「父ちゃん!!」
少年の悲鳴が部屋中に響く。部屋にいたのは二人だけ。誰が見ても、誰に何と
言おうと、この状況は紗耶香にとって最悪の展開だった。涙のにじむ少年の目が、
怒りと恨みの色とともに紗耶香の顔を見据えている。
「お前が・・・お前が父ちゃんを・・・」
「違うの!あたしが来たときにはもうお父さんは・・・」
少年の誤解を解こうにも、状況は明らかに紗耶香に不利だった。と、そこに
だめ押しとばかりに姿を見せたのが鬼勘一家の面々だった。鬼勘を筆頭に
ワルツ・リー、そして数名の若い衆が彼に付き従いわざわざ少年の家にやって来た
のである。
「客人・・・あんた、さすがにこれはやりすぎじゃあねェのかい?」
鬼勘の何とも憎たらしい笑み。この瞬間紗耶香は自分が鬼勘の罠にはまったことに
気づいた。
「鬼勘、お前・・・」
「おっとぉ、妙な勘ぐりは止めてもらおうか。俺は銭は取っても、命まで取る
つもりはねェ・・・このままおまわりにでも付き出してやらぁ」
鬼勘はそう言って顎で指図すると、若い衆が紗耶香の両側に立ち、おのおので彼女
の両腕をつかむ。紗耶香なら難なく振り払うこともできたが、その振る舞いは
ますます自らの立場を悪化させるだけだろう。この場はおとなしく連中にされる
まま、両腕を縛られた状態で連れられていった。
「さてと、あの若ぇのがいなくなったところで、だ・・・」
鬼勘は未だ泣きじゃくる少年の方を見やると、そのすぐ後に今度はワルツ・リー
と視線を交わす。そしてのど元に親指を突き立て、一気に掻き切る仕草を見せた。
鬼勘は今度は少年を殺すようにリーに命じたのだ。少年もまた紗耶香と同じように
鬼勘一家の若い衆に引き立てられ、家の裏手にある神社の境内へと連れられていく。
「ボウズ、冥土の土産って言葉を知ってるか?今に見てな、おめぇの親父だけ
じゃねぇ。俺たちゃこのあたりに住んでる奴を徹底的に追い込んで、辺り一帯にゃ
人っ子一人いなくなるんだ」
鬼勘はそう言って、少年の顎のあたりをつかむ。恐怖におびえて言葉を発する
こともできないまま、少年は父親を殺害した真犯人の顔を見つめている。
「ゼティマの大親分さんがこの鬼勘に言ったのさぁね。この街の深けぇところに
何でも秘密基地を作るってぇ話だってよ。それで俺たちゃここいらの連中を
追いはらうついでに、暴利の金を貸してケツの毛までむしり取るって寸法よ」
鬼勘一家はゼティマの秘密前線基地建設の手先として地上げを行う傍ら、さらに
住民をいかさま博打に誘い込んで暴利の金を貸し付けていたのだ。まさに鬼畜生の
所行である。そして今まさに、鬼勘はおもむろに来ていた羽織を脱ぎ捨てる。と、
彼の腰には一降りの日本刀が見えた。
「さぁて・・・おぅボウズ、『死人に口なし』って知ってっか?俺もちぃと
ばかし喋りすぎたんでな、お前も生かしちゃおかねェぞ」
腰の日本刀が抜き身の鋭い光を放つ。その切っ先が少年の鼻っ面に突きつけられる
と、鬼勘はにやりと笑って刀を振り上げる。と、その時いずこからともなく飛んで
きた石の礫が鬼勘の手首に命中し、鬼勘は痛みのあまり刀を手元から落として
しまった。手をさすりながら、礫を投げつけた者の姿を探す鬼勘。
「野郎・・・嘗めたマネしやがって、どこの誰でぇ!!」
その直後、何者かの笑い声が高らかに響き渡る。鬼勘一家の面々がめいめいに視線を
走らせ、声の主を捜す。そして次の瞬間、社の影から姿を現したのは連れられていった
はずの紗耶香の姿だった。白いギターを抱え、一節かき鳴らしたところで目深に
かぶったテンガロンハットをスッと人差し指で持ち上げると、怒りの眼差しとともに
鬼勘一家を目の前にして叫ぶ。
「鬼の勘三・・・お前の悪事はしっかり聞かせてもらったよ!」