327 :
書いた人:
―――
「これ・・・見てみなよ」
「・・・砂時計?」
収録の合間、マネージャーさんが席を外した隙に、のんちゃんは静かに語りかける。
マネージャーさんは楽屋の扉を前にして、
『いい? 次の収録3時半からだからね? 私が戻んなくてもちゃんと行くのよ?』
と、しつこいほど確認を取っていた。
よっぽど普段から時間にだらしないのか、と思いきや、
『あのマネージャー、私が18のときからずっと付いてるからねぇ・・・子供扱いなのよ』
というのは、のんちゃんの弁。
どっちが正しいかは、流石に分からない。
のんちゃんがバッグの中から取り出したのは、木枠に凝った細工がしてある、砂時計だった。
ガラスに所々傷が見える辺り、結構古い物だと感じる。
328 :
書いた人:04/01/18 17:07 ID:zGbon4eU
「見覚え・・・・・・無い?」
「うーん・・・・・・」
テーブルの上に置くと、砂がさらさらと流れ落ちる。
蛍光灯の光に反射して、粒子がざわめくように輝いていた。
砂時計ねぇ・・・見たことあるような気もするし・・・無いような気もするし。
木枠の細工は綺麗だけど、そんなに高いものじゃないでしょ、これ。
せいぜい2000円がいいところだ・・・この時代なら20円か。
私の反応が薄いのに、少し残念そうに息を漏らす。
「そっか・・・分かんないかぁ・・・まこっちゃんが最後に買った物だよ」
「・・・?」
「あさ美ちゃんと一緒に、クリスマスプレゼント買いに行って・・・その時に・・・」
「もしかして!!」
329 :
書いた人:04/01/18 17:07 ID:zGbon4eU
その言葉で一気に記憶が蘇る。
店先のショーケースに飾ってあった、砂時計。
あさ美ちゃんと一緒に買いに行こうと思ってたあのお店にあったやつだ。
一人でお店の前を通り過ぎたときに、『あ、あれとかいいな』って思ったっけ。
「あの・・・私が死んだ交差点の近くの?」
「そう、あそこで買ったんだよ」
この時代から見た10年前では、私とあさ美ちゃんは仲直りして、一緒にクリスマスプレゼントを買いに行ってる。
そうかぁ・・・あれ買ったのかぁ・・・我ながらグットチョイスだ、私。
10年前なら、道理で傷もついてるわけだね。
「よく壊れなかったねぇ・・・」
吐息混じりに漏らした私の言葉に、
「ホント、ね」
少し懐かしそうに、目を細めて応えた。
330 :
書いた人:04/01/18 17:08 ID:zGbon4eU
「これだけ綺麗に残っててさぁ・・・お葬式の時、あさ美ちゃんとずっとこれ見てたんだよね。
梨華ちゃんや飯田さんややぐっさんが呼びに来たけど、出棺にも立ち会えなくってさ」
「・・・・・・」
「あの時は幼かったんだろうけど、でもやっぱり、ショックで。
もしも今だったら、泣きはするだろうけど、あそこまで放心状態にはならないと思うけど。
でも、それは私が強くなったからじゃなくって、多分どこか麻痺しちゃってるからかもね」
自嘲気味に唇の端から漏れる笑い。
私はその笑いに、何も反応できなかった。
「ホントはこれ、あさ美ちゃんに持っててもらおうと思ったの。
やっぱり同期で、一番仲良かったの、あさ美ちゃんでしょ?
だけど・・・・・・さ」
「あさ美ちゃん、断ったんでしょ?」
「うん・・・私や梨華ちゃんが何度言っても、ずっと下向いたまま、首横に振っててさ」
331 :
書いた人:04/01/18 17:10 ID:i5KhWVSu
昨日の保田さんの話を思い出して、その理由はのんちゃんに聞くまでも無かった。
その砂時計と一緒にいるってことは、それだけ私を思い出す時間が大きくなる。
それに耐えるには・・・あさ美ちゃんには酷だったんだろう。
「でもね・・・結婚式で・・・・・・」
「結婚式で?」
「うん、あさ美ちゃんに渡そうと思うんだ。
私はずっとこれ持ってたし、まこっちゃんとも変な形だけど、もう一回話せてるしね」
「でもさぁ・・・」
あさ美ちゃんが、『蹴り』を付けるためにみんなを式に呼んだんだとすれば。
これを渡すってことは、多分・・・あさ美ちゃんをずっと縛り付けることになっちゃうかもしれないのに。
332 :
書いた人:04/01/18 17:10 ID:i5KhWVSu
私の疑問ものんちゃんには予想済みだったのか、まっすぐに前を向くと、強い口調になる。
「でも・・・あさ美ちゃんに忘れてほしくないから。
せめて、まこっちゃんのことだけでも・・・ね?
もしもずっと時間が経って、あさ美ちゃんが過去に歩み寄れるようになった時に、
何も身の回りに無かったら、悲しいじゃない?」
「そうだけど」
「大丈夫! もしなんだったら何かに包んで、中身言わずに渡すから!
『過去を見られるようになった時に開けて』って言えば、多分大丈夫でしょ?」
「・・・・・・うん」
のんちゃん、あんた、十分強くなってるよ。
だってのんちゃんだって、私との過去に苛(さいな)まれてたのに、
それでもずっと、バッグに砂時計入れて持っててくれたじゃない。
「あのね、言っとくけど、ずっと遺品持ってるのが嫌になったわけじゃないからね」
・・・その一言が余計なんだけどさ。
言わなくたって、分かってるってば。
333 :
書いた人:04/01/18 17:10 ID:i5KhWVSu
しばらく私たちはお互いに黙っていた。
私は色んなことをずっと考えていて。
そしてのんちゃんは台本をペラペラと捲って。
所々に付けられた赤ペンでのチェックに、進歩の跡を感じた。
矢口さんに『台本覚えろ!』って怒られて、目を涙ぐませてたことなんか、想像もできない。
あ・・・エガちゃんも一緒に出るんだ。
今もあの芸風なのかなぁ・・・身体持つのか?
と、掛時計を一瞥してのんちゃんは台本を閉じる。
「じゃ、そろそろ行くけど・・・ゴメン、また少し黙っててね?」
「分かった」
私が過去から来たって信じてくれてから、ようやく優しい感じになったのが嬉しい。
334 :
書いた人:04/01/18 17:11 ID:i5KhWVSu
テーブルの上を整理して、鏡の前で衣装とメイクをチェックすると、のんちゃんは笑った。
「やっぱり洋服の方が楽でいいね」
「そう? 和服もよく似合ってると思うけど」
「そりゃどうも・・・」
そう言ってテヘテヘ笑うのんちゃん。
和服は和服で、のんちゃんの涼しげな感じを引き立たせてくれるから、いいと思うけどな。
「あのさ、まこっちゃん」
「ん?」
「あいぼんにね・・・奈良から来てもらおうと思ってさ。
どうせ私たち3人集まっても碌な知恵出てこないと思うけど。
今は多分、電話に出れないから・・・収録終わった後にでも、電話してさ?」
何でちゃんと加護ちゃんのスケジュールを把握してるんだろう・・・と思いつつも、頷いておく。
私の肯定の声に満足げに頷き返すと、悪戯っぽく笑いかける。
「やっぱりOLさんに、仕事中に電話するのは悪いでしょ?」
・・・加護ちゃんがOLって・・・ちゃんと出来るのか? という声は、喉の奥に押し込めておいた。