窓口でチケットを渡し、二人は会場内へと入っていく。中には黄金の装飾品や
土器、そして墳墓から発見されたと思しきミイラ化した遺体などが展示されていた。
しかし、それらのいずれも圭の腕輪の謎を解く手がかりとなるものとは、到底
考えられなかった。
「見たところ、別に手がかりになるようなもんってないね・・・」
「うん・・・圭ちゃんのソレに関係なかったら絶対来てないね、こんなとこ」
金や翡翠のあしらわれた帝王の冠などは、それだけでも学術的にも美術品としても
価値の高いものであることは二人の目にも明らかだった。だが、そこに腕輪の謎を
解く手がかりはない。それに、仮にそれらの展示品の中に有力な手がかりを発見
出来たとしても研究者の資料として収集された物ならともかく、これらはいずれも
展示目的で公開されたものである。触ってみたいなどと言ったところで許可が
下りるはずもないだろう。
「何かハズレっぽいね、裕ちゃん」
「せやなぁ・・・さっさと出てブランドショップでも見にいこか」
展示品に早々と見切りをつけ、二人は足早に出口へと向かう。と、その時不思議な
物が圭の目に止まった。それは一見すると作りかけの織物か何かのように見えた。
長く走る一本の縄に色や長さの違う縄が簾状に結わえ付けられており、視線を下に
落とすと、この縄に関する簡単な説明書きが添えられていた。
『キープ〜結縄文字とも言う。古代インカ人は文字を持たなかったため、この
キープと呼ばれる縄の色や長さによって、数字や文字を表したといわれる』
この不思議な展示物の前で立ち止まり、じっとそれを見つめている圭に、裕子は
不思議そうにたずねる。
「圭ちゃん、この簾みたいなんがどないしてんの?」
「裕ちゃん・・・あたし、これ読めるかも」
ガラスの向こうにあるキープを指差して、圭がつぶやいた。二人にとって幸いだった
のは、これが広げて掛けられていた事で縄文字が判読できる状態にあったことだ。
もし丸めて無造作に置かれていたとしたら、二人はこのキープの存在に気づくこと
すらなかったかもしれない。
そして遂に、この色とりどりの縄に秘められた伝説が圭の心に語りかけてきた。
圭は縄の一本一本に視線を走らせ、その意味を読み解いていく。
今より遥か昔、「太陽の石」と「月の石」という二つの宝玉を白い衣を纏った
神の使いから授かった若者がいた。若者に対して神の使いは二つの石を持つ者が
国を統一する王になると預言したが、彼は若者にたった一つだけ条件を付けた。
それは、自分が王の座から退くとき、日食の日に二つの石を二人の若者に与えて
争わせ、相手の石を奪い取った者を次なる王にせよ、というものだった。
神の使いに石を与えられた若者は石の力で村々を自分の傘下に収めていった。
若者が石をかざすと敵の村には雷が落ちたような光が渦巻き、一瞬で敵の村は
焼き払われていた。敵対者を石の力でことごとく討ち果たし、若者は石の力に
よって村落を統一してインカの国を建国した。
それから時がたち王となった若者が遂に年老いてその座を退くことになったとき、
彼は二つの石を自分の二人の息子に与えた。その頃には、王の持つ二つの石は夫婦
である二人の神になぞらえられて大切に保管されていた。
王はある夜、二人の王子を呼びつけてこの二つの石を与えた。王と神の使いの
間で交わされた約束は当然二人に伝えられ、王子たちは互いに石を巡って争わねば
ならないことを悟った。
太陽神「インティ」と月の女神「パチャママ」になぞらえられた二つの霊石。
太陽と月は夫婦であるから、当然二つはつがいでなければならない。かくして、
太陽の石と月の石を授かった者同士はこれを互いに奪い合い、二神合一を
果たした者こそが天地を統べる王となると定められた。
インカの名は太陽神インティに通じ、インカの地の王はすなわち神に等しい。
二人の王子は我こそが神たらんと知恵を絞って石を守ることに腐心したが、やがて
共に考え付いたたった一つの方法こそ、「石を自らの体内に隠すこと」だった。
かくして神の使いに伝授された秘術によって石はそれぞれ二人の王子に移植
されたが、その時驚くべき出来事が起こった。なんと太陽の石を持つ王子は
漆黒の肉体を持つ人ならざる者に、そして月の石を持つ王子はまばゆい銀の鎧を
纏った戦士にその姿を変えたのである。二人の王子は定めにしたがって石の力を
振い、三日三晩闘い続けた。だが決着がつかず、遂に二人とも斃れてしまった。
約束とはいえ二人の息子を一度に失ったことを嘆き悲しんだ老王は、戦乱を
治めた以上は二度と石の力を使うまいと決心し、国一番の職人に命じて二つの石を
二つの腕輪に隠して神殿の奥に安置し、唯一腕輪を管理できる祭司「バゴー」を
任じてこれに当たらさせた・・・。
縄文字はここで途切れていたが、圭が腕輪の謎を知るのには十分であった。自分
が持つ二つの腕輪の中には、手に入れた者が世界の王になれる二つの石が隠されて
いる。このことを知ったとき、彼女の心の中によぎったのは村を離れたあの日の出来事
だった。
(あたしはおじいちゃんから、とんでもない物を授かったんだ・・・)
圭が読み取った縄文字の伝説は、もちろん隣にいた裕子もしっかりと聞き取って
いた。彼女は圭の腕に輝く二つの腕輪を眺めながら、秘められた伝説の意味を
彼女なりに受け止めていた。
(奴らの狙いの一端はこれで明らかになった・・・ん?)
その時裕子は、先ほどから二人の様子を窺う怪しい視線を感じ取った。それは
二人に先んじてこの博覧会の会場に忍び込んでいた、あのバイク部隊のものだった。
『圭ちゃん・・・ヤツらがおる。ウチらを見張ってる』
圭に小声で耳打ちする裕子。一方の圭も、キープのある展示ブースの付近に立った
時からただならぬ視線を感じていたらしく、裕子の言葉に答えて言った。
『もうここに用はないよ・・・出よう?』
二人は足早に会場を後にする。無論、そんな二人をバイク部隊が尾行しないはずは
なかった。二人が何らかの手がかりを得たことは即座に二人組の赤ジューシャに
伝えられ、再びバイク部隊が行動を開始した。