『命の道を行く女 涙はとうに捨てました』
─── 修羅の花/唄:梶 芽衣子より
前日まで続いていた長雨も止み、久々の晴れ模様となった四月十八日の
正午。すでに下校途中に病院に立ち寄り、明日香の顔を見ることが紗耶香
の日課になっていた。
明日香の入院している総合病院は小高い丘の上にあり、路線バスは丘を
下ったところを走る道路の前でしか停車しない。そのため病院まで歩く
労力を考えてほとんどの患者や見舞客はタクシーを利用し、バスでこの
病院に足を運ぶ者は紗耶香のような、そう多くない小遣いの中から運賃を
捻出するような学生くらいしかいなかった。
バスを降り、紗耶香は病院までの道を歩く。少し強い日差しの中、今朝方
の曇天模様を気にして傘を持ってきてしまった紗耶香はそのことをぼやき
ながらも、友のことを思い歩を進める。やがて彼女は病院の正門をくぐる。
そのころには中央玄関とその付近に行き来する車の姿を見ることが出来た。
しかし、そのころから彼女は少しだけいつもと違う、微妙な空気を感じ
始めていた。
病院の玄関付近のロータリー、そして駐車場に見える車の様子がいつもと
違っていた。客待ちのタクシーが一台もいないのは出払っていたからだろうが、
それにしても不思議なのは同じ型の黒塗りのバンとセダンが数台、なぜか等間隔
で止められていることだ。黒いセダンに乗っているのは政治家か暴力団、紗耶香
の頭にはそんな認識があった。だから最初は、その手の関係者が連れだって
やってきたのだと思った。
(うっわぁ・・・これ絶対ヤクザ屋さんかなんかだ・・・)
見つかって妙な因縁でも吹っかけられたら大変だ、と紗耶香は小走りに玄関へ
と急ぐ。どうせ中から出てくるのは無頼の輩、関わり合いになるのは危険という
ものだ。すぐに紗耶香は玄関の自動ドアを抜け、見舞客用の受付へと向かう。
このころには受付の事務員とも顔なじみになっており、紗耶香を見るなり受付の
手続きを省略してすぐに外科病棟へと通してくれた。
「お友達、早くよくなるといいですね」
事務の女性がかけてくれた何気ない一言が、紗耶香にはとてもうれしかった。
明日香の病室へと向かうその途中、紗耶香は数人のナースを連れた医師と
行き会った。その姿を認めた紗耶香の会釈にも、まるで気づかないようなそぶり
を見せる医師達。
せっかく挨拶しているのに、と少しむっとした様子で彼らを見送る紗耶香。
そんな彼女の視線がナースの一人と交錯した。その時である。紗耶香と目が
あったナースが、すれ違いざまに意味ありげな微笑を浮かべていたのである。
彼女は明らかに紗耶香のことを笑っていた。微笑と言うよりはむしろ嘲笑
とも言える不敵な笑みだった。紗耶香は憮然とした表情のまま医師達を見送った
が、まずは明日香の顔を見るのが先と思い直し、再び明日香のいる病室へと
歩き出す。
そして、程なく紗耶香は明日香のいる病室の前にたどり着いた。壁と同色の
乳白色のドアに『福田明日香』とかかれたネームプレートがかけられている。
ここが明日香の入院している病室だ。ここは個室のため、回診の時でない限りは
通常この部屋の中には明日香一人しかいない。眠っていた場合を考え、紗耶香は
ドアをゆっくりとあけて病室へと入る。そこには、ベッドの上で身を起こして
昼のテレビ番組をつまらなそうに見ている明日香の姿があった。
「おら、お見舞いにきてやったぞ」
そんな明日香の前に、おどけたような表情で得意の「しんちゃん」の物まねを
しながら現れた紗耶香。やがて二人は顔を見合わせて笑いあう。明るい少女の
笑い声が二人だけの病室に溢れていた。その直後に現れた、突然の乱入者が二人
の絆を引き裂こうなど、少女達には思いもよらないことだった。