彼女がこの街を離れていたのは、決して何年もの間と言うような話ではない。
それでも、街というものは日々刻々とその表情を、そしてその姿を変えていく
ものである。紗耶香のいない間にも、街は変わり続けているのだ。
(こんな所にこんな店あったっけか・・・)
そんなことを一人つぶやきながら、少女は雑踏の中を行く。それにしても、
彼女の出で立ちは人混みの中にあっても非常に目立つ。平成の世に突如現れた
渡り鳥ルックのその姿は、有り体に言えばかなり浮いた存在だった。道行く人
がすれ違いざまに振り返るのもお構いなしに、紗耶香は一人街を行く。
彼女の目指す先、それは明日香の実家だった。亡き友の霊前に復讐を誓って
から、彼女は長い旅の末に再びこの地に帰ってきた。未だ誓いは果たされては
いないが、せめて自分が誓いを胸に未だ戦いを続けていることを報告したい。
そんな思いで紗耶香は歩を進めていった。
しばらく歩いたところで、路地を裏手に回ると景色は一変して繁華街から
住宅地へと様変わりしていた。目指す亡き友の家はもうすぐだ。しかし、
そんな彼女の思いは明日香の家にたどり着いたその瞬間にうち砕かれることに
なる。明日香の家の玄関前に掲げられた看板にひときわ大きく書かれていた、
「売家」の二文字。それは、この家にもはや主がいないことを意味していた。
「そんな・・・」
驚きに声を挙げる紗耶香。しかし、看板に書かれた不動産会社とおぼしき
番号に電話を書けたが、間違いなくこの家は現在売りに出されているという
ことだった。それでもなお信じられず、紗耶香は近くを通りがかった女性に
声をかけて事の真相を確かめることにした。
「あの、ここのお宅のことなんですが・・・」
「ここのお宅は私が越してきた時にはもう売りに出てましたよ。今からもう
かれこれ半年くらい前かしら」
そう言って、その女性はこの家にまつわる話を紗耶香に聞かせた。彼女自身も
伝聞でしか知らないと言うことであったが、それによると以前、この家に住んで
いた家族の娘が入院先の病院の火災によって死亡した。その後、今度は家族が
謎の死を遂げ、結局主を失った家は親類の手によって売りに出されたのだという。
自分が明日香の仇を求めて各地を転々とする間に、今度は明日香の家族にまで
敵の魔手は伸びていた。そしてついに、親友の魂は戻るべき場所まで奪われたと
いうのだ。紗耶香の心に、激しい怒りの炎が燃える。と、その時である。女性は
この家のたどった顛末を意外な言葉で締めくくったのだ。
「そう言えば、前にもあなたと同じようなことを聞いた女の子がいたような
気がする・・・ショートカットの小柄な女の子だったかしら。すごくショックを
受けたみたいで・・・ここの家の人だったんじゃないかっていうくらい」
ショートカットの小柄な少女が前にこの家を訪れた。そのころにはこの家は既に
売りに出され、その事実を知った少女はひどくショックを受けていた。女性の
言葉が本当ならば、それは驚くべき真実を紗耶香に突きつけることになる。
(まさか・・・明日香が生きてる?!でも、そんなはずは・・・)
女性が立ち去った後も紗耶香はその場を離れることが出来ず、ただ立ちつくして
でいた。明日香が生きているかもしれない、これまで何度となく裏切られた一縷の
望みが、ここにきてかすかな輝きを放ち始めていた。と、その時。彼女の後方遠く
から、かすかなエンジン音が聞こえてきた。そして、それがよりはっきりしてくると
同時に、けたたましいクラクションが閑静な住宅街に響き渡る。
「ん?なんだ、あいつら・・・」
スモークフィルムを貼ったフロントガラス越し、かすかに見えたのはドラマの世界の
住人にしか見えない柄の悪い男達。道の真ん中に立っている紗耶香を口汚く罵って
いるようにも見え、そんな彼らの横柄な態度が気に障った紗耶香はあえて道を譲らず
車の行く手を遮った。やがて車はゆっくりと停車し、中からは先ほどガラス越しに
見えた柄の悪い与太者二人が降りてきた。
「おいコラァ、俺達が鬼勘一家と知ってて舐めたマネしてんのか?!」