黒ずくめの部隊はさらに病院内を捜索する。既に内部では紗耶香が逃亡の際に
めちゃくちゃにスイッチを押しまくった火災報知器のせいで非常ベルが鳴り響き、
スプリンクラーも未だ止むことなく消火用の水を噴射している。そのため、まるで
台風でも通り過ぎたかのように室内は水浸しであった。彼らがしばらく歩を進めると
廊下のいたるところに倒れている病院関係者や患者の姿があり、ゼティマの改造人間
は目的のために無差別な殺戮を行った形跡が見て取れた。
『外科病棟の見取り図を』
一番後方にいた部隊のリーダーらしき男が口を開く。彼の求めに応じ、隊員は
すぐさま携帯端末で見取り図のデータを男の端末に送信する。そして男はさらに
病棟の廊下に設置されていた防犯カメラの画像を転送させ、改造人間と二人の
少女の居所を探す。紗耶香がスプリンクラーを作動させたせいであちこち水浸しに
なり、結果いくつかのカメラは既に水でだめになっていた。しかし、それでも彼ら
が対象としている者達の動向を把握するには十分だった。
『・・・ゼティマの方が距離は近いな。先を越されるかもしれない』
男はそう言って、おもむろにヘルメットを脱ぐ。そして、後方から隊員たちに
命令した。
『ゼティマの連中が小娘どもの近くまで来ているようだ。お前達はC−2、
第一外科手術室へ急行。俺は改造人間を排除する』
男はそう言うと、一人隊伍を離れて走り出した。彼が目指す、目下の標的は
二人の少女から改造人間の率いる部隊に変わった。男は一瞬にやりと笑ったかと
思うと、その直後既に彼の姿はそこには無かった。
そのころ、外に止められた車の中で村上は再び携帯端末を取り出し、部隊の作戦
行動をチェックしていた。そもそもこの病院は彼ら〜スマートブレイン社の施設の
一つだった。そこに一体どのような偶然が働いたかは判らないが、明日香は目論見
どおり彼らの手に落ちた。明日香が運ばれてきたことに、村上やスマートブレイン
の作為は働いていなかったのだ。
だが、彼らにとって予想外だったのは、敵であるゼティマまでもが病院に潜入
していたことだった。村上は恐らく、自らの知る範囲でゼティマが内部に潜入して
いたことは把握していただろう。しかし、それは彼の予想の範疇を超えていた。
「私の社長就任までには・・・まだまだ仕事が多そうだ」
一人つぶやくその間にも、病院内の様子は時々刻々と彼の元に伝えられている。
再び端末に眼をやると、そこには彼の見たことのない姿の異形が映し出されていた。
彼が知る者たち、オルフェノクとは明らかに違うその異形の者こそが、二人の少女
を狙うもう一つの勢力が送り込んだ刺客であった。
「これが改造人間・・・なるほど、開発は成功していたというわけですか」
画面に映し出された改造人間は、引き連れた戦闘員とともに未だ少女達の姿を捜し
求めていた。二人の少女の姿を見つけ出せていないのは、自分が指揮する部隊とて
同じだったが、病院の施設内についての情報があるのとないのとでは違う。現状に
おいて、状況はやや村上に有利であった。
「おのれ、小娘どもはどこへ行ったのだ!」
少女達に一杯食わされて病室を脱出されて以来、怪人たちは二人の姿をまだ
見つけ出せないでいた。苛立ちを隠さないコブラ男は、目に付く窓ガラスを
片っ端から叩き割り、ドアをぶち破って二人の姿を探すが少女の姿はない。
「おかしな奴らもうろついている・・・我々には時間がないのだ」
苛立つ怪人が拳を振るうたびに割れて飛び散るガラス。その音と衝撃を背中で
感じながら、紗耶香と明日香は端末が知らせた情報の通りに第一外科手術室と
書かれた部屋の中に身を隠していた。手術台の陰に身を隠し、コブラ男のぎらつく
視線を感じながらも息を殺して敵が過ぎ去るのを待っていた。まるで土砂降りの
雨のように降り注ぐ水、ひっきりなしに点滅する赤色灯に鳴り響くサイレン。
光と音、そして改造人間と謎の男達の姿におびえ、いつ終わるとも知れぬ恐怖の
時間を過ごしていた。
(大丈夫・・・こんな悪い夢はきっと終わる。二人とも生きて帰れるから)
怪我をおして紗耶香を逃した明日香の肩を抱き、紗耶香はただひたすらにこの
悪夢の時が過ぎるのを待った。肩を寄せ合って互いの存在を、生を確かめ合うその
時に、紗耶香は明日香の身体の異変を知った。極度の疲労と心労によって、彼女は
高熱を出していたのである。事故で負った怪我が完治していない身体で、これほど
の極限状態に置かれた明日香は体力を消耗しきっていた。熱にうなされ始めた
彼女は、うわごとのように友にささやく。
「紗耶香・・・このまま逃げて。二人とも殺されるよりは、その方がいいに
決まってるから・・・」