身を起こし立ち上がるまでに回復したモグラ獣人。しかし、作戦に失敗した咎
で処刑される寸前であったわが身を、皮肉にも敵であるはずの圭と裕子に救われた
のである。恩義を感じ易々と敵に与するほど落ちぶれてはいない、と思うものの
さりとてもう十面鬼の下へは戻れない。圭の手に再びボトルを返すと、一言だけ
言い残してそそくさと土を掘り始める。
「礼は言わんぞ・・・礼は・・・」
獣人としてのささやかな抵抗。男の意地、いやモグラの意地を前にして、圭と
裕子は顔を見合わせて思わず噴き出してしまう。やがてモグラ獣人はあっという間
に身体が隠れるほどの穴を掘るとそのまま行ってしまうかと思われたのだが、
去り際に穴から覗いたのは誰あろう、モグラ獣人の顔だった。
「止めたって無駄だからな。俺は行くぞ」
まだ誰も止めてなどいないのだが、モグラ獣人はそう言って穴の中へと身を潜めた。
圭と裕子はその様をしばらく見つめていたが、それからわずか数十秒後。
「どしたん?忘れモン?」
「俺はもう十面鬼の下には戻れない。でも、俺はモグラ獣人だ。ライダーどもの
世話になどならないからな。チュチュ〜」
モグラ獣人はそう言うと、再び穴の中へと潜っていく。裏切り者として追われ、
異形の身として人からも疎まれるであろう獣人の定め。しかし、モグラにはモグラの
道があるだろう。そう思いつつ、踵を返す二人の眼の前で、再び土煙が噴出する。
そこに現れたのは、またしてもあのモグラ獣人だった。
「助けておきながらこのまま見捨てるのかよぉ」
助けて欲しければ素直にそう言えばいいものを、見捨てていくなどと悪し様に言われる
筋合いはもちろんない。急ぎ足でもぐらに近づく裕子の全身に怒気が滲む。
「助けられておきながらどういう了見や、お前は!」
いきなり現れて何を言い出すかと思えばこのセリフ。怒りの裕子に鼻を掴まれ、モグラ
は穴から引きずり出された。
「いててててて!何すんだよぉ」
「ゼティマに代わってウチが引導渡したる!ちょっとこっち来い!!」
怒らせると怖いのは、何も十面鬼ばかりではない。命は取らぬまでも、一度コイツ
には判らせてやらねばならないと裕子は獣人を引きずって車のそばへと歩き始めた。
その時である。
「キョエーイ!モグラを連れてどこへ行くつもりだい?」
奇声を上げて現れたのは、紫色のライダースーツを纏った3人の女達。十面鬼の
放ったバイク部隊が、裕子の運転する車に追いついてここまでやってきたのだ。
鼻を掴まれたままのモグラ獣人にも、聞き覚えのある女達の声は当然届いていた。
「こいつらは十面鬼のバイク部隊だ。すぐにアマゾンを呼ぼう」
獣人の言葉に事態の急を察し、裕子はモグラ獣人の鼻っ面から手を離す。その視線
の先にいるのはもちろん紫の女達だ。
「デパートでウチらを見張っとったんは、お前達か」
「その通りだよ。どうやらお前達は腕輪の秘密を知ってしまったようだねぇ」
「こうなってしまった以上は、いっしょに来てもらおうか!」
敵わぬまでも黙って捕まるつもりはない、と取り囲むバイク部隊の女達に対して
拳を握って身構える裕子。モグラ獣人も立ち上がって女達と対峙する。そして
バイク部隊の女達は手のひらをかざして構えると、その正体である赤ジューシャ
の姿へと戻った。それを合図にどこからか、またも赤ジューシャの一団が現れ
二人の眼の前に立ちはだかった。
「ここは俺に任せて、アマゾンを呼んでくるんだ」
「そんな・・・あんたはどうすんの」
「赤ジューシャに遅れを取るモグラ獣人じゃない。行くんだ」
モグラ獣人に促され、裕子は圭を呼びに再びコンクリートの基礎があった辺りまで
走って戻っていく。彼女の後ろでは、モグラ獣人と赤ジューシャ達の奇声と怒声が
飛び交っていた。