そして、ちょうど時を同じくして鬼勘が紗耶香の前にその全貌を現した。彼がその
ドスの利いた声で紗耶香の言葉に異議を唱えたとき、なぜかその半身は柱の影に隠れ
紗耶香の目に触れることは無かった。一見すると羽織と豪奢な金刺繍の和服に身を
包んだ時代劇にでも出てきそうないかにも悪い親分さん、という人相なのだが中庭に
降り立った彼の姿は一種異様だった。顔の半分だけが覆面に覆われており、傷だらけの
顔とあいまってその容姿はさながら出来損ないの改造人間のようですらある。
「さぁ、大口叩いただけの技ァ、見せてもらえるんだろうなァ」
鬼勘の傍らで、紗耶香の姿を鼻でせせら笑うワルツ・リー。そんな二人をちらりと
見やると、紗耶香は手のひらを縦にすると、そのまま灯篭の火をともす部分に四本の
指をそろえてそえた。そして、その直後。
「はっ!!」
そろえた四本の指を再び握りこぶしに戻すその刹那の間に、常人では考えられぬ
驚くべき力が発揮される。紗耶香の拳が触れたと思ったその直後、石灯籠は各部分
ばらばらに吹っ飛んでしまったのだ。あっけに取られる鬼勘一家の面々。
「・・・寸頸?!」
この絶技に真っ先に口を開いたのは、やはりワルツ・リーだった。寸頸、別名を
「ワンインチ・パンチ」、究極の密着打撃技法である。中国拳法の達人にのみ
使いこなせるこの必殺奥義を、いかなる故か紗耶香はマスターしていた。しかし、
彼女の妙技はそれだけではなかった。吹っ飛ばされた石灯籠のパーツは、あろう
ことか屋根から順に次々と落下し、なんと眼の前で逆さになった状態のまま
キチンと積みあがっているのである。まさに神業。こんな芸当、彼女以外に一体
誰ができうるというのだろうか。
「馬鹿な!!」
我が目を疑う鬼勘に対して、紗耶香はウインクしながらこう答える。
「これがあたしの・・・『逆さ灯籠』、ってね」
そして、仕上げとばかりに指をパチン!とはじく。その直後、逆さに積みあがった
石灯籠は音を立てて真二つに割れた。これだけの腕を見せ付けられては、鬼勘も
彼女の話を聞かざるを得まい。
「お、おぅ・・・若けぇの、話聞こうじゃネェか」
こうなると話は早い。こうして紗耶香は見事鬼勘一家のもう一人の用心棒として、
組織に入る事に成功した。