424 :
書いた人:
―――
「・・・って、何で東京駅?」
「いや、だってさ・・・あいぼん、東京は怖くて一人で歩けん、とか言うし・・・」
恐ろしい勢いで通り過ぎる人波を前に、溜息混じりにのんちゃんが呟いた。
東京駅の方が遥かに人が多くて怖いと思うんだけどなぁ・・・
大体娘。にいた時は、平気で東京だろうが原宿だろうが歩いてたのにね・・・
新幹線改札口の出口の本屋さんで、ファッション誌を立ち読みしながら、時折外に目を移す。
「いつもね・・・あいぼんが来る時は、ここで待ち合わせてるんだ。
改札口で待つと目立つしねぇ・・・」
「待合所とか使えばいいじゃない」
「でもさぁ、どうしたって目立つじゃん?
それ以前にあいぼん、『あんな不気味な鈴で待ち合わせは真っ平』とか言ってたし」
「銀の鈴かぁ・・・まだあるんだ」
他愛も無い会話をしながら、私は考えていた。
どうなってるんだろ、加護ちゃん。
425 :
書いた人:04/02/09 16:16 ID:UTADwMeU
石川さんはあまり変わってなかった。
10年経ってもずっと芸能界にいるから、やっぱり急激に変わることは無い。
保田さんは・・・スマートに変わってたなぁ・・・
それでもやっぱりずっと東京で過ごしているから、根元が変ってない感じ。
どうしよう・・・ビア樽みたいになってたら。
うーん、その時はなんて声を掛ければいいのかなぁ・・・
のんちゃんにそのことを尋ねたところ、
『ん? 見てのお楽しみだよ』
と、軽く流されてしまった。
なんだろう、お楽しみって。鳥獣戯画みたいになってるんだろうか。
私と同じで、のんちゃんもさっきからどことなく落ち着きが無い。
でもその落ち着きの無さは、私の持ってる不安感とは違う、
好物が給食の日の4時間目みたいな落ち着きの無さ。
さっきから本と路上との視線の往復が、嫌に頻繁になってきてる。
426 :
書いた人:04/02/09 16:16 ID:UTADwMeU
「9時30分・・・もうそろそろかな?」
のんちゃんのその言葉に、心なし改札から吐き出される人並みが増えたように見えた。
もう本を持ってる意味なんて殆ど無く、のんちゃんの視線も人の群れを走査していて。
いや・・・今のんちゃんが一瞬目を止めた人、明らかにバーコード頭のサラリーマンでしょ。
そりゃ失礼だって、加護ちゃんに。
改札付近を視線が彷徨うけれど、一向にそれらしい人影は見当たらなかった。
「あれれ、おかしいね。いつもだったら、窓の外から手とか振ってくるのに・・・」
「ホントにこの時間だったの?」
「うん、さっきマネージャーに調べてもらったよ。
あいぼんが乗った電車、27分に駅に着いてるはずだけど・・・」
不安げに外を見やっても、次第に人ごみのピークは静まっているみたいだった。
さっきより落ち着いて改札から出てくる人を見るけれど、一向に加護ちゃんは現れない。
427 :
書いた人:04/02/09 16:17 ID:UTADwMeU
「電車、遅れたのかな?」
「うーん、でもさっきの人の群れって、新幹線から降りた人だと思うんだけどなぁ・・・」
「ちょっと、ここから出て電話してみれば?」
「そだね」
思わぬ事態にのんちゃんも慌てているのか、雑誌を手荒く畳むと走り出さん勢いで振り返る。
が、振り返って走り出そうとしたのに、のんちゃんはピタッと止まった。
「あ」
「え? なに?」
振り返ったすぐ後ろには、若い女の人が立っていて。
一瞬、その人がいたから走り出せなかったのかと思った。
けど、
「のの、久しぶり・・・で、まこっちゃんも久しぶり・・・・・・でええんか?」
「あ、うん・・・」
こげ茶色のストレートの髪が肩の辺りまでかかっていて、白い肌を覆っている。
黒い細淵のメガネの先には、少し釣り目がちな、それでも優しい目が笑っていた。
卵形の顔の中で、薄い唇が笑みを浮かべていて。
そして・・・何より・・・・・・・・・細い。
・・・加護ちゃん?
428 :
書いた人:04/02/09 16:18 ID:UTADwMeU
「のの、さっきから後ろにおったのに、ずーっと気付かんで、ぶつぶつ独り言言っとるから・・・」
「声掛けてくれたっていいじゃん。まこっちゃんと話してたの」
「うん、後ろでその様子見とって、確信持てたわ。やっぱりまこっちゃん、来とるんね。
なんかうち見て言うとる?」
「いや・・・・・・ほら、まこっちゃん。あいぼん・・・10年後のあいぼんだってば」
私の知ってる加護ちゃんと全然違って、呆気に取られていたのだ。
着ぐるみを二つほど脱ぎ捨てたのか、あまりにスリムになっていて。
ノースリーブのニットから見える腕も、スカートの下にストッキング越しに見える脛も。
10年前よりは、13年前に近い。
ただ、目だけは。
目だけはずっと変わらずに、悪戯っぽくて強くて優しい、あの目だった。
「・・・あいぼん、なんでニットなのよ。今はブラウス系が流行なのに」
「東京の流行が日本の流行とか思わんといてや。向こうでそのかっこすると、かなり浮くんよ」
「まこっちゃぁ〜ん・・・ダメだ、多分あいぼんの変わりようにびっくりしてるんだ」
「そんなに変わったかなぁ・・・? 昔からこのセクシーキュートな所は変わっとらんと思うけど」
「一時期ダニエルになりかけたけどねぇ・・・」
「なんか言うたか?」
429 :
書いた人:04/02/09 16:19 ID:UTADwMeU
私はとっくに驚いてなんかいなかった。
ただ懐かしく二人の様子をしばらく見ていたかった。
でっかいバッグを両手で必死に持ちながら、加護ちゃんはのんちゃんの後をひーこら付いて来て。
それを見て少し笑うと、のんちゃんはバッグの一方の持ち手を無言で掴んだ。
シナリオに書かれていたみたいに当然にその好意を受け入れると、加護ちゃんはお礼も言わず、ただにっこりと微笑んで。
そんな掛け合いは、10年前と全く変わっていなかった。
「・・・・・・で、なに? やっぱり今日も新しいヅラなの?」
「ちょッ・・・まこっちゃんが変な誤解してまうからやめてや、そういうの。
地毛や、地・毛。なんか妙に生意気になったなぁ・・・」
「そう? まあ、まこっちゃん中にいるからかもね」
ずっと離れてた二人が再会したんだもん。
しばらくは、私は黙っていよう、そう思っていた。
のんちゃんも加護ちゃんも私の意図を察したのか、反応を求めることはせず。
思い出話のように、この10年のことを話してくれた。
430 :
書いた人:04/02/09 16:23 ID:zXszB6My
「いや、でもねぇ・・・あいぼんがこんなに痩せたの見て、一番びっくりしたの、私だったけどね」
「松本さんに『今度までに痩せてくる』って言った手前、うちなりのけじめやと思っとったからな。
あの3年間で歌とかダンスとか色々させてもらって、心残りって言うたら、リベンジすることくらいやったし」
「見事、成功・・・・・・だったね」
クシシ、と顔を見合わせて笑う。
よっぽど痛快だったのか、私の目の前にもその光景が広がってきそう。
「うちが辞める、って言うた時も、随分ののと喧嘩したなぁ・・・」
「あいぼんが事務所と話しつけた後で、報告してくるからさ」
「うん、あれは悪かったと思っとる。
でもな・・・先にののに言うたら、絶対引き止められて、それで躊躇するのが分かっとったからな」
「で、今やあいぼんも、立派なビジネスマン、ってわけだ」
少し胸を張って、加護ちゃんはにんまりとする。
そしてすぐに、ちらっとのんちゃんをみて、恥ずかしそうに俯いた。
「不動産会社に勤めとるだけで、ビジネスマンって言うんとニュアンス違うけどな。
部下も二人おるで。こきつかっとるけど。でもののも、今じゃ立派な女優さんか・・・」
「立派かどうかは別として、ね。台本もちゃんと読むようになったし」
「お互いに道には迷いまくったけど、一応ちゃんと収まった、ってとこやんな」
「・・・そだね」
431 :
書いた人:04/02/09 16:23 ID:zXszB6My
―――
「・・・うん、さっぱり分からん。伊達にののとバカ女争ってないからな」
のんちゃんの家、床に敷いた布団の上であぐらをかいて、加護ちゃんは首を傾げる。
『何で私が死んだはずなのに、ここに来ているのか』『十年前に死んだのはなんだったのか』
答えは簡単には見つからない。
「うーん、やっぱり分かんないかぁ・・・」
「あ、まこっちゃん落ち込んでるし・・・大丈夫だよ。
別にまこっちゃんがホントに生きてるか、疑ってるわけじゃないから」
「まあでも、最初に幽霊かと思うたんも、うちらからすればしょうがないなぁ」
そう言ってメガネを掛け直すと、頬だけで笑う。
「ののが言うように、まこっちゃんが出て来た2003年と、うちらが過ごしてた2003年は全然違うってのは確かやな。
まこっちゃんと紺野ちゃんがそんな喧嘩しとった覚えないし、大体つんくさんだって、全部薬捨てた、って言うとったし」
「・・・となると、私たちのいる時間と、まこっちゃんのいた時間がどんな関係か・・・」
「そこやな。その、まこっちゃんが飲んだ薬って言うのが、ホントはどんな効果なのか。
ただ単純に、未来に行くだけか・・・その辺整理せんとなぁ・・・」
「やっぱりつんくさん待ちかな?」
のんちゃんのその声に、私と加護ちゃんは同時に頷く。
そして溜息をつくのまでシンクロして、少し笑った。
432 :
書いた人:04/02/09 16:24 ID:zXszB6My
「つんくさんには・・・もう電話したん?」
「うん」
灯りを消した後も、加護ちゃんはずっと闇の中から話し掛けてきた。
のんちゃんも見えもしないのに、頭だけそちらに向けて、目を閉じたまま続ける。
「電話したって言っても、留守電だけどね。
ハッキリ言って、反応してくるかどうかも・・・微妙じゃない?」
「まあなぁ・・・伊達にこの10年間、うちらの前に一度も姿現してないからなぁ・・・
って、あの人ちゃんと生きてるん?」
「訃報とかでないから、生きてんじゃないの? とりあえず」
「そっかぁ・・・やっぱり望み薄いのかなぁ・・・」
私の溜息混じりの言葉に、のんちゃんが慌てて首を振る。
「いやいや、分かんないってことだよ。あいぼん・・・まこっちゃんがなんか希望無くしてる」
「まこっちゃんなぁ・・・明日にでも、今度はうちから電話してみるから・・・
うちの証言も付けば、多少は信憑性も出てくるんとちゃう?」
「うん・・・そうだよね」
「・・・まこっちゃん、多少元気になったみたい」
ホッ、と安堵の吐息が二人の口から聞こえたのは、おそらく気のせいではないだろう。