救急病院での治療が始まった。その間紗耶香は病院が貸し出してくれた毛布に
包まったまま、友の無事だけを祈り待ち続けていた。そして、日付は翌日に変わり
時間は既に深夜。緊急救命室のドアが開き、中から疲れきったような表情を浮かべた
一人の医師が姿を現した。
「先生、明日香は・・・」
疲労困憊のあまり眠りに落ちかかっていたが、ドアの開く音に目を覚ました紗耶香
すがるような思いで医師の元へと駆け寄る。30代くらいの比較的若い、落ち着いた
感じの男性だった。彼は憔悴した紗耶香の表情を見るや、彼女の両肩に手を置き、
疲労の色をにじませながらも笑顔で応えた。
「お友達は大丈夫ですよ。腕と脚に複雑骨折があるけれども、命に関わる大事じゃ
ないから安心して。今日のところはおうちに帰ってゆっくり休むといいですよ」
明日香の命が救われた。紗耶香の顔に安堵の表情が浮ぶ。と、不意に脱力感が襲い
思わずその場にしゃがみこんでしまった。やがてあふれ出す安堵と喜びの涙をぬぐい
ながら、彼女はタクシーを呼ぶと医師に後を任せて救急病院を後にした。
その後旅行に出かけていた両親も事故を知って病院へと駆けつけ、ひとまずの
無事を確認して安堵のうちに帰途に着いたようだった。当の明日香は翌日には意識を
取戻したが、当面1ヶ月は入院する必要があるという事で、地域でも最新の施設を
もつ総合病院へと移った。その間、紗耶香はほぼ毎日のように明日香の病室を訪れて
は、その日の学校での出来事や日常の些細な話をした。明日香の方も退屈な入院生活
を送る上で、紗耶香の存在は大きかった。
「紗耶香が来ると退屈しないですむからね」
「へへっ。そう言ってもらえると嬉しいけどね」
腕の包帯が痛々しかったが、紗耶香が訪れるたびに明日香はそう言って笑っていた。
あの夜のことは不幸な事故だったが、明日香はこうして生きている。そのことに感謝
したい。このまま彼女が回復してくれれば、自分は何の憂いも無く渡米できる。
紗耶香の頭の中からは事故そのものの存在は薄れ、その目にはただ親友が順調な回復
を見せる姿だけが映っていた。
運命の日、四月九日を迎えるまでは・・・。