292 :
書いた人:
――― 翌日
「いやぁ・・・疲れたなぁ・・・」
テレビ局内の喫茶店で、のんちゃんは一人コーヒーを啜る。
収録後の優雅なひととき、と言うには程遠く、さっきからのんちゃんはおかんむり。
「つーかさぁ、絶対あのディレクターおかしいよね。
なんなの? トドとマナティー足して二で割ったみたいなくせに」
一日と少し、のんちゃんの脳内で過ごしてみて分かったこと。
・・・・・・口悪いなぁ、のんちゃん。
ポップコーンみたいに弾け飛ぶ悪口に、涙すら出てきそうになってくる。
トドとマナティーって、・・・多分、デブって言いたいんだ。
「あれだね、もし私が呪いとかできたら、確実にキツイの一つやっちゃうね」
加えて、妄想力まで最悪だった。
293 :
書いた人:04/01/12 16:31 ID:XdVa3xke
大体、そんなに怒ることじゃないのだ。
今日収録したのは、お正月用の特番。
のんちゃんの着ていたライトグリーンの振袖に、盛大な文句をディレクターが付けたのが発端で。
どうやらのんちゃんはその色彩がお気に入りだったらしく、衣装を無理やり替えられて激怒。
いやぁ、凄い剣幕でびっくりした。
ホント、のんちゃんの脳内で失禁するかと思ったもん。
私は果たして、のんちゃんに影で何言われてるんだろう。
気になるけど・・・知らない方がいいこともあるのだ、うん。
ちょっと想像してみただけで、涙が零れそうになった。
294 :
書いた人:04/01/12 16:31 ID:XdVa3xke
私とのんちゃんは感情面で共有する部分があるらしく、私も少しいらいらしてくる。
脳細胞を間借りしているわけだから、仕方ないと言えばそうなんだけど。
やっぱり・・・ちょっとは宥めてみないと私の精神衛生上もよくない。
「まぁほら、ディレクターさんもお仕事なんだから、さ」
「つーかね、センスが無いの、センスがッ!!
あんなのにディレクターやらせちゃ、ダメだって!!」
はい、説得失敗。火に油を注いだだけだった。
しばらく一人でプンスカと悪態をつくと、やっと落ち着いたのか深く息を吐く。
ほっとくのが一番なんだね、一つ勉強になった。
私の場合、勉強するたびに身も心もボロ雑巾のようになっていってる気がするけど。
295 :
書いた人:04/01/12 16:32 ID:XdVa3xke
「つんくさんにさぁ・・・一応電話してみる?」
テーブルに両肘を突いて、頬を両手で包み込んでのんちゃんは呟く。
『私がもし過去から来たなら、それを立証できるのはつんくさんだけ』
昨日の夜、二人で話し合って出た結論だから。
尤ものんちゃんは、まだ私の言うことには半信半疑、って感じだったけど。
どっちかって言ったら、『そうであってくれれば嬉しい』って所。
「してみてよ・・・また留守電だったとしてもさ、
それを聞けば向こうから掛けて来るかもしれないよ」
「・・・・・・そうだねぇ」
鼻歌を歌いながらごそごそと携帯を取り出す。
昨日聴いた・・・ラストシングルの曲だよね。
心底楽しそうに鼻歌を歌うのんちゃんは、傍目から見るとちょっぴり頭が可哀相な人みたいだ。
って言うか、そんなにルンルン気分で歌う曲じゃないでしょ、これ。
296 :
書いた人:04/01/12 16:42 ID:PNVhFnqN
ただ一つ、大きな問題があることにのんちゃんも私も気付いていた。
気付いていたけれど、解決できる見通しが無さ過ぎるから、言わなかっただけ。
どうしようもないことはスルー、人生での基本だ。
そう、どうやったらつんくさんに、この状況を信じてもらえるか。
私の声はのんちゃん以外には聞こえないしなぁ・・・
『私が知ってるけどのんちゃんが知らない、なるべくつんくさんのプライベートな部分』
この辺を突っ込むしかなさそうなんだけど・・・・・・んなもん、あるかな?
そもそもつんくさんのプライベートなんか知りたくもないし。
何だろう・・・つんくさんが時々、行きつけのキャバ嬢に赤ちゃん言葉で電話してたとか・・・
ダメだ、確か娘。全員でネタにしたしなぁ、これ。
『キショイから、そういうこと私たちの前ですんのやめて下さい!!』って言った飯田さんに、
『俺かて寂しいんや・・・むしろ、お前らにこの喋り方でやっていかせてくれ!』と返したつんくさん。
しばらくつんくさんのミドルネームが『変態』になったっけ。
あまりに気持ち悪い出来事で、記憶が引き出すのを拒否していたらしい。
297 :
書いた人:04/01/12 16:43 ID:PNVhFnqN
「どうしよっか・・・一応、私の口で事情説明してみよっか?」
つんくさんとの強烈な記憶を矢鱈に思い出して、心にダメージを負う勇気はないらしく、
のんちゃんの出した答えは非常に大人のそれだった。
アフガンかどっかの地雷原の方が、もうちょっと地雷の数が少なそうな気がする。
「でもなぁ・・・口で言っただけで、引きこもりのつんくさんをおびき寄せることなんかできるかな?」
「そうだけどさぁ・・・手頃なのが思いつかないんだよね、
まこっちゃんだけが知ってる、つんくさんのことなんて・・・ある?」
「むぅ・・・・・・無いなぁ」
298 :
書いた人:04/01/12 16:44 ID:PNVhFnqN
私のしょんぼりした空気を打ち破るかのように、のんちゃんは不意に両手を合わせた。
心地よい破裂音が耳を打つ。
「それじゃ・・・二回電話してみようよ。最初は私が事情を言って。
二回目は、まこっちゃんが話してみてよ。それをそのまま、私が言うから」
のんちゃんにしては珍しく、気持ちが悪いほどの名案だった。
ホントは私が運動感覚まで支配できれば一番良いんだけどね。
手馴れた手つきで携帯のアドレスを繰ると、
「そんじゃ、やってみるから」
とだけ言うと、私の耳にも途切れ途切れの発信音が聞こえてきた。
案の定留守電のそれに、落ち着いた感じで話し出す。
10年前からの意識だけの時間移動。
辿り着く実体が無かったから、のんちゃんに移動した私の意識。
薬はつんくさんが10年前に作ったもので。
ただ私が薬を飲んだのは、私が車にはねられた時間よりも後で・・・
299 :
書いた人:04/01/12 16:44 ID:PNVhFnqN
ときどき事情を整理しながら、つっかえつっかえのんちゃんは言葉を紡ぐ。
そして最後に、
「もし・・・これを聞いたら連絡ください。
どうしてこんなことになったのか、頼れるの、つんくさんだけなんです」
それだけ言うと、通話停止を押す。
自分で言った内容にまだ心から納得できないのか、頭を少し傾けて。
いや、パーフェクトだったよ。
あさ美ちゃんの初期の名曲、「いつも完璧紺野です」が、頭の中でぐるぐる流れていた。
「さて・・・それじゃ、どんなこと言おっか?
一応、メモとか執っといた方が良いでしょ?」
「そだね・・・取り敢えず、やっぱり出だしが肝心だと思うんだ。
だからさぁ・・・こう、私は小川だ! って強烈に印象付けられるのが良いかな、って思うんだけど」
300 :
書いた人:04/01/12 16:46 ID:yH6w1Iak
のんちゃんが電話している間に、無い脳みそを使って必死で考えたことだ。
いや、今のんちゃんの頭に居候しているわけだから、この言い方は失礼だけどさ。
「ふーん、まこっちゃんにしてはマトモなこと言うじゃない」
家主はもっと失礼だった。
むぅ・・・めげないぞ・・・
「で、具体的にはどんなこと言えばいいのよ?」
「んとね・・・やっぱり、ピーマコの挨拶とかいいかなぁ・・・と」
「却下」
つれない返事に目頭が熱くなる。
一生懸命考えたのになぁ・・・
301 :
書いた人:04/01/12 16:46 ID:yH6w1Iak
「何? 周りにめっちゃ人がいる中で、あんな恥ずかしい挨拶しろっての?」
「恥ずかしいって何よ。んじゃあ、百歩譲って六郎さんで」
「できるわけないでしょ、あんなんやったら、この局に出禁になるよ」
自分はもっと恥ずかしい役柄ばっかりだったくせに・・・とは口が裂けても言わない。
今はそれより、つんくさんへの電話が先だもんなぁ・・・
しかし他に私を印象付けるものって・・・・・・あれ? 無いな。
「・・・どうすんの? ねえ・・・まこっちゃん?」
「ハハハ・・・いや、他に『私』って個性が無いな、って思ってさ」
ちょっぴり陰のある私の言葉に気付いたのか、のんちゃんは目を細めてコーヒーを最後の一啜り。
そして優しい声で、呟いた。
「そんなことないよ・・・いつもの気持ち悪い喋り方でいいんだよ」
優しい割に、内容的には失礼極まりないのだった。