モーニング娘。の水着写真掲載について

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518書いた人

痛かった。
漏れ聴こえる嗚咽を私は耳を塞ぐこともせず、ただじっと受け入れるしかなかった。
この10年間の中で初めて、つんくさんは感情を暴発させたのかもしれない。
その気持ちを受け入れることも、そしてつんくさんに何の慰めの言葉も持っていない自分も、すべてが悲しくて。
その悲しみが、痛い。

加護ちゃんはただ優しく、つんくさんを見詰めていた。
ソファーに浅く腰掛けて、前のめりに手を組んでいるその様は、
16歳の加護ちゃんからは連想も出来ないような大人の様(さま)で。
30分ほど前の怒りの表情はもう遠く彼方へ捨て去ってしまって。

つんくさん、あなたの考えたことは、確かに間違っていた。
時間の分岐の可能性を考えなかったし、そもそもこの機械を復元することも難しいから。

でも………

でも私は今、最高に嬉しいんですよ?
10年間、一瞬たりとも私から目を背けずにいてくれたことが。
確かに色んなものを失って、色んな人を傷つけたけれど、それでもずっと一点を見詰めて走りつづけていたことが。
519書いた人:04/02/26 19:09 ID:EpaSX1Bx

色んな感情が頭を駆け巡ってごちゃ混ぜになって。
何から声に出せばいいのか分からずに、少しオロオロする…と、

「まこっちゃん…ちょっと一回バトンタッチ」

え……?
返す間もなく、私の意識はのんちゃんの身体の奥底へと引きずり込まれていく。 
ちょっと…一瞬声をあげたけど、
それにも構わずにまっしぐらにのんちゃんは意識の最上部を目指す。


―――

「……つんくさん」

つんくさんの肩に手を触れた瞬間、のんちゃんの指先が微かに震える。
布を通して触れたそこは、肉付きなんか無いって言っていいほどガリガリで。
でも…それに驚いて手を引きかけたけど、のんちゃんは却ってぐっと力を込めた。

「……のの…か?」

斜め後ろから、前髪に遮られる顔を僅かに覗き見て加護ちゃんが声をあげたのと同時に、つんくさんも顔を上げた。
ただでさえ男の人にしては小さめのその身体が、萎(しぼ)んじゃったみたいに見える。
520書いた人:04/02/26 19:10 ID:EpaSX1Bx

のんちゃんを見上げるつんくさんの目は、病人のような赤。
のんちゃんの表情は分からないけれど、瞬きすらせずにじっとつんくさんから目を離さない。
と、頬の筋肉が少し上がって、ふっと静かな吐息が漏れる。
のんちゃんが、笑った。

「つんくさん…頑張ったんですね」
「でもな…辻、お前かて分かるやろ? 全部無駄だったんよ。
俺の考えた理論も、この10年間も、この完成してない機械も、みんな…」

悲しい時って、優しい言葉をかけてもらえばもらうほど、余計に涙が出てくる。
家までグッと涙をこらえてきた子どもが、母親を前に堰を切ったように泣きじゃくるように、つんくさんは泣いた。
その言葉の一つ一つに、のんちゃんは微笑みながら頷いて。

「…でも…えっと…だからこそ、つんくさん」
「……」
「もう頑張らないでいいんですよ」

ハッと顔を上げたつんくさんの顔に浮かんでいたのは、おそらく絶望の色。
521書いた人:04/02/26 19:11 ID:EpaSX1Bx

その絶望を認めたはずなのに、いいや、受け入れたからこそ、のんちゃんは続けた。

「まこっちゃんが別の…まこっちゃん死んでない所から来たから、
確かにつんくさんがこれを完成させても、もう何の意味も無いかもしれません。
でも…それって、もう十分だって。
これからはつんくさん、
自分のために時間を使っていけばいい、ってことを知らせてくれたんだと思いますよ」

言葉を選び選び、つっかえたり途中で考え込んだりしながらも、のんちゃんは言い切る。
そしてつんくさんの脇に回りこんでしゃがみこむと、加護ちゃんはつんくさんを見上げた。

「もうまこっちゃんにいい曲作ってあげることは出来ないですけど、
でもうち、『砂時計』めっちゃ気に入ってますよ?
まこっちゃんも多分これ聴いたら、きっと喜ぶと思いますし。
もううちらも、まこっちゃんが死んでもうたことは静かに受け入れな、と思うんです」

ゴメン…加護ちゃん、もう聴いちゃったんだ、その曲。
つんくさんがこんなメロディーかけるんだって思うほど、ホントにびっくりしたよ。
そしてモーニング娘。がこんな歌い方できるんだって素直に驚いた。

二人の言葉が余計につんくさんの感情に触れるらしく、また彼は顔を手で覆い隠してしまった。
でも……その表情にもその声にも、もう後悔は無くて。
まるでこの10年間にお別れを言っているみたいな、そんな感じ。
522書いた人:04/02/26 19:11 ID:EpaSX1Bx

―――

「……俺のこれから…か。想像もつかん」
「誰かて想像もつきませんよ。できることから、ですって」

玄関先、もう午前0時を回ってかなり経つ時間。
暖かい光を放つ照明も、広いホールのすべての闇を埋めるには不十分みたいで。
つんくさんの顔つきはすこし光が翳っていたけれど、
私たちは…少なくとも私は、安心していた。

「小川は…いつまで居れるんや?」
「分かんない、って言っといてくれる?」
「……分かんない、ですって」
「そっか…ホンマはもっと話したかったんやけど、実体が居候やからな。
辻の仕事に影響出してもあかんし。
俺が元あった薬使うて作ったんやったら…そんなに長く居れんと思うで」

寂しそうに人差し指で頬を掻く。
その顔はやつれてはいるけれど、あの保護者ぶった10年前のつくんさんにそっくりで。
523書いた人:04/02/26 19:12 ID:EpaSX1Bx

「え……長くいないって、どれ位ですか?」

何だのんちゃん、そんなに居候を追い出したいのかい…
と思いきや、その声の切迫感にそんな感情が無いことに気付いた。
のんちゃんの勢いに気圧されたのか、僅かにつんくさんは身を反らす。

「いや…完璧に推測やけど。
残っとった薬って、安倍が返してきたんとちょっとだけやったし。
同じくらいの量でお前らが3年前に2か月分帰ったこと考えればなぁ…
10年移動しとるしなぁ…いやでも、未来やったらまた計算違うかもしれんし…
長くて2週間、ってとこちゃうか?」

2週間かぁ…
軽い溜息を漏らしたのんちゃんと一緒に、私も溜息を漏らしておく。
残り…10日無いなぁ…
524書いた人:04/02/26 19:14 ID:+DcG8NXM

私たちはいつまでも、玄関先でブーツを履いたまま立っていた。
ここにいれば、10年間を埋められるような気がして。
次第に途切れていく話題に、徐々に沈黙の占める幅が増えていって…

と、加護ちゃんはパンと両手を合わせると、突然のんちゃんの耳元に口を寄せる。
…ちょっとドキドキしたのは内緒だ。

「…のの、つんくさん、紺野ちゃんの結婚式に…」
「…ッ!!」

顔を放した加護ちゃんに満面の笑みで頷く。
悪戯を始める前みたいに、加護ちゃんは目を細めて笑った。
そしてつんくさんを見上げると、大きく息を吸う。

「つんくさん…これからのつんくさんが始まる第一歩、見つかりましたよ」
「……なんや? その悪巧みしてますぅ、って感じの顔は」
「…ふふ、うちとののの最後の悪戯ですわ」
「つんくさんのタバコに爆竹包んだのに比べれば、可愛いもんだよね」
「…あれお前らやったんか…死ぬかと思ったで、ホンマ」
525書いた人:04/02/26 19:14 ID:+DcG8NXM

一瞬の静寂を経て、のんちゃんと加護ちゃんが頷きあった。
そして…私も、声を揃える。

「「紺野ちゃんの結婚式、出ましょうよ!!」」
「あさ美ちゃんの結婚式、出てください!」

鳩が豆鉄砲食らった…その表現は今の瞬間を捉えるためにあるんじゃないか。
血走った目をまん丸にして、つんくさんはぽかんと口を開けた。
でもそれもほんの一瞬、すぐに真面目な顔つきに戻ると諭すようにかがんで目線を私たちに揃える。

「あんな…辻、加護。紺野の結婚式あさってやろ?
常識的に、三日前に『やっぱり出ます!』ってんは、通用せんで?」

つんくさんにしては常識的な発言に、二人は顔を見合わせてニマー、と笑った。
笑ったまま、つんくさんの反論なんかものともしないように、のんちゃんは首を傾げる。

「そこで非常識にやっていくのが、つんくさんなんですよ」
「……!!」

瞬間、つんくさんの馬鹿笑いが玄関を包み込んだ。
それにつられて、加護ちゃんものんちゃんも、そして私も笑った。
こんなに笑ったの、久しぶりってくらいに笑った。
526書いた人:04/02/26 19:15 ID:+DcG8NXM

―――

「寒い寒い寒い寒い寒い……」
「寒いって言うなや! 余計に寒くなる」

東京だって言っても流石に深夜の路上の風は冷たくて。
マンションを出た瞬間、私たちは少し足を速めた。
もうつんくさんのことは誰も言わなかった。
あの場でつんくさんは「うん」って言わなかったけれど、多分大丈夫。
あの笑い方は、「馬鹿げたことを」っていう笑いじゃなかったもん。

「タクシー捕まえないとなぁ…捕まるといいけど」

幹線にを前にして、行き交う車のランプを遠目に眺める
と、加護ちゃんがのんちゃんの前に踊り出た。

「なぁ、のの?」
「?」
「何で最後に、あんなこと聞いたん?」

さっきまで道路に置いていた視線を加護ちゃんの真っ白な顔に合わせる。
527書いた人:04/02/26 19:15 ID:+DcG8NXM

つんくさんの家を出る直前、のんちゃんは振り返った。
『何でまこっちゃんは沢山ある分岐の中で、ここに来ちゃったんですかね?』
私は別に疑問にも思っていなかったけれど、のんちゃんはそう口にした。
つんくさんは当然のことながら何も答えられずに首を振るだけで。
加護ちゃんに至っては何でそんなことを聞くのか分からずに、宇宙人を見るみたいな目付きをしていた。

「…いや、なんかね。なんとなく不思議に思っただけ」
「そうか…んならええけど」

それだけで二人のやり取りは終わって。
そして毅然と道路に向かって右手を上げる。

二人の会話やその挙動を私は脇に見ながら考えていた。
もしもあと少ししかここにいられないんだったら、何かできることは無いんだろうか。
私は私の一番やりたいことを、やらなきゃいけないことを…

タクシーの軽いブレーキ音が私の心を引き戻す。