338 :
書いた人:
―――
収録が終わった頃には日はとっくに暮れていて、頬を刺すような冷たい風が吹いていた。
これから夜の11時まで、自由時間・・・だそうだ。
ちょっと待て、4時間自由時間ってどういうことだ。
「えっとねぇ・・・夜の1時からラジオがあるから、ね。
23時までに局に行けばいいってこと」
マネージャーさんと別れる時に、ぶつくさと口の中で呟いて教えてくれる。
そっかぁ・・・もう26歳だから、ラジオも生でできるんだよねぇ。
マネージャーさんの夕食の誘いを軽やかに断って、のんちゃんはスタジオを背に歩き始めた。
「何食べたい? ・・・っつっても、私が食べるんだけどさ。
味覚も一応シンクロしてるんでしょ? 今までずっと私の好きなもの食べてたからさ。
だったら今夜は、まこっちゃんの好みも容れてあげるよ」
まるで羽根が生えたみたいに、26歳ののんちゃんは自由で。
娘。にいた時には、こんな自由なんて考えられない。
一番年長の飯田さんだって、ここまで軽やかに動いてはいない。
339 :
書いた人:04/01/20 01:39 ID:QJGnR1Uq
「んっとねぇ・・・かぼちゃ!!」
「言うと思ったよ」
「だってさぁ、10年後のかぼちゃ料理って、何かすっごいの出来てそうでしょ?」
何かこう・・・胃が他の物を拒絶するくらい美味しいのがあるかもしれないし。
「大して変わんないと思うけど・・・そうねぇ・・・じゃ、お野菜系の料理が多いところ知ってるから、そこ行こっか?」
「うん」
「混んでないといいけどねぇ・・・」
そう言うと携帯を再び操作して、どこかにメールを打つ。
30秒もしないでバイブが震えたのは、メールの返事がもう来たんだろう。
「ん、大丈夫だって。席とっておいてもらったから、じゃ、行こう」
もし私の実体がここにあったら、バカ丸出しの尊敬の眼差しでのんちゃんを見つめていただろう。
行くお店を決めたらすぐにその場で連絡して、そして席をとるって。
誰でも26歳になれば、こんな万能になっちゃうんだろうか。
『ヨガがあればテレポーテーションも楽勝』ってくらい、荒唐無稽な考えだってことは分かってるんだけどさ。
340 :
書いた人:04/01/20 01:39 ID:QJGnR1Uq
―――
「そ、あいぼんは今、奈良でOLさんやってるの」
食後のコーヒーを飲みながら、のんちゃんがひとりごちる。
他のお客さんから適度に離された、窓際の席。
下のほうでごちゃごちゃと輝くイルミネーションが、まるで玩具みたいで。
しかし・・・なんだったんだろう、あれ。
この世の奇跡としか思えない料理の数々・・・かぼちゃも泣いて喜んでいることだろう。
ちなみに『かぼちゃ料理で、適当に作ってください』などという、
インドのマハラジャにしか許されないであろう頼み方だったため、料理名が分からないのが悔やまれる。
のんちゃんはコーヒーを飲みながら、いろいろとメンバーの近況を話してくれた。
芸能界に残って頑張っている人、芸能界以外のフィールドで頑張っている人、
結婚した安倍さんに、もう子どもがいるっていうのは驚いた。
「なんかねぇ・・・ふにゃふにゃしてたよ」
と言うのはのんちゃんの弁。
いや、赤ちゃんは大体ふにゃふにゃしてるぞ。
341 :
書いた人:04/01/20 01:41 ID:ZhP/ecSw
加護ちゃんは解散後もしばらく芸能活動を続けた後、奈良に帰ったらしい。
そして向こうで就職して、結構な案件を任されるくらいの大切なポストについてるらしくて。
「あいぼんはさ、元々頭いいからね・・・うん、要領っていうか、そっち方面の賢さがあるから」
「時々会ってるの?」
私の声に、のんちゃんは寂しそうにふるふると首を横に振って、溜息をついた。
「お互いに生活ペースが全然違うからね。殆ど会えないよ。
まあ、それでも1年に何回かは会ってるけどさ」
「そっかぁ・・・寂しいね」
「そう? 環境も場所も離れてるのに、よく続くよね、うちら、っていっつも言ってるよ」
実際、そうなのかもしれない。
私だって柏崎にいたときに仲の良かった友達とも、殆ど会えない。
私が向こうに帰った時くらいかな?
