635 :
書いた人:
あさ美ちゃんは手を出さなかったけれど、その顔は不思議と爽やかで。
過去を急に突きつけられたことへの嫌悪もなければ、過去に追われつづける切迫感も無かった。
のんちゃんはあさ美ちゃんの眼をじっと見ながら、相変わらず手を伸ばしつづけていた。
「……のんちゃんも…まだ持ってたんだね、それ」
のんちゃんの掌を見つめてあさ美ちゃんは精一杯微笑む。
そう言って、胸元に隠れていたネックレスの先端を引っ張り出して…
「「あっ…」」
「…うん」
私たちの嘆息にあさ美ちゃんはもう一度、大きく頷く。
ネックレスの先にぶら下がる、少し大きめの木とガラスの細工。
いいや、のんちゃんが毎日見ていたものと全く同じ、あれ。
掌の中にある砂時計と全く同じものが、ゆらゆらと銀色の鎖の下で揺れていた。
636 :
書いた人:04/03/13 02:42 ID:vbTt+a7y
「のんちゃんにぶたれて…で、まこっちゃんの最後のお別れの歌も歌えなくって…
私なりに考えたんだ。
あの時はすぐに走り出せなかったけど、
でも…せめてまこっちゃんのことはいつも近くに感じたいな、って。
もしももう一度走り出そうとしたときに、私からまこっちゃんがいなかったら嫌だから。
だから…最後に一緒に行ったお店で最後に一緒に買ったもの…
近くに置いておきたくって」
鎖を離すと、白い胸の上で砂時計が弾んだ。
のんちゃんのと同じくらい傷ついて、汚れちゃってる砂時計。
ウエディングドレスの上では汚さが際立って見えるはずなのに、
私には…いや、多分のんちゃんや加護ちゃんたちにも、それは輝いて見えた。
「私にはこれがあるから…これがまこっちゃんだから。
だから…のんちゃんはそれ、持っててあげて。ずっと…ね?」
みんな…みんな、戦ってたんだね。
くじけそうになっても自分で考えて、だから時々傷つけあって。
637 :
書いた人:04/03/13 02:42 ID:vbTt+a7y
今度はのんちゃんがあさ美ちゃんに抱きつく。
あさ美ちゃんの温度を右頬に感じて…
あれ?
なんでこんなにあさ美ちゃんの感触が弱く感じるんだろ?
この一週間で大分馴染んだはずののんちゃんの身体。
いつもだったら、まるで私自身の身体を使ってるみたいに、すぐそこに全てを感じる。
なのに、今はまるでゲームセンターにいるときみたいな、あんなふわふわした感触。
638 :
書いた人:04/03/13 02:43 ID:vbTt+a7y
何かを…内容が聞き取れないけれど、何かをのんちゃんとあさ美ちゃんが話している。
いや、話しているような気がする。
あさ美ちゃんの顔が、ぼんやりとしか見えない。
あれ…?
なんだ、あさ美ちゃんじゃん。
あさ美ちゃん……16歳のあさ美ちゃんがウエディングドレスを着ているように見える。
ぼんやりとした、殆ど何も見えない世界。
エヘヘ…あさ美ちゃん、なにびっくりしてんのよ?
あさ美ちゃんが驚くのって、すぐ分かるよ。
だってさぁ…片手を口に持っていって、それでちょっと固まるんだもん。
それでキョロキョロしてさぁ…でも、それがすっごく可愛いよね。
いやいやいや…そんなに肩揺さぶられても困るよ。
酔っちゃうから…ただでさえぼんやりとしか分かんないのにさぁ…
639 :
書いた人:04/03/13 02:44 ID:vbTt+a7y
あれ?
加護ちゃんかな?
いやぁ…痩せたねぇ…
何泣いてんのよ?
…………あさ美ちゃんも何で泣いてんの?
折角ウエディングドレス着てるんだから、泣いちゃダメでしょ?
……ウエディング…
…砂時計?
……そうか
10年後に来てたんだっけ。
薬の効果が切れるんだね。
なんとなく分かった。
私の周りを渦巻いていた青色の光の筋が、段々小さくなっていってるから。
そろそろお別れかな…
640 :
書いた人:04/03/13 02:45 ID:kBu2SiMK
―――
「まこっちゃん! 身体貸すから…最後に…」
周りの人たちのことなんか一切無視して、私は自分に叫びつづけた。
それなのに、ちっとも何も言ってこない。
まこっちゃんが私の身体を使いやすいように、私の意識をどんなに鎮めても、
それでもまこっちゃんは何の反応もしてこない。
「……のの、諦めや」
「まこっちゃん…最後まで諦めないで!」
折角…折角、紺野ちゃんと喋れるようになったんだよ?
紺野ちゃんにいつまでも忘れないでいて欲しいんでしょ?
大丈夫、紺野ちゃんはきっとまこっちゃんのこと忘れないから…だから!
だから…最後に、お別れくらい自分の口で言っていきなよ…
641 :
書いた人:04/03/13 02:46 ID:kBu2SiMK
―――
意識の下のほうから、段々何かに吸い込まれていくような感触。
そっかぁ…3人が2000年から戻ったときは、寝てる間に戻ったんだもんね。
私みたいな経験したこと無かったんだよなぁ…
まあ、金輪際こんな経験したくないけどさ。
伝えたいことは全部手紙に書いたから。
だから………だから、思い残すことは……
思い残すことだらけだよ。
多分実体がここにあったら、顔が涙でぐしゃぐしゃになってる。
伝えたいことは伝えられても、それでもやりたいことってあるじゃない。
手紙にはおめでとうもありがとうも、元気でねも好きだよも、そしてさよならも全部書いた。
でも…言いたいことは全部書いたとしても、それでも私から言いたいことがあるじゃない。
もう殆ど消えかかった青い光が、一瞬だけ輝いたように見えた。
642 :
書いた人:04/03/13 02:46 ID:kBu2SiMK
―――
目を開けると、石段に並んだ全員が私を不思議そうに見ていた。
あさ美ちゃんは涙で顔をぬらして、そして私の肩をギュッと掴んでいて。
もう…そんなんじゃ、あとでお化粧直すの、大変だよ?
「……のの…?」
加護ちゃんに向き直って、そしてニヤッと笑ってみる。
彼女は気付いたんだろう口をぽかんと空けて、しばらくするとぶわっと泣き出した。
それに頷いて、そして花嫁さんを眺める。
「あさ美ちゃん……」
「?」
「あさ美ちゃん…私だよ」
「……まこ……っちゃん?」
「うん。花嫁さんがそんなに泣いちゃダメだよ。
もう、行かなくちゃいけないから…元気でね」
私の声は、多分涙でぐずぐずになっていただろう。
私の顔は、いつものあの、情けない泣き顔になっていただろう。
のんちゃん…ごめんね、化粧あとで直してね。
643 :
書いた人:04/03/13 02:47 ID:kBu2SiMK
「ッ!? ……行かないで! 折角また会えたのに…」
分かってくれた?
そうだよね、あさ美ちゃんだって私のせいであの薬飲んだんだもんね。
膝から崩れ落ちそうになる彼女の肩を、しっかりとお婿さんが抱き止める。
とっても、とってもお似合いだよ。
「うん…元気でね」
あさ美ちゃんがいやいやをした。
でも…もう笑うしかないよ。
晴れ上がった空。
灰色の石段。
居並ぶみんなの顔。
あさ美ちゃんの晴れ姿。
私は…この光景を一生忘れないだろう。
644 :
書いた人:04/03/13 02:48 ID:kBu2SiMK
「…のんちゃん、色々ありがと」
「うん、面白かった…元気で」
「のんちゃん…これからはのんちゃん次第でどうにでもできるんだよ。
だからさぁ…前だけ向いていってよ…それこそノン・ストップってヤツで」
「…バカ」
頭の中でいつものあの声が聞こえた。
こっちにいるうちに喧嘩もしたけど、でも最後にここまで来れたのは、あなたのお陰だから。
次第に足元から何かが崩れ去っていく感覚。
そして代わりに、何かが浮かんでくる感覚。
のんちゃん、そうだよ。これからはあなた次第で全てが決まる。
私の意識が無くなって崩れ去るこの身体、受け止められるのはあなただけ。
……そして、すべてが吹っ飛ばされる、あの感触。
645 :
書いた人:04/03/13 02:50 ID:HI8VWZUG
―――
「…辻ッ!! 小川は…!?」
教会の芝生の向こうから、駆けてくるひとつの影にみんなが振り返る。
つんくさん…大遅刻ですよ。
一昨日のヘロヘロの感じからは打って変わって、そう、これでこそつんくさん。
保田さんの作ったスーツが、まるで何年も前からずっと着ていたみたいにぴったし。
「今…帰りました」
「そう……か…」
不思議と、彼の顔は爽やかだった。
紺野ちゃんが私に抱きつく。
あいぼんは、掌に花びらを包んだまま、泣いて笑っていた。
つんくさんの顔は、何かしらの達成感に包まれていた。
中澤さんも飯田さんもなっちゃんも、
おばちゃんもやぐっさんもごっちんも、
梨華ちゃんもよっすぃ〜も愛ちゃんも、
マメも美貴ちゃんも亀ちゃんも、
シゲさんもれいなも、みんなみんないた。
彼女だけが、いなかった。
鳩が一羽はばたくのを、私はずっと目で追っていた。
646 :
書いた人:04/03/13 02:50 ID:HI8VWZUG
――― 2003年12月19日 早朝
気持ち悪い…ジェットコースターに何周も乗せられたみたいな…そんな経験無いけど。
目を開いた私の前には、私が行ったときと同じように、つんくさんが立っていた。
「小川……お帰り…でええのかな?」
「あぁ…えっと…はい」
「それで…未来には…」
「行けましたけど…でも、ちょっと失敗ですね、これ」
私の言葉につんくさんははにかむような、微妙な顔をした。
10年後のあのつんくさんとは全く違う顔。
647 :
書いた人:04/03/13 02:51 ID:HI8VWZUG
「まあ、それは追々聞くとするわ」
それだけ言うと、彼は手を差し出した。
その中にあるのは、見慣れた私の携帯。
私の目をじっと見ながら、つんくさんは笑いつづける。
「紺野と仲直りする気、ちょっとは出たんちゃうか?」
「……」
「もう紺野、起きとるやろ?」
「……」
「出来る内にやっておく、基本とちゃうか?」
「はい!」
携帯を開くと、着信が何件か入っていた。
全部が全部、あさ美ちゃんで。
ゴメンね、出れなくって。だから今度は私が電話する番だよね?
リダイヤルを押す、二回だけ電話が鳴ると、不安そうな声が聞こえてきた。
「…もしもし? あさ美ちゃん!? あのね…」