に対してズバットは問いつめる。
「福田明日香という少女を殺したのはお前か!」
「しっ・・・知らん!」
「嘘をつけっ!!」
病院で明日香の命を奪った一団と鬼勘自身の関わりを聞き出そうと、鞭を引き絞る
手に更なる力を込めるズバット。しかし、鬼勘は自らの関与を否定する。その度に
ズバットは鞭を引き絞っては振り上げ、鬼勘を宙に舞わせては叩き付ける。
「そんなガキ、殺しちゃいねぇよォォォ・・・・!!」
「まだシラを切る気かっ!」
やがてズバットの責めに失神寸前の鬼勘は、最後の最後になって耳を疑うような
言葉を発した。
「ヒイッ!そっ、そういや・・・同じ名の娘をゼティマの連中も探してた。蜘蛛
みてぇな成りのおかしな奴が来て写真を置いてった・・・俺が知ってんなぁ・・・
それぐれぇだぁ・・・!」
鬼勘の言葉に、ズバット〜紗耶香は住宅地でのあの女性の言葉を思い出した。
もしかしたら、明日香は生きているのか。これ以上のことを鬼勘は知らないと判断
したズバットは、鞭を振り上げて振り上げてまたも鬼勘を宙に舞わせると、相手が
起きあがるのを待たず自らも華麗に宙に舞う。そして空中で何度もドリルのような
高速回転を繰り返してから、地上の鬼勘に対して両足蹴りを食らわす。これが必殺
の「ズバットアタック」だ。
「ズバット、アッタァァァァーック!!」
胸板を力一杯蹴り抜く一撃に、大極道鬼の勘三はあえなく大の字にぶっ倒れた。
戦いの終わりを確信したズバットは、ヘルメットのゴーグルとマスクを開く。
「明日香。あんたがもしこの世界のどこかにいるのなら・・・あたしは必ず
探し出してみせる。それまで、あたしの旅は終わらない・・・!」
ここに鬼の勘三一家はズバットの活躍によって壊滅した。ほどなくして鳴り響く
サイレンとともに、鬼勘一家の魔手から逃れた少年を乗せたパトカーが神社に
やって来た。パトカーを降りた刑事達が見たのは、徹底的に叩きのめされて身動き
一つとれない鬼勘一家の面々。そして、大の字になったままの鬼の勘三の姿だった。
その着物の帯には、真っ赤な一輪のバラとともに一枚のカードが挟まれていた。
白地を稲妻のように赤く切り裂く「Z」の文字をあしらったそのカードには、
『この者、極悪殺人犯人!』
と、書き付けられていた。
紗耶香の姿を求めて、町内を走り回った少年が河川敷にやって来たとき、一艘の
渡し船が一人の少女を乗せて川面をゆっくりと進んでいた。舳先に近い辺りにギター
を抱えて腰掛けた少女は見覚えのあるテンガロンハットをかぶり、どこか寂しげな
調べを奏でていた。
「おねーちゃーん!!」
河川敷を船の後を追って少年は走る。しかし、少女は少年の声に答える風でもなく
ただただギターをかき鳴らしていた。その音色は、少年と少女の惜別の調べであり、
父親を失った少年に雄々しく生きよと語りかけているかのようであった。少年は、
渡し船が見えなくなるまで、手を振って見送っていた。
友の復讐を心に誓い、修羅の道を生きてきた一人の少女。しかし、運命はそんな
彼女に予想だにしない展開を見せようとしていた。明日香を殺した犯人を捕まえる
まで、戦いを終えるつもりはない。だが、もしも明日香が生きているならば今すぐ
にでも探し出したい。己の技にすべてを任せ、恨みの道を行く娘の行く手に待つ
ものは果たして生か、それとも死か。定めの川の流れが導く先は、誰も知らない。
第48話 「友よ!魔道に咲いた修羅の花」 終