350 :
書いた人:
やれって言われてもなぁ・・・
どうすればいい?
さっきは不安で胸が一杯になって・・・それで、なんかこう、突き抜けるような衝動があって。
冷たい空気に包まれながら、のんちゃんはじっと携帯を耳に押し付けて待っていて。
電話の向こうでは、加護ちゃんの微かな息遣い。
がんばれ、私。
いっつも頑張って、何とかしてきたじゃない。
そりゃあ、失敗もしたけど、でも・・・今がチャンスなんだから。
「のんちゃん・・・」
「・・・」
のんちゃんは返事をせずに、ひたすら心の波を治めて私が来るのに備えていて。
だから私も、『行くよ』とは声に出さなかった。
351 :
書いた人:04/01/22 18:01 ID:ZX20lvkg
自然に、自分の手が携帯を持っているように感じて。
頬を刺す空気も、吐き出す白い息も、全て私のように感じるんだ。
伝えたい、加護ちゃんに。
10年前の不思議なこと、そしてもう、私に悩まされないでもいいんだよ、って。
私の口で、私の言葉で、私の息で、私の鼓動で、伝えたい。
今しか・・・伝えられないから。
その刹那、眼球にあたる冷たい風にハッとなる。
恐る恐る、携帯を持つ手に力を入れてみて。
耳にぎゅっと押し当てられて、少し痛かった。
・・・上手く・・・いった。
「あのさぁ・・・加護ちゃん?」
「何が加護ちゃんや。のの、今日変やで、いつものことやけど」
そうか、声はのんちゃんのままなんだもんねぇ。
身も蓋も無い言葉に、ちょっぴり肩を落としてみた。
352 :
書いた人:04/01/22 18:02 ID:ZX20lvkg
「加護ちゃんさぁ・・・元気?」
「あんなぁ、のの。うちもそろそろブチぎれるで」
「えっとさぁ、さっきのんちゃんが言ったこと、ホントなんだぁ。
つんくさんが薬をまた作ってねぇ、それでこっちに来ちゃったんだよぉ」
「はいはい、物真似上手ぅなったことは褒めてあげるから」
ダメだ・・・効果ゼロ。
生憎10年後の加護ちゃんにとってもナイーブな話なんだろう。
どうすればいいのかなぁ・・・と、私の頭の中でのんちゃんの声がする。
「あのさぁ・・・まこっちゃん。私とあいぼんの関係をややこしくするのだけは止めてよね」
「いや、全然そんなつもり無いよぉ。どうすれば加護ちゃんに信じてもらえるんだろう?」
「のの、何ぶつくさ言っとるん? もうええ?
さっきも言うたけど仕事溜まっとって、今日も家にお持ち帰りなんよ」
あぁぁ・・・何かもう、わけ分かんない。
携帯から聴こえる加護ちゃんも、頭の中で響くのんちゃんも、どっちもブチ切れ寸前なんだもん。
今まで逆の立場で、よくのんちゃんは平気でやってこれたもんだ。
素直に感心。
353 :
書いた人:04/01/22 18:02 ID:ZX20lvkg
って、感心してる場合じゃないよ。
「そんならもう切るで? 16日の多分夜ごろ、そっち行くから」
「あぁぁ・・・ちょっと待って! どうしよう・・・」
「何がどうしようなん? この電話のことは、ぶりんこに免じて水に流してやるから・・・
うわ! 今うち、めっちゃハイレベルな洒落言ったでぇ!
ぶりんこだけに、水に流すって・・・今年一番の出来やな」
のんちゃん・・・おっさんがいるよぉ。
関西テイストが特濃でついてしまったのか、加護ちゃんは今年の洒落のベストアワードをハイテンションで語りだした。
どうなってんだ、この人。
が、のんちゃんはこんなのもう慣れっこらしく、冷静に考えをまとめだしていて。
「うーん・・・私のほうがまこっちゃんよりもあいぼんと付き合い長いからなぁ・・・
なかなかまこっちゃんしか知らないようなこととか無いもんねぇ・・・」
いやいや、のんちゃんもなんでこの加護ちゃんを放置できんのよ。
こっちはこっちで、どうなってんだ。
354 :
書いた人:04/01/22 18:04 ID:ICA9dxeX
「そんでな、この洒落言ってみたんけど、新卒の子にはちっとも受けんかったんよ!
やっぱりジェネレーションギャップあんのかなぁ?
あいぼんさん的には最上級の出来なんやけど・・・」
「あ、あのねぇ・・・加護ちゃん?」
「ののも今日はしつこいなぁ・・・そんなにまこっちゃんに脳内に居て欲しいんか?」
それだけ言うと、マシンガンのような言葉が止まる。
明るかった声は一気に沈黙に吸い込まれて。
さっきのテンションはどこへやら、加護ちゃんはふぅ、と小さく息を漏らした。
それが携帯を通して、私の耳にはノイズとして聞こえてくる。
「そりゃあな・・・そんなことあったら、うちもめっちゃ嬉しいで?
まこっちゃんが昔から来てて、それで・・・なんや、紺野ちゃんの結婚式にでも出るん?
そんなんあったら、すっごく嬉しい・・・・・・けど」
「・・・・・・・・・」
「けど・・・有り得へん」
鼻をグスッとすする音が聞こえる。
最後の方は涙声になってて。
355 :
書いた人:04/01/22 18:04 ID:ICA9dxeX
明るさで・・・カバーしてたんだね。
自分が辛いときも笑い飛ばして、人にはそんな感情の片鱗見せもしないで。
気持ちが沈んでいても、いっつも前に前に出されてたから。
たぶん、加護ちゃんが娘。にいた頃につけた力・・・それがまだ抜けないで。
「・・・あいぼんが信じないなら、無理に説得しなくてもいいよ。
それがあいぼんの昔の心を抉(えぐ)るんだったら、なるべく守ってあげたいし」
のんちゃんの呟きを私の脳味噌は逃さずに。
私自身の感情で、のんちゃんの目から涙がボロボロと零れてくる。
そうだよね、のんちゃんの言う通りだ。
「ゴメンね・・・加護ちゃん。うん、信じられないなら、それでいいよ。
でもね・・・やっぱりホントに、私はのんちゃんの中に来ちゃってるんだ・・・
でもね・・・いいよ。ごめん。
10年経った加護ちゃんはきっと素敵な人になってて、撫で回し甲斐があると思ってたけど・・・
うん・・・・・・もう忘れて」
356 :
書いた人:04/01/22 18:06 ID:ICA9dxeX
最後の方は涙でぐずぐずになってたけど、取り敢えずこれだけ言い切る。
言いたいことはもうこれだけだから。
と、脳内と聴覚で、殆ど同時に二人の声があがる。
「ちょっとまこっちゃんさぁ、あれじゃ私がキショイ人みたいじゃん」
「ハハハ・・・のの、まるでまこっちゃんみたいにキショイこと言うなぁ・・・ん?」
いや、正確には加護ちゃんの言葉はまだ続いていたんだけど。
狐に抓まれたみたいに、加護ちゃんは言葉を繋げていく。
「・・・・・・・・・・・・あれ? ん? のの、そんなキショく無いもんな?
いくら真似しとっても、そんなキショイ部分まで真似るほど、ののも壊れとらんし・・・
もしかして・・・ホントにまこっちゃんなん?」
「・・・まこっちゃん、でかした」
のんちゃんが心の中でガッツポーズをしているのが、まるで目に見えるようだった。
しかし・・・なんだか、酷く人間の尊厳を傷つけられた気がするのは、私の気のせいか?