「えええいっ!」
近くに置いてあった消火器をとっさに掴んだ明日香が、ピンを引き抜き勢い良く
コブラ男に向かって噴射した。この突然の攻撃に面食らったコブラ男は紗耶香の
首を締め上げていた手を離してしまった。やがて白い煙が病室内に立ち込め、
それが目くらましとなって二人の少女の姿を隠してしまった。その隙に明日香は
紗耶香の手を引き、病室から脱出した。
途中二人は目にした火災報知器のスイッチを片っ端から押していく。非常ベル
が鳴り響き、スプリンクラーから勢い良く水が噴射される。やがてコブラ男達が
病室から姿を現し、二人の後を追う。少女達は異形の者から逃れるために、ただ
ひたすらに逃げた。
一方、建物内の異変は鳴り響く非常ベルによってたちどころに病院の外にいた
者達の知るところとなった。停車していた黒塗りのバンから次々と姿を現した
のは、まるでハリウッド映画にでも出てきそうな、日本では考えられないような
重武装の特殊部隊であった。黒い戦闘服と黒の防弾チョッキ、ヘルメットを装備
したこの部隊は、ある一人の男によって指揮されていた。彼は自分の指揮する
部隊が次々と病院内に進入していく様を車の中から見ていた。
「それにしても意外でした・・・彼らがこの病院にまで潜入していたとは」
男は自らが「彼ら」と呼ぶ者たちが、明日香の命を狙うことを知っていた。そして
彼女の存在は、男にとっても重要な位置を占めていた。
「ただいま病院内に進入。ゼティマと思しき者の姿は見えません」
男が手にした携帯端末に、病院内に進入した部隊からの報告が入る。病院内に
入った部隊からの報告で、彼は中で起こっている出来事の大筋を掴むことが出来
るのである。
「あなた方は世界のどの作戦部隊と比較しても上の上の存在・・・ゼティマに
邪魔などさせてはいけない。くれぐれも頼みますよ」
男はパワーウインドウのスイッチに手をかけ、車の窓を全開にして病院の様子を
窺う。その時、戦いの兆候はまだなかった。
「彼女の知識と研究を渡してはいけません。彼女自身の命を奪ってでも死守
してください。それと病院のほうは放棄してもかまいませんよ・・・証拠隠滅の
ためにはやむを得ません」
そう言うと男は携帯端末の通話スイッチを切った。
「福田明日香・・・それにしても大した娘です。しかし、彼女の研究がゼティマ
の手に渡れば、我々の優位性が危うくなる。隠密裏に進めてきたことが、すべて
水泡に帰してしまう」
男は明日香の研究と知識がゼティマに知れることを恐れた。そして研究がゼティマ
の手に渡りさえしなければ、明日香殺害も辞さずとの意志を部下に示したのだ。
「王の眠りは深い・・・時が満ちるまで、決して誰も近づけてはならない」
男はそう言って車の窓を閉めると、しばしの間物思いにふけっていた。