紗耶香は周囲を窺いながら、手術台の影から身を乗り出して廊下の様子を
見る。時折ガラスの向こうにちらちらと覗くのは、コブラ男の火炎攻撃で
発生した火災の炎だった。
やがて炎が燃え広がるにつれ、周囲には煙が立ち込めだした。煙と炎の
向こうに、せめぎあう二体の怪人の姿が見える。廊下で起きた強い衝撃と壁の
崩れる音が、手術室の中まで聞こえてくる。そして時折、手術室の扉が外れん
ばかりの強い衝撃が加えられると少女達は扉がいつ破られるかという不安に
駆られた。
(外の戦いが終わるまでなんて待てないかも・・・)
紗耶香の不安も無理はない。廊下では火災まで発生してしまった状況なので
ある。二人の怪人のうちどちらかが敗れたとしても、生き残ったほうが二人の
脅威となる。仮に二人とも共倒れしたとしても、煙と炎は容赦なく二人の少女に
襲い掛かるだろう。二人の異形の者同士の戦い、その中に訪れるであろう一瞬の
チャンスに賭けるしかない。
「明日香、もう少しだけがんばって。今、外で二人の化け物が戦ってる。二人
の戦いの隙を突いて、ここから逃げ出そう?」
そうつぶやいて、紗耶香は明日香の手を握り締める。明日香もそんな紗耶香の
手を握り返したが、その手から力が少しずつ失われているのは明らかだった。
自分達に与えられた時間はわずかだ。紗耶香は覚悟を決めた。
一方、二体の異形の者の戦いは一進一退を繰り返していた。突入した部隊に
対して、村上はこう言っていた。「改造人間は所詮模造品にすぎない」と。
しかし今、その認識は修正する必要がある、とライオンオルフェノクは考える
に到っていた。思いがけない敵の戦闘力。これが本当に人間の作ったもの
なのだろうか。
『思いのほかやるものだな・・・』
彼は事実、思いがけず攻めあぐねていた。狭い廊下で戦っているせいもある
のだろうが、力にものを言わせて肉弾戦に持ち込みたいにもかかわらず敵が
それを許さないのだ。火炎と溶解毒ガス、この二つの飛び道具が存外にやっかい
な代物で、相手の懐に入れない。
「どうした、貴様のそのなりはこけおどしか?」
不気味に笑うコブラ男。右腕のコブラの鎌首を突きつけ、床や天井と所構わず
ガスを撒き散らす。その度に不気味な化学反応と共にガスの触れた場所は泡と
共に解けていく。
敵は一見、全く無関係とも思える場所にガスや炎を噴射する。しかし、その意図
するところは別にあった。あたり構わずガスや炎を巻き散らかしているように見えて、
その実は相手の行動範囲を狭めているのだ。そうして敵の退路をふさぎ、袋小路に
追い込んで一気に止めを刺そうという腹なのである。
そしてまたもコブラ男の毒ガスが噴射された。この攻撃も彼の思惑に基づき
直接命中することは無かったが、その時あるものがライオンオルフェノクの目に
飛び込んできた。それは子供の背丈ほどはあろうかというボンベだった。