588 :
書いた人:
――― 時間は少しだけ遡る
「……あ、ほら!! 飯田さん!!」
「いぃ〜ださ〜ん! アハハ……照れてる照れてる」
周囲の視線に真っ赤になって、飯田さんは唇をひん曲げながら歩いてくると、
「ちょっと、大声で叫ばないでよ、恥ずかしい」と、ぶぅたれた。
気だるさが増して、そして少し痩せたかな?
長い髪と大きな瞳は相変わらず、妖艶さが2倍増し。
同窓会ってこんなんなのかも…出たことないけど。
10年経ったからって、流石に『これ誰?』って言うほど変わってたりはしない。
それでも式場に入ってからというもの、のんちゃんもまるで10年前に戻ったみたいにはしゃぎ始めていて。
彼女の瞳に映るみんなを見るのが、すっごく楽しい。
589 :
書いた人:04/03/08 04:11 ID:8MPEuFgg
石川さん石川さん、結婚式の主役はあなたじゃないんですよ? 分かってます?
ピンク色のドレスは眩しいくらいに目を引くけど…まあ、白じゃないだけ良しとしよう。
おマメ…何だ、その妙な貫禄は。飾った風じゃない、でもおしゃれなパンツスーツがよく似合う。
…ってあんた、何でタバコ吸ってんの!? 不良だ不良。
一人一人に心の中で挨拶と突っ込みを一通り入れ終わった後、、
のんちゃんも私に気兼ねしたのか、みんなの近況をそっと教えてくれる。
ロビーのソファーに腰掛けて、アイドルをとうに辞めてもそれでも華のある集団を見るのは楽しい。
だってほら、通り過ぎる男の人たち、すぐに振り返ってるもん。
590 :
書いた人:04/03/08 04:11 ID:8MPEuFgg
「どう? みんな全然違うでしょ?」
「ううん、そんなことない」
少し笑いながら、それぞれの顔と全体をスキャニングしていく。
その絵を一緒に見つめながらの私の返事に、ちょっと驚いた風に肩をすくませた。
でも満足げに頷いて、大きなガラスの向こうに見える外に目を凝らす。
いい天気、蒼い空がほんのちょっぴりだけ見える。
「今ンとこ、マスコミとかも大丈夫だねぇ」
「……そういえば、誰もいないね」
「マメが色々手ぇ回してくれたからね」
……おマメ、あんた一体今何やってんだ。
私の疑問を予想したのか、のんちゃんは口を両手で包んでその中に笑い声を封じ込める。
「いやいや、ただの…ただの、か? ともかくプロダクションの社長さんだよ。
うちの事務所の子会社だけど、ね」
「あぁ、そーいうことね」
「バカにできないよ? すっごいから、マメの実力。
いつか独立すんじゃない? 競業避止がネックだけど…」
『実力』って言ってのんちゃんは右腕をぱんぱんと叩くけど…おっさんくさいって、それ。
最後の言葉の意味がさっぱり分かんなかったけど、おマメの貫禄の意味は十分。
ただタバコは止めときなさいよ?
591 :
書いた人:04/03/08 04:12 ID:8MPEuFgg
10年前みたいにみんながみんな、同じ衣装を着てるわけじゃない。
ドレスもいれば、スーツもいるし、安倍さんの着物はホントに綺麗。
髪型だって思い思いに、結ってる人もいれば、綺麗にセットしてる人もいる。
でもこの不揃いな感じが、私の目には眩しい。
みんなが10年前同じ衣装を着ていたのは、ホントにただの偶然だったんだ。
私が死んでからみんなは衣装を脱いで、そしてそれぞれの道を歩み始めて。
不揃いでもこんなにロビーの一角が輝いているのは、きっとみんながそれぞれの道で輝いているから。
……あさ美ちゃんも、輝いているといいな。
「つーじー…お疲れ様」
私の思考は、保田さんの声で断たれた。
目は真っ赤で、塗りたくったファンデの下にうっすらとクマが見える。
それだけ見れば、昨日の激闘を聞くまでもなかった。
のんちゃんもそれを悟ったんだろう、ソファーから下りるとぺこりとお辞儀。
「おばちゃんこそ…お疲れさま……できた?」
と、保田さんはウインクをして親指をグッと立てる。
顔はヘロヘロなのに、その誇らしげな立居振舞いがとっても面白くて。
592 :
書いた人:04/03/08 04:13 ID:8MPEuFgg
「すぐにタクシーで届けさせたから…ほら、私は自分の準備もあるからさ。
3時間も前に届いてると思うんだけどなぁ…」
保田さんは髪を撫でながら、ロビーの一団を見遣る。
つんくさんの姿だけ、まだここにはない。
そして入り口の大きなガラス張りのドアにも目を遣るけれど、つんくさんの影は見当たらずに。
「ホントにさぁ、つんくさん来んのかな?」
保田さんの声は高い天井に跳ね返ると、絨毯の床に吸い込まれた。
その言葉は絨毯からじわーっと広がって、壁を伝って私たちを包み込むような錯覚を覚える。
その言葉を今すぐにでものんちゃんが否定してくれると思ってた。
「そんなことない」って、怒ったみたいな調子で。
早く否定してくれないと、私たちをオムレツみたいにぱっくりと包む言葉が、そのままホントになっちゃいそうで。
でものんちゃんは保田さんに目を向けずに、じっとガラスの向こうの青空を見ていた。
593 :
書いた人:04/03/08 04:13 ID:8MPEuFgg
「……今までずっと外に出てこなかったのに…今日いきなりここ来れるのかな?」
やめてやめてやめて。
声を振り絞って叫んだけど、この声が保田さんの耳に届くはずもなく。
のんちゃんは私の声にピクリともせず、さっきから視線を動かさないで。
「やっぱり…私が届けに行った方が良かったかな?」
「どうして今日いきなり来る気になったか知らないけど」
「それって、何があっても変わらないくらい強いものだったのかな?」
「ねぇ、辻?」
悪意も何もない、淡々としたその声が余計に響く。
保田さんは知らない。
つんくさんがこの10年間何をしてたか。
一昨日、つんくさんは何を失ったか。
でもそれを知らないからこそ、希望的観測を伴わないからこそ、余計にその言葉は鋭くて。
耳を塞ぎたくても塞げない。
594 :
書いた人:04/03/08 04:15 ID:LVVMB7q9
「うん」
それだけ答えると、のんちゃんは斜め上を見上げて保田さんに向き直る。
それだけの返事に呆気にとられたのか、保田さんはきょとんとしていた。
「うん……大丈夫だよ」
「?」
「何で遅れてるのか知らないけど…大丈夫だよ」
「でも…」
「だってさ、来て欲しいじゃん。つんくさんに
……だから、大丈夫だって」
毅然とそう言ったあと、エヘヘへ…と、照れたように笑う。
何か言いかけたけど唇の端から言葉を息にして漏らして、保田さんも笑った。
595 :
書いた人:04/03/08 04:15 ID:LVVMB7q9
―――
ステンドグラスとキャンドルの灯りだけが、ほのかにあたりを照らす。
チャペルの中の薄暗さって何かに似てる…そう、ステージ裏のあの感じかな。
前の方でパイプオルガンとセロが聴いたことのある曲を奏でていた。
私たちが入った一瞬、ちょっとしたどよめきが所々から上がったけれど、
でもその声も、教会の静謐さの中に吸い込まれていく。
一番通路寄りに陣取ったのんちゃんに、隣で加護ちゃんが時計を睨みつけながら呟いた。
「なぁ…のの、つんくさん遅すぎん?」
「うん…心配だけどさ、やっぱり待つしかないよ」
「一応さっき電話してみたんけど、出ぇへんし」
「………でも、きっと来るよ」
「そやね」
あさ美ちゃんのおばさんの後姿が最前列に見える。
あさ美ちゃん、どうなってるんだろう。
痩せたかな? 太ったかな? 変わってないのかな?
ドキドキする。
オーディションの結果を聞いたときと同じくらい、3人が待ってる屋上のドアを開けたときと同じくらい。
いや…私だけじゃない。このドキドキは、のんちゃん自身のそれ。
心なし早まる鼓動を抑えきれずに、きょろきょろと辺りを見回す。
596 :
書いた人:04/03/08 04:16 ID:LVVMB7q9
「なんでののが緊張してんの?」
怒られた……と思った瞬間、演奏が止んだ。
余韻が微かにだけど、私たちを包み込む。
神父さんが祭壇に立って、満面の笑顔で私たち一人一人の顔を見回した。
もうすぐ、あさ美ちゃんに会える。
神父さんの言葉は私の頭には殆ど入らない…多分それは、のんちゃんも一緒なんだろう。
彼女の視線はきょろきょろと一点に定まらないで。
さっきから左手にはギュッと、砂時計が握られていた。
あさ美ちゃんに渡すんだもんね…きっとチャンスあるよ。
そしてその時絶対、仲直りできるからさ。
「それでは結婚式の前に、いくつか大切なことをお伝えします」
……あさ美ちゃんはどんな10年間を過ごしてきたんだろう。
「式の中で賛美歌を歌いますが、その時は是非、みなさんも二人の幸せを祈って…」
……ただ過去を忘れようと、あがいた10年間?
「もっとも大切なことですが、私が『アーメン』と言ったら、皆さんも…」
……それとも何か未来を見据えた10年間?
「『アーメン』というのはキリスト教でもっとも大切な言葉、その通りになってくださいという…」
そのどっちもなのかもしれない……けれど。
「…それでは新郎はご用意を…みなさんは中央をお向き下さい!」
そう! 大切なのはこれからだから。
597 :
書いた人:04/03/08 04:16 ID:LVVMB7q9
すくっとバージンロードに人影が立つ。
この人が…あさ美ちゃんのお婿さんか…
高めの背、落ち着いた感じの口元…そしてなにより、優しそうな二重の目。
腰が抜けるほどかっこいいってわけじゃないけど、あさ美ちゃんが選んだ人。
あさ美ちゃんよりちょっと年上かな…緊張しているのか、じっと正面を向いたまま。
…くぅ、この幸せ者め。
あさ美ちゃんをお嫁さんにできるなんて…でも優しそうだから大丈夫だね。
と、バカなことを考えていたら…なんか妙な視線を背中に感じる。
「…のんちゃん、ちらっとでいいから後ろ向いてくんない?」
のんちゃんが後ろを一瞥すると、そこには15人が一斉に新郎を睨みつける視線。
いやいやいや…なんで睨みつけてんのよ。
と、真後ろの加護ちゃんの呟きが微かに聴こえる。
「……紺野ちゃん泣かしでもしたら、許さへんからな…」
……そういうことね。
向き直ったのんちゃんの目付きも、多分焼きそば食べられなかったときみたいなあの目線。
お婿さんが前しか見てないのが、ちょっぴり分かる気もした。