453 :
ナナシ:
コブラ男の口元がピクリと動く。次なる攻撃は火炎と読んだオルフェノクは
そのまま目に入ったボンベを顔面めがけて投げつけんと引っ掴む。そして
そのまま敵の顔めがけて投げつけた。
「ここまで来て悪あがきか!!」
コブラ男は飛んでくるボンベを右腕で払いのけると、ボンベはそのままの勢い
で手術室のガラスを突き破り、二人が潜んでいる手術台のあたりに落ちた。
「ひっ!!」
小さな悲鳴を上げる二人の少女。そしてそれは、運悪く改造人間の耳に届いて
しまっていた。
「小娘が。そんなところに隠れて・・・」
と言いかけたその時だった。手術室から聞こえた悲鳴に気を取られ、目の前の
敵の行動から目をそらしていたコブラ男。そんな彼に、オルフェノクが近づく
ことは容易であった。
『余所見をしていていいのか・・・?』
猛スピードで近づいてきたライオンオルフェノクは、まさに肉食獣が獲物を
倒すかのようにコブラ男の首根っこに取り付くと、そのまま首相撲で相手の
動きを制し膝蹴りを見舞う。鈍い金属音と共にコブラ男の身体がくの字に折れ
曲がるのもお構いなし、とにかくオルフェノクは怪力に任せて組み付いた敵を
逃すまいと殴る蹴るの攻めを浴びせた。やがて、コブラ男の動きが止まったと
見るやライオンオルフェノクはそのまま勝ち誇ったかのごとく片手でコブラ男
の首を掴んでつるし上げ、ベルトのあたりに手をかける。
454 :
ナナシ:03/12/13 00:40 ID:oLQvTFTV
一方、この機を逃してはならないと紗耶香と明日香はゆっくりと身を起こし、
敵に気づかれぬように手術室のドアの脇に張り付き、外の様子を窺いながら
機会を見て一気に駆け出そうと待っていた。友の手を握り締める紗耶香の手に
冷たい汗が流れ、その目は外の戦いと明日香の様子を交互に映しだす。まさに
修羅場のど真ん中に身を置きながら、少女達は息を潜めていた。
ついに廊下では二人の怪人同士の戦いにピリオドが打たれようとしていた。
もはや反撃の力のないコブラ男は無抵抗のまま、対してライオンオルフェノクは
組織のエンブレムが刻まれたバックルプレートにかけた手に一気に力を込めた。
その瞬間、宙吊りにされたコブラ男は腰の当たりから真っ二つに引きちぎられ、
オルフェノクは勝ち誇ったように分断された上半身と下半身を掲げて雄たけびを
挙げる。
そしてそれとほぼ同時に紗耶香達も行動を開始した。勢いよくドアを蹴破り、
手術室においてあったストレッチャーをオルフェノクにぶつけると、不意の
攻撃に敵は思いがけず足を取られて転倒してしまった。この隙に紗耶香と明日香
は敵の手を逃れんと手を取って力の限り走り出した。一方、彼女達の後方では
不意を付かれて二人に逃げられたオルフェノクが再び人間の姿に戻り、付近で
待機していた隊員たちに追跡を命じていたがそんな様子に構っている暇はない。
階段を駆け下り、総合受付までの長い廊下を走りきれば外へと脱出できる。
二人の少女はあらん限りの力を振り絞り、とにかく必死で走った。廊下は今や
消火用水で水浸しとなり、煙と炎はまるで二人の後を追うように、たどり着いた
一階にまで達していた。だが、もう一階までやってきた。もう少し走れば、外
への出口はすぐそこなのだ。
そして、二人が赤いテープで総合受付ロビーへの案内が示された、曲がり角に
差し掛かった、その時。
その時、まるで雷鳴のような音が廊下に響き渡った。「ダーン!」という
激しい音の直後、紗耶香の手に奇妙な衝撃が伝わる。音のした方向へと、視線を
走らせるその最中に、彼女の目に飛び込んできたのは明日香の肩口の辺りに広がる
真っ赤な染みだった。
「明日香っ!!」
特殊部隊の後方からの射撃が、彼女の肩に命中してしまったのだ。そして続く
第ニ波の銃声が響くと、二人の少女の身体はまるで後ろから見えない何かに突っぱね
られたかのように跳ね飛ばされ、そしてそのまま二人は水浸しの廊下に倒れこんで
しまった。とたんに二人の周りの水は真っ赤に染まっていく。ゆっくりと立ち込める
煙、時折揺らめく赤い炎の中、満身創痍の身体で壁にもたれかかり、明日香はヨロヨロ
と立ち上がるが、その度に空を切り裂くような音がしたかと思うと銃弾は二度三度と
その身体を跳ね飛ばし、少女を水浸しの床に這わせた。
「いやぁぁぁ!明日香ぁぁ!!」
紗耶香の叫びは耳を劈くような銃声にかき消される。涙のにじむ両目はまるで人形の
ように吹き飛ばされる親友の、生々しい有様をかろうじてぼやけさせていた。
最後の命のともし火が燃え尽きようとしていたその時、明日香は廊下の壁にスイッチ
があるのを見つけた。それは病院の地下駐車場へと通じる、配膳用のエレベータで
あった。震える手つきでスイッチを押すと、すぐにエレベータは彼女たちのいる一階に
到着した。手でシャッターを開けると、明日香は最後の力を振り絞って紗耶香をその
中へと押し込める。
「紗耶香だけは・・・紗耶香だけは生きて・・・」
「明日香!?明日香ッ!明日香ァァァァ!!」
紗耶香の叫びを遮るように、ゆっくりとシャッターは閉ざされた。頭上で響く銃声も
今の彼女には聞こえてはいなかった。茫然自失、まるで付き物でも憑いたかのような
うつろな視線のまま、紗耶香は地下駐車場を抜けて外へと到るとどこへ行くでもない
まま、ただひたすらに走り続けた。血と煤で汚れ、ずぶ濡れになった身体のまま、
うわ言のように友の名を呼びながら紗耶香は走った。
『恨みの道を行く女 心はとうに捨てました』
そして、時は現代。
単独で壊滅させてきた各地の末端組織のボスたちから得た情報を元に、彼女は再び
この街に帰ってきた。年の瀬も押し迫ってきた12月のある晴れた日。とある空港の
滑走路上に、青い空に映える真っ白いセスナ機が空の散歩を惜しむかのようにゆっくり
と着陸した。そして操縦席のドアが開くと、中から姿を現したのはテンガロンハット
を目深に被り、ギターを担いだ少年・・・いや少年と見まがうかのような少女の姿
だった。
「明日香・・・。あたしは帰ってきたよ、この街に」
少女はそのままタクシーを拾う。ドアが開くと同時に車内に入ってきた、まるで一昔
前の風来坊のような少女の姿に一瞬怪訝な表情を浮かべた運転手を他所に、少女は
行き先を告げる。
「夢ヶ丘まで」
しばらく走ったところで、タクシーはテンガロンハットの少女を彼女の目的地で
ある夢ヶ丘の繁華街に下ろした。代金を支払っておつりも受け取らず、少女はそのまま
タクシーを降りて久々に戻ってきた街の空気に鼻を動かす。
「相変わらず・・・この街は悪い奴らの嫌なにおいがするね」
そう言ってハットの前を少し持ち上げてみせると、少女〜市井紗耶香は不敵な笑みを
浮かべて歩き出した。