「福田さーん、回診ですよ」
不意に扉の向こうから声が聞こえる。どうやら担当医が回診にやってきた
ようだ。しかし、明日香はこの声に対して怪訝な表情を浮かべて言う。
「おかしいな・・・午後の回診は3時のはずなのに」
「予定より早まったんじゃない?よくあるじゃん、そういうの」
明日香の疑問に対して、気にすることは無いと紗耶香は言う。だが、なおも
明日香は続けた。
「ううん。予定が変更になるんなら事前に電話が入ってくるはずなんだ。
あたしの担当の先生、ヘンに几帳面って言うか・・・」
すると、そんな言葉をさえぎるように病室のドアが開く。そこに姿を現した
のは、一人の男性医師と数人のナース達だった。それは先ほど紗耶香が
出会った、あの失礼な一団だ。
「福田さん、回診の時間ですが」
医師もナース達も、その顔には遠慮やいたわりなどという人間味は微塵も
感じられない。まるで作り物のような目から注がれる、冷徹な視線が二人に
突き刺さる。
「ちょっとねぇ、いくら自分とこの患者だからってノックもなしに病室に
入るなんて失礼じゃない!」
廊下ですれ違ったときの無礼をまだ根に持っていた紗耶香は、ここぞと
ばかりに非難の怒声を浴びせる。と、その時だ。
「ごちゃごちゃとうるさい小娘め・・・」
「係わり合いになると命は無いぞ」
脅迫めいたセリフを口々に吐きながら、医師の後ろに控えていたナース達が
にじり寄る。やがてその能面のような顔には赤い隈取が走り、その顔はまるで
死人のように青ざめた顔へ変化していく。そして次の瞬間、白衣を脱ぎ捨てた
彼女達は、黒いレオタードに身を包んだ怪しげな姿に変わっていた。
「あんた達は・・・一体何者なの?!」
急いでベッドから飛び降りた明日香を庇うように、そばにおいていた傘を剣の
ように構える紗耶香。相手は明らかに、自分達に害意を持ってその正体を
現した。ただならぬ気配の中、身構える紗耶香の前に歩み出たのはこの怪しい
女達を引き連れて現れた男性医師だった。
「もしかして、あんたも偽の医者・・・?」
「・・・いかにも。見せてやろう、この俺の正体を」
そう言うと、偽医師は両腕を交差して構え、ゆっくりと円を描くようにして
動かす。その怪しい腕の動きにあわせ、男の顔は紫色の鱗に覆われた蛇のような
顔へと変貌していく。そして、脱げ落ちた白衣の下から現れたのは、顔と同じ
紫色の鱗と、黄色がかった蛇腹の身体だった。眼の前で彼は見たことも無い
ような異形の者へと変化したのである。
「きゃーっ!!」
異形の者のあまりのおぞましさに悲鳴をあげる紗耶香。異形の者の片腕は毒蛇を
象った形をしていて、その毒蛇もまるで一個の生命体のような禍々しい毒気を
放っている。異形の刺客〜怪人の姿は毒蛇の王、コブラを思わせた。
「俺は『コブラ男』!公園ではしくじったが、今度は間違いなく殺す!」
紗耶香はコブラ男に対して傘を振りかざして打ちかかる。しかし、敵の身体を
いくら打ち据えようともびくともしない。右に左に振り下ろしても、コブラ男は
表情一つ変えず平然と紗耶香の攻撃を受け続けている。
「ちくしょう・・・これならっ!!」
敵はもはや人間の常識など通用しない化け物だ。紗耶香は意を決して、怪人の
懐に飛び込むとその腹に傘の先を突き刺す。だが、5ミリほど先端が突き刺さった
ところで傘は無残に折れ曲がってしまった。コブラ男と視線が交錯した瞬間、
右腕から放たれた強烈な一打が紗耶香を吹き飛ばした。ベッドで腰の辺りを強打
した紗耶香、衝撃で息が詰まってしまった。
「うぐっ!!」
立ち上がれない紗耶香。そんな彼女の元へと歩み寄ると、コブラ男は首根っこを
掴み、そのまま紗耶香を片手で吊り上げた。
「それほどまでに死にたければ、お前から先に殺してやろうか?!」
首を掴む手に尋常ならざる力が込められ、紗耶香の頚動脈を締め上げる。意識が
自然と遠のいていき、その視界には徐々に狭まっていく。と、その時。