318 :
書いた人:
―――
「だからぁ、悪かったてば」
ツカツカと局の廊下を歩くのんちゃんに、何度目の謝罪だろうか。
すれ違うADさんが『ヒィィィ!!』と壁際に飛び退くほどの勢いで、のんちゃんは廊下の真ん中を進む。
そりゃあ・・・勝手に体を使っちゃったのは悪いと思ってるけどさぁ、私だって意図して使ったわけじゃないし。
そんなに怒られてもなぁ・・・困るよ。
わき目も振らずに白い廊下を行く彼女は、私の声には応えてくれない。
年末特有の忙しい空気に溶け込むように、その速度もまるで走っているようで。
「ゴメンってば、私だって自分であんなこと出来て、びっくりしちゃったんだから。
もうさぁ・・・二度とやらないし、あんな風にならないように努力するし」
いや、まあ、どう努力すればいいのかなんて、分かんないけどさ。
319 :
書いた人:04/01/16 23:29 ID:i/Fay0hE
さっき確かに、あの言葉を発したのは、そして電話を切ったのは私の方だった。
のんちゃんの身体を・・・一瞬でも乗っ取ったって言って良いだろう。
気分悪いだろうなぁ。
ただでさえ居候させてもらってる身なのに、その上身体まで乗っ取っちゃうなんて。
過去から帰ってきた後、病室であさ美ちゃんたちが教えてくれた。
3年前では過去の自分と未来の自分が鬩(せめ)ぎあって、時々主体が入れ替わったって。
そしてそれは、最高に気分が悪くて、まるで操り人形みたいな気分だったって。
多分・・・同じ状況が起こったんだろう。
ってことは、私が今ののんちゃんを乗っ取る可能性も・・・無いとは言えないわけだ。
なら、それを気味悪がって、嫌悪するのも当然。
相変わらず私の謝罪には応えず廊下を進んでいたのんちゃんの脚が、楽屋口でピタリと止まった。
320 :
書いた人:04/01/16 23:29 ID:i/Fay0hE
ドアノブに手を掛けたままの姿勢で、その視線はノブを見つめたまま。
・・・許してくれるのかな?
「あのさ・・・別に、怒ってないよ」
「なんだぁ・・・じゃ、なんでそんなにつっけんどんなの?」
全く予想外の言葉に、思わず口調がババ臭くなる。
「いや・・・ね。さっきまこっちゃんに一瞬身体使われた時さ、10年前にあの薬使ったことを思い出して。
あの時も・・・中学生の私が意思を支配してたときも・・・同じ感じだったなぁ、って。
つまり・・・まこっちゃんは、ホントに10年前からきて、そして心だけ、私の頭に着いちゃって」
最後の方は、多分私にじゃなくて、のんちゃん自身に言った言葉だろう。
ドアノブを握り締めたまま、漏らし始めた言葉は止まらずに。
少しその手が、湿っているのが分かった。
321 :
書いた人:04/01/16 23:31 ID:E8L7tQcK
「あの感覚って・・・まるでテレビでも見てるみたいに、ぼんやりとした感覚で」
「ずっと忘れてたけど、さっきの一瞬で思い出した」
「丁度、あんな感じだ」
「まこっちゃんが・・・10年前から来てるとしたら」
「あの時私が飲んだ薬を元にしてるから、おんなじ効果が・・・?」
「だとしたら、10年前死んだまこっちゃんは?」
「12月18日と・・・19日」
「有り得ない、有り得ない、有り得ない・・・だけど」
「だけど、現実なんだ」
『辻希美様』
顔を上げて、そう書かれた楽屋の扉を見つめる。
左手でこめかみを抑えて、必死に状況を整理しようとして。
のんちゃんは口の中に溜まった唾を飲み込むと、『ふふっ』と笑った。
私にはその笑いが、なんだか凄く懐かしく感じた。