361 :
書いた人:
―――
次の日も、また次の日も、のんちゃんと仕事に行って収録をこなす。
やっぱりどんなに私がいるとしても、のんちゃんの日常を変えるわけにいかないから。
私は彼女の頭の中でその様子を眺めたり、時々話してみたり。
合間合間にのんちゃんは私を色々な所へ連れて行ってくれた。
10年後のファッション、音楽、原宿・・・
そんなにがらっと変わっているわけじゃないけど、それでもびっくりすることが多くて。
のんちゃんはそんな私の様子を感じて、ニコニコ笑いながら街を歩いていた。
「でもさぁ・・・折角信じてくれたのに、加護ちゃん来てくれないんだね」
『10年後のお菓子を食べたい!』という私の要望に応えて立ち寄った洋菓子店で、
私の言葉に苺に突き刺したフォークを運ぶ手が止まる。
リキュールに漬け込んでてらてらと光る赤い粒をお皿の脇に置くと、
のんちゃんはわざとらしく窓の外に顔を向けた。
「・・・意外だった?」
晴れているけど少し風の強い中を、コートの襟を立てて早足で通り過ぎる人たち。
その誰に目を留めるでもなく、のんちゃんはただ人並みを見つめていて。
362 :
書いた人:04/01/24 22:20 ID:B9cV3cZE
一瞬その様子に見惚(みと)れて、私は慌てて意識を会話に戻す。
「あ・・・うん。だってさ、昔の加護ちゃんだったらお仕事ほっぽりだしてでも、
のんちゃんに会いに来そうな気がして」
「・・・・・・10年前は、そうかもね」
皮肉めいた笑い。
10年後ののんちゃんがよくする、唇の端だけを上げた、あの笑い。
「そんだけさぁ、責任感ってのが出てきたんだよ。
娘。にいた頃はさ、自分がやらなくても誰かがやってくれる、って心のどこかで甘えてたけど。
でもね、社会に出ればそんなの通じないし。
あいぼんみたいに責任のある立場になっちゃうと、尚更でしょ?」
「・・・そうだけど・・・・・・でもぉ」
「ま、お仕事片付き次第すぐに来る、って言ったんだから、それでOKにしないとさ。
あいぼんに申し訳ないって」
加護ちゃんは一昨日の夜、受話器越しにそう言った。
あれから二日、まだ連絡は無い。
363 :
書いた人:04/01/24 22:21 ID:B9cV3cZE
「まこっちゃんは考えてみた?」
「・・・う〜ん、あんまり良く分かんないけど・・・やっぱり昨日言ってたので正しいのかな?」
私の様子を見取って、さり気なく会話を変えてくる。
何故私は死んでいないのか・・・いや、私からすれば、何故私は死んだことになってるのか、だけど。
つんくさんからもやっぱり連絡が来ない今、私たち自身で考えてみる他無い。
昨晩のんちゃんは、26歳の頭脳をフル回転してこう言った。
のんちゃんの頭の中にいる私が生きていて、この時代では私が死んだことになってるってことは、
もしかして私からしたら、この時代っていうのは全く異質な未来なんじゃないか。
つまり本当なら絶対に関わらないはずの未来であって。
なのに私がここに来ちゃったのは、薬が多分不完全で・・・
「ただ、もし私が言ったのが正しいと、ちょっと怖いんだけどね」
のんちゃんの出した結論を反芻していると、そう言って彼女は舌を出す。
その茶目っ気が、すっごく懐かしい。
ほんの2・3日前に実際にこの目で見ていたのに、10年ぶりに見たような感覚。
364 :
書いた人:04/01/24 22:22 ID:B9cV3cZE
「昨日あれから考えたんだけどさぁ、どっちかなぁ、って思ってね。
今の時間って、まこっちゃんのいた時間と全然関係ない時間のかな?
それとも、まこっちゃんのいた時間から、ずっと前に分かれた一つの未来なのかな?」
「え・・・と、何を言ってるかさえ分かんない」
しょうがないでしょ、10歳も年上の人の言うことなんか、分かんないもん。
私の半分むくれた返事を聞いて、バッグからメモを取り出すと一枚ビリッと破きとる。
そして魔法のように、さっさと線を引いていった。
一つは平行線が書いてある図。
もう一つは、一本の線が途中で枝分かれして、そのあと平行に走っている図。
ペンで上の図をトントンと指し示す。
「いい? まこっちゃんがいたのが上の線ね。で、私がいるのが下の線。
こっちだと、最初から最後まで交わんないでしょ?
つまり私たちは、そもそも全く違うところにいる人間なの・・・ここまで分かる?」
ここまで賢いのんちゃんを見ると、全く違うと思わざるを得ないよ・・・とは言えない。
私の沈黙を諾とみなしたのか、次に示すのは下の図。
365 :
書いた人:04/01/24 22:22 ID:B9cV3cZE
「も一つはね、私たちは元々、同じ過去を持ってたの。
でも、何かの拍子で二つに分かれて・・・まこっちゃんが薬を飲むより前、ね。
で、一つの未来だとまこっちゃんは死んで、一つの未来だと死ななかった、ってこと」
「・・・で、違いは何なの?」
私の間の抜けた返事に、窓に映ったのんちゃんの表情が一気に気の抜けたものになる。
むぅ・・・そんな顔することないのになぁ。
あまつさえ『バカだなぁ、まこっちゃん』とまで言われた。
むぅ・・・心外だ。それはのんちゃんを馬鹿にするときの、加護ちゃんの専売特許だと思ってたのに。
「いや、全く関係ない未来同士だったら、それでいいんだけどね。
向こうの時代でつんくさんが解除薬飲ませれば、まこっちゃんも帰れるでしょ?
それだったら、まこっちゃんが帰ればそれで終わりなんだけど・・・」
「けど?」
「もしさぁ、私たちが分岐した別の未来の人間だったら、何でまこっちゃんはここに来たの?
だってさぁ、未来の分かれ道なんて無限にあるはずなんだよ。
今私がこのお菓子じゃなくて、別の・・・例えばザッハトルテを頼んだかもしれない、
そんな些細な分岐だってあるはずなんだよ?
それなのになんでわざわざ、まこっちゃんが死んだ未来にまこっちゃんは来てんの?」
「さぁ? ・・・・・・偶然?」
「だといいんだけどねぇ」
漏らした溜息で、のんちゃんの目の前のガラスが曇った。
そして私には、のんちゃんがなんで溜息を漏らしたのかさえ、さっぱり分からなかったのだ。