278 :
書いた人:
―――
「何で保田さんに、言わなかったの?」
駅を出て人通りが少なくなったことを確かめると、言いたかった言葉が口を突いた。
ドレスを入れた包みを抱きしめて、白い息を吐きながらのんちゃんは歩き続ける。
「・・・・・・だってさぁ、幽霊の声が聞こえます、なんて言うの危ないじゃない」
「だから、違うんだってば」
「もしもだよ? まこっちゃんの言う通りだとしても、あの薬のことみんな知らないんだから。
それに・・・私だって、過去に行く薬は知ってるけど、未来に行くのは見たこと無いし。
そっちの方がよっぽど信じられないって」
「そうだけどさぁ・・・」
10年前のバカ女の反動か、のんちゃんは妙に理屈っぽい。
その論理の一つ一つが妙に筋道だっているから、反論もしにくいのだ。
279 :
書いた人:04/01/09 21:28 ID:0LFIlNOV
ふぅ、とため息をつく。
説得は・・・無理っぽい。
でもなぁ・・・あさ美ちゃんが結婚するのかぁ・・・
見たいなぁ〜
「ね、結婚式、みんな来るの?」
「うん・・・多分、あ、でも・・・」
「?」
「・・・・・・つんくさんは、来ないと思う」
あさ美ちゃんは娘。の・・・いや、自分が同じ時間を過ごした元娘。のみんなに招待状を送ったらしい。
あらかじめ電話で連絡したりもしないで、突然来た招待状。
それが二月ほど前で、のんちゃんに言わせれば『蹴りをつけるため』ってことらしい。
でもやっぱり、私の命日に合わせてくる辺りは『小川のためなんだよ』というのは、保田さんの言葉。
280 :
書いた人:04/01/09 21:29 ID:0LFIlNOV
「つんくさん、なっちゃんの式にも来なかったから。
あさ美ちゃん・・・多分、招待状送ってると思うけど、来ないと思う」
そう言うと、うんうんと一人で頷く。
10年後のつんくさんとか、微妙に見てみたかったんだけどなぁ・・・無理か。
街灯の下まで来ると、のんちゃんは立ち止まって首を傾げた。
「でもさ・・・まこっちゃん。ホントに思い出せないの?
18日の夜に・・・あさ美ちゃんと一緒に歩いていて、確かに死んだんだよ?」
『死んだ』という言葉をダイレクトに使うのんちゃんに、少しだけむくれた。
むぅ・・・死者に対する敬意が足りない・・・って、私は死んでないけど。
どうもこの話題になると、私とのんちゃんは平行線をたどる。
「だからさ、死んでない」
自分でもびっくりするほど、ぶっきらぼうな返事。
281 :
書いた人:04/01/09 21:29 ID:0LFIlNOV
私の声に反応せず、のんちゃんは再び歩き始める。
すれ違う車のヘッドライトに、少し目を細めた。
その沈黙が耐えられないのと、溜め込んでいた感情が噴き出して、
「あのね、何度も言ってるけど、私は死んでないの。
確かにあさ美ちゃんと行ったっていう小物屋さんも、目をつけといたヤツだけど。
大体、その前の日にあさ美ちゃんと大喧嘩して、仲直りできなかったんだから」
そう・・・死んだ私は今の私より遥かにリードしているところがある。
死んだ私は、キチンとあさ美ちゃんと仲直りしてるんだ。
『仲直り』の節に、ピクッとのんちゃんの肩が震えたように感じた。
「あさ美ちゃん・・・・・・悲しむよ。
仲直りなんかしてない、なんて言ったら」
282 :
書いた人:04/01/09 21:35 ID:AeUzUwIl
それだけ言うと、なお速度を上げてスタスタと早足で歩き始める。
・・・・・・泣いてる?
頬の辺りを通る冷たいものに、のんちゃんが泣いているらしいことを初めて理解した。
「私だってさ・・・」
言い掛けた言葉に、のんちゃんは反応しない。
その態度が、却って私の言葉の続きを促す。
「私だって、あさ美ちゃんと仲直りしたかったよ。
でもあさ美ちゃんに電話する前に、つんくさんから電話が来て・・・
仲直りのチャンス、逃しちゃって・・・」
もうのんちゃんの家の前まで来ていた。
ピタッと立ち止まると、のんちゃんは街灯を睨み付ける。
283 :
書いた人:04/01/09 21:36 ID:AeUzUwIl
「・・・・・・私の知ってる10年前と、全然違う」
「何で違うかなんて、私にも分からないよ。
でもね、私はつんくさんの薬を飲んだ、そして、あさ美ちゃんと仲直りしたかった。
・・・できなかったけどね。これだけは、本当なんだから」
自分でもびっくりするほど、毅然とした物の言い方。
普段からこれくらいの説得力がほしい。
額に手を当てて、のんちゃんは立ち尽くしたまま。
どれくらいだっただろう。
1分、いや・・・数十分にも、数時間にも感じられたその時間。
のんちゃんはもう涙を流していなかった、いや、ニヤッと笑っていた。
全然予想できなかった反応に、思わず息を呑む。
284 :
書いた人:04/01/09 21:36 ID:AeUzUwIl
「もし・・・・・・さ、もし、まこっちゃんがつんくさんの薬を飲んだとすれば、
まこっちゃんは・・・・・・死んでないんだよね?」
唇の端を上げながら、言葉の間に含み笑いを入れながらの言葉に、怖いものすら感じる。
「そりゃ・・・・・・ね。事故の時間に、私はつんくさんと居たんだから」
「・・・・・・そう」
短く返事をすると、空を見上げた。
『光害』って言うんだっけ? いろんな光で青みがかった、藍色の空。
微かにだけど、オリオン座が見えた・・・って言うか、私がオリオン座しか分かんないだけだ。
視界に、のんちゃんの吐いた白い息が見える。
「ちょっとだけ」
「?」
「ちょっとだけまこっちゃんの言うこと、信じてみたくなった」
それだけ言うと、玄関のドアに向かってのんちゃんは駆け出した。