鬼勘との話が付いたら後は大してやることはない。組の若い衆が見送る中を
紗耶香は外へと出て行く。このやり方は彼女がかつて蝙蝠男のアジトに潜入し、
味方を装い矢口真里を救い出したのと変わらないものだった。明日香について
の情報を聞き出せば後は用はない。これまで彼女が叩き潰してきた無頼の輩と
同様に壊滅させるだけだ。
ちょうど門の外にさしかかったとき、紗耶香の耳に男たちのやりとりが
聞こえてきた。耳を澄ませてよく聞いてみると、それは組の者とおぼしき男と
かたぎの男の会話である。
「期日はとうに過ぎてるんだ、金が用意できねぇんなら家でも何でも
売っちまって作れ!」
「そ、そんな・・・」
「まぁ、担保に金を借りても、博打の負けには足りねぇけどな。ウチが
貸してやってもいいんだが」
どうやらこの男は鬼勘一家が仕切る賭場で大負けし、その金の取り立てに
あっているらしかった。男に助け船を出してやっても良かったが、今はまだ
その時ではない、そう考えた紗耶香はひとまず彼らのやりとりを無視して
門の外に出た。すると、入り口のそばには人待ち顔の少年が立っていた。
少年と紗耶香の視線が一瞬交錯したものの、少年はむくれてそっぽを向いて
しまった。
「誰を待ってるの?」
紗耶香は少年の方へと歩み寄るが、少年は彼女を拒絶するかのように一言
こう言い放った。
「来るな!おまえもやくざ者の仲間だろ!」
「・・・仲間、か。そう見えてもしかたないかな。ねぇ、お姉ちゃんに
話してくれないかな?」
そう言って紗耶香は少年の方へと再び歩み寄る。彼女の優しげな微笑みは、
かたくなな少年の心を少しだけ開くことができたようだ。少年は周囲を
見回して、紗耶香に鬼勘の悪事を話した。少年の話によると、鬼勘は夜な夜な
屋敷で賭場を開き、いかさま博打で大負けさせては暴利の金を博打に負けた
者に貸し付けているという。しかし、借りた金を返せなければどんな仕打ちが
待っているか知れたものではない。事実、鬼勘はそういった人々から家や
めぼしい財産を取り上げ、血の一滴までもすすり上げているのである。
(そう言うことか・・・外道のやりそうなことだ)
非道の輩に対する怒りをいったん腹の底に収め、紗耶香は少年の頭を軽く
なでて優しく言葉をかける。
「大丈夫。お父さんも他の人も、奴らの良いようにはさせないからね」
やがて程なくして、少年の父親が門の方から姿を見せた。彼の父親は案の定、
先ほど鬼勘一家の者に取り立てを食らっていた男だった。みれば口元には
どす黒い痣が見え、彼が鬼勘の手先に暴行を受けたのは明らかだった。それを
見た少年の目に涙がにじむ。互いに駆け寄り、ひしと抱き合う親子の姿を見つめ
ながら、紗耶香の瞳は鬼勘一家に対する怒りに燃えていた。
少年の父に限らず、このあたりにすむ人々はたいてい鬼勘一家の横暴に
苦しめられていた。そんな罪なき人々の姿を、紗耶香はこの復讐の旅路において
何度も目にしてきた。
希美たちがゼティマの改造人間と見えざる戦いを続ける一方で、紗耶香は一人
孤独な戦いを続けていた。改造人間でない彼女は、友の託した特殊強化服である
「ズバットスーツ」に復讐の力を求めた。ズバットスーツはかつて明日香が
残した設計図を元に、紗耶香が完成させたものだった。あの悲劇の後、ゼティマと
スマートブレインが血眼になって探した福田明日香の才知の結晶はついに彼らの
手に渡ることはなかった。しかし、二つの理論だけが紗耶香の手元に残された。
それは紗耶香の宇宙行きが決まった日に、明日香が手渡したものだ。宇宙への旅を
目指す友のために完成されるはずだった、研究の結晶。それがズバットスーツと
ズバッカーだった。しかし、それは結局復讐の道具として完成した。
悪への怒りを涼しげな瞳の奥に隠し、白いギターにそっと手を添える紗耶香。
胸に燃えるのは復讐の炎、そして亡き友への思いだった。
(明日香・・・あんたの生きた証が残るこの街で、あたしは必ず自分の思いを
遂げるつもりだよ。そしてもし、明日香が生きているのなら、あたしは・・・)
傷を負った父を気遣い家路につく少年の姿が、木枯らしの彼方に少しずつ小さく
なっていく。友の復讐と鬼勘の悪事に対する怒りとを胸に刻み、紗耶香は二人の
姿が見えなくなるまで見送っていた。
今日の分は以上です。今回の話は年内には終わりたかったんですが、どうやら
年を越しそうな感じです。お休みしていた間保全してくださった皆様、本当にありがとう
ございます。
他愛のない話題で恐縮。
今この時間テレビでTvh(テレビ東京)にチャンネルを合わせてたら
ついさっきまで“高山源五右衛門殿”が唄ってました(「心凍らせて」)。
ここの作者タン達は仮面ライダーブレイドはどうなんだろ。
>519
まだ何とも・・・。
しかし、この姿を物陰から見つめていたものがいた。先刻の対決で敗北を喫した
あのワルツ・リーが少年と紗耶香のやりとりを目撃していたのだ。
(あいつめ、ボウズどもと何を話していたんだ・・・)
早速リーは、紗耶香の不審な行動を鬼勘に報告した。リーの話を聞いた鬼勘は、
ふてぶてしい笑みを浮かべて彼に答えた。
「なぁに企んでいやがるか知らねぇが、この鬼勘をだまくらかそうなんざ
十年早えってモンよ。見てな、思い知らせてやる」
紗耶香に二心ありと睨んだ鬼勘は、そう言って部屋の奥へと消えていった。そして
リーもまた、鬼勘に恭しくお辞儀しながらも不気味な笑みを浮かべていた。
翌日。鬼勘は紗耶香を呼びつけ、彼女に使いを頼んだ。鬼勘の部屋にやって来た
紗耶香に、鬼勘はいやらしい笑いを浮かべながら用件を告げる。
「実はなぁ客人、あんたに一肌脱いでもらいてぇ仕事があるんだが」
「さっそく仕事か。いいよ、引き受けるよ。それで?」
何も知らない紗耶香は、屈託のない笑顔とともに答える。その様子に満足げな表情
を浮かべて鬼勘は言った。
「まぁ、チョロい仕事よ。」
鬼勘はそう言って、紗耶香に一枚の紙切れを渡す。そこには、地図が書かれていた。
「ちょっと使いを頼みてェんだよ。その家に行って、軽く取り立ててほしいんだ、
貸した金をよぉ・・・あんたの年でも判る理屈だぁ、借りたモンは返さねぇとなぁ」
「まぁ、そう言うことだよね・・・」
「その通りだ、あんたァさすがに物わかりが良いや。それじゃ、頼んだぜ」
それから十数分後、紗耶香は鬼勘の地図を手に借金を取り立てるべく、示された家へ
と向かった。だが、そこに鬼勘の悪巧みがあろうことなど、紗耶香はまだ知るよしも
なかった。