258 :
書いた人:
―――
「・・・・・・あさ美ちゃん・・・の声かぁ」
「そう、聞こえなかった」
図書館を出たときには、もう日が暮れかけていた。
雪はさっきよりも勢いを増して、肩をそばめて早足でみんな通り過ぎていく。
私の疑問にすこしふっと微笑むと、のんちゃんは白い息を吐いた。
が、図書館を一歩出た瞬間、
「あぁぁぁーーーーーッッ!! 忘れてたぁーーーッ!!」
突然の絶叫。
数人が目を見広げて振り返ると、こそこそと耳打ちを始める。
それを見て慌てて、顔を伏せるのんちゃん。
こういうところの自覚って言うか、ガードが10年前と全く変わらず甘い。
まさに人生隙だらけ。
259 :
書いた人:04/01/05 09:52 ID:vZ6iq1et
するとまるでさっきの絶叫は空耳ですよ、とばかりに颯爽と歩き出す。
いやいや、ばれてるって、絶対。
冷たい風を頬の辺りにピリピリ感じながら、のんちゃんはいっこく堂みたいに唇を動かさないで、
「ごめん・・・ちょっとその話の前に、寄る所あったんだぁ・・・」
「そっか・・・人通り増えてきてるから、しばらく話し掛けないよ」
「ありがと」
もう何年間ものんちゃんの頭に住み着いてるみたいに、阿吽の呼吸。
鬼太郎と目玉の親父も裸足で逃げ出すコンビネーションだ。
ちなみにかつて
『何で妖怪アンテナが立っても、親父はアンテナに刺されずに無事なのか』
という話題で、娘。内が『鬼太郎がしっかり者』派と、『親父黄金のフットワーク』派に分かれたのは内緒だ。
って言うか、自分から見えない頭頂部にアンテナ、ってどうなのよ。
260 :
書いた人:04/01/05 09:53 ID:vZ6iq1et
のんちゃんが電車に乗って街を過ぎていく間、じっと考える。
・・・・・・つんくさんも・・・無理かぁ。
どうしようかなぁ・・・このまま、10年前のつんくさんが呼び戻してくれるまで、
幽霊って設定のままでもいいと言えばいいんだけど。
問題なのは、私が出てくる前の時間に死んでいる、ってことだ。
あの新聞記事にも『18日夜11時頃』って書いてあったから、多分間違いない。
何があったか、せめて分かっておきたい。
もし・・・・・・考えたくないけど、本当に死んでいるとしても。
せめてなぁ・・・・・・あさ美ちゃんと仲直りしてからがよかったなぁ・・・
兎に角、のんちゃんに私の言うことを信じてもらえないことにはねぇ・・・
私の思考は、のんちゃんがお店のカウンターで、ベルを鳴らしたところで途絶えた。
・・・・・・・・・ブティック?
261 :
書いた人:04/01/05 09:56 ID:OtGn6Lhr
どこだろう?
ボーっとしてたから、分かんないけどぉ・・・
広い店内は暖色系の灯りに包まれて、何人かお客さんも見える。
うわ! あのストールとか、なに、あの値段。
安くない?
さっきから電車はスイカだし、レジはカードだったから、あまり値段に注意してなかったけど。
なんで、ストールが500円なの?
パシュミナ・・・だよね、あれ。
一応貧乏キャラを確立されつつも、それくらい判別する目は養っているのだ。
デフレーションとかやりすぎでしょ、これ。
262 :
書いた人:04/01/05 09:56 ID:OtGn6Lhr
「ねえ! ちょっとぉ・・・値段設定おかしくない? 服飾業界のマック? ここ」
「はぁ?」
まるで頭の可哀相な人を見るような目をしているに違いない。
さっき私が見ていたストールを、のんちゃんは手で撫でる。
うわぁ・・・いい手触り。
なんでこれが500円なのよぉ・・・
「いや、だからさぁ・・・これがどうして・・・」
もう一度言い差した、その瞬間、
「ゴメンゴメン・・・・・・いらっしゃい、つーじー。遅かったわね」
少し上滑りな感じの、少し乾いた、それでも落ち着いた口調の声に、のんちゃんが振り返る。
263 :
書いた人:04/01/05 09:58 ID:OtGn6Lhr
「出来た? おばちゃん?」
「ばっちり」
そう言って、キスとウインク。
私とのんちゃんが、「オエー」ってやるのは同時だった。
・・・・・・保田さん・・・!!
「あんたねぇ・・・・・・リアルなおばちゃんに、『おