「どうしてもお会いになりてぇ、と」
「うん。会いたいな♪」
もはやどう言葉を取り繕うとも、紗耶香はワルツ・リーと会いたいと言って
きかないだろう。二人は一度リーに会ってその腕っ節を確かめれば、さしもの
この流れ者も諦めがつくだろうと思ったか紗耶香をリーのもとへと案内した。
しばらく廊下を歩いたところに、再び広い中庭があるのが見える。と、そこに
いたのは拳法着を着た一人の男。裂帛の気迫と共に繰り出される突きと蹴りが
空気を切り裂く。眼の前に立っている男こそ日本一の拳法使いと名高い、かの
ワルツ・リーなのである。しかし、紗耶香は彼の名に既に覚えがあった。
おもむろに中庭へと降り立つと、彼女は不敵な笑みと共にこう言い放った。
「鬼勘一家の用心棒、ワルツ・リー。日本じゃ2番目の拳法使い」
出会うなり飛び出したこの大胆な言葉に、周囲の空気が一気に凍りつく。
一心不乱に鍛錬に打ち込んでいたワルツ・リーも、この瞬間自分が何を
言われたか察しがついたらしく、型の稽古を止めて少女のもとへと歩み寄る。
そしてその直後、緊迫した中庭にもう一人の男が姿を現した。大親分の貫禄を
漂わせ、別の二人組に付き添われてやってきた初老の男。この男こそが、誰あろう
鬼の勘三、通称鬼勘だった。しかし、それは彼女にとっては願ってもないこと
だった。鬼勘もまた、紗耶香の言葉を耳にしていたらしく、開口一番にらみを
利かせて言う。
「2番目だと? 若造、このワルツ・リーより腕のたつ男が日本にいるっての
かい!」
自慢の用心棒が日本で二番目などとけちを付けられて、黙っていたのでは極道の
名折れ。鬼勘は文字通り鬼の剣幕で紗耶香を睨み付ける。
しかし、紗耶香はその視線を全く意に介することなく目深に被ったテンガロン
ハットのひさしを人差し指でスッ、と持ち上げる。そして、口笛一つ吹くと、
お得意のあの仕草を決めて見せた。
「チッチッチッ・・・」
なんとも挑発的な仕草。相手がその筋の達人であろうとも、自分の腕には及びも
つかない、と言わんばかりに人差し指が相手の腕っ節をいかなる言葉よりも饒舌
に否定して見せる。これには鬼勘もリーも怪訝な表情を見せる。そして、最後に
力強く立てた親指が自らを指し、真の日本一を知らしめるための戦いの序曲と
なるのだ。
「なめやがって・・・だったらお前とこのワルツ・リーで勝負してみろぃ!!」
怒気に顔を赤らめて鬼勘が叫ぶ。鬼勘の言葉にワルツ・リーも応え、彼はゆっくりと
庭の片隅に置いてある石灯籠の前に立った。そして、腰を少し落として丹田に力を
ため、そのままその力を拳に乗せて気合と共に強烈な突きを放つ。
「キエエエエーッ!!」
リーの拳が石灯籠を打ち抜き、拳打でふっ飛ばされた石灯籠の一部が玉砂利を
敷き詰めた中庭に鈍い音を立てて落ちる。なるほど拳法の達人との呼び声どおり、
彼は常人には不可能な打撃を披露して見せたのだ。この光景に鬼勘の頬が緩み、
どうだ、と言わんばかりの視線を紗耶香に送る。ワルツ・リーもまた、お前にこれが
できるか、と言いたげな表情とともに親指で鼻をひとなでする。その仕草は、あの
カンフースターを彷彿とさせた。
「今のを見たかい?お前さんがどこまでやるか、見せてもらおうじゃねェか」
鬼勘とリーは、この対決の行方が既に見えたとばかりに余裕の表情で紗耶香を見る。
一方の紗耶香も鬼勘一家の男達が見つめる中、先ほどリーがして見せたように石灯籠
の前に立つと、静かに呼吸を整えた。