それでも段々私には私の、向こうには向こうの環境が出来上がって、会いにくくなって。
342 :
書いた人:04/01/20 01:41 ID:ZhP/ecSw
時計の針は9時を指していた。
のんちゃんは掛け時計を仰ぎ見て、そして自分の腕時計をチラッと見る。
「じゃ店出たら、あいぼんに掛けてみよっか?」
「え? お店の中で掛ければいいじゃない。外寒いよ?」
私の言葉を無視して立ち上がると、のんちゃんはまた少し笑った。
「あのね、東京で条例が出来てさ。
『携帯拒否』店で使うと、罰金になるのよ」
「そんなん出来たの!?」
「まぁ、ファーストフードとかは大体拒否店じゃないけどね。
東京じゃなくても、殆どの所でおんなじような条例あんのよ。
こういうお店では『静かさも値段の内』って言うけどね」
なるほど、伝票を見るとちょっとばっかり高めのお値段だった。
しかしどうも・・・『高い』って実感湧かないんだよなぁ、この金額表記。
343 :
書いた人:04/01/20 01:42 ID:ZhP/ecSw
―――
お店を出て通りをまっすぐに歩いて、
もう何度も行っているんだろう、のんちゃんは公園のベンチに腰掛けた。
流石にこの時間、周りにいるのはさっさと目の前から消えてよ、ってくらいくっついたカップルばかりだけど。
今度は携帯を耳につける。やっと私が見慣れた、携帯の使い方だ。
「あいぼんはテレビ電話の方は嫌いだからね・・・」
「何で?」
「あんなん、金掛かるだけやん、だってさ」
相変わらず似てない物真似を聞きながら、呼び出し音に耳を澄ませる。
また誰も出なかったらどうしよう・・・と、
「もしもしぃ?」
『息をするのもめんどくさい』と言い放ちそうな、気だるい関西弁訛り。
ちょっと声が低くなったけど・・・加護ちゃんだ。
344 :
書いた人:04/01/20 01:43 ID:6e08f39y
「あ、あいぼん? 私、辻だけど」
「お、久しぶりやん。どしたの?」
のんちゃんの声を聞いて、さっきの気だるさを一変、明るい声を漏らす加護ちゃん。
ここの仲の良さは、相変わらずなんだね・・・
「ちょっとややこしい話になるんだけど、今大丈夫?」
「うん、大丈夫。どしたん? 深刻そうな声して」
「うーん・・・朗報っちゃあ、朗報なんだけどねぇ」
複雑そうに苦笑い。
そりゃそうだ。間接的にこんなこと言われて、信じる人のほうが珍しいもん。
「あのさぁ・・・あさ美ちゃんの結婚式、来るでしょ?」
「うん、行くで。二日前から東京入って、前の日はののと食事する、って約束したやん」
その声に頷きながら、ちょっと困ったような笑顔。
345 :
書いた人:04/01/20 01:44 ID:6e08f39y
「あのさ・・・それより前・・・ホント、明日にでも、こっち来て欲しいんだけど・・・」
「はぁ? なんで? もしかしてののも結婚決めたん?
来週休みとんのに今から片付けないかん仕事いくつもあるから、ちょっと難しいで」
「んとね・・・実は、まこっちゃんが・・・」
私の名前を出した瞬間、二人の呼吸が止まったように思えた。
息を呑んだままの加護ちゃんに、のんちゃんは何とかブレスをすると続ける。
「まこっちゃんがさぁ・・・来たのよ。10年前から。
つんくさんが作った、あの変な薬あったでしょ? あれの未来行くやつ使ってさ」
「・・・・・・」
「だけどさ・・・まこっちゃん、死んでるじゃない?
だから何でか知んないけど、私の身体に来てるの」
「・・・のの・・・」
「でもね・・・まこっちゃんが薬飲んだの、まこっちゃんが死んだ時間よりも後で・・・」
「ののッ!!!」
346 :
書いた人:04/01/20 01:45 ID:6e08f39y
叫び声に反射的に携帯を耳から離して、のんちゃんは通話口を見つめた。
私も聴覚がどうにかなっちゃいそうで。
「あんなぁ、のの。変な冗談言わんといて。
分かっとるやろ? 何であさ美ちゃんがうちらを呼んだか。
せめて式の前くらい、そういうの、自重せな」
「・・・分かってるけどさぁ・・・どうしよ・・・」
「んなん、こんな電話もらった、うちがどうしよ、や」
と、のんちゃんは携帯を少し遠ざける。
そしてその光景にきょとんとした私に、小声で呟いた。
「あのさ、まこっちゃん。昼間やったみたいに、やってみてよ。
私の身体のコントロール、そっちに預けるから」
「いやいやいや・・・やれ、って言われて出来ないって、あれ」
殆ど不可能な要求なのに、のんちゃんの口調は有無を言わせないものだった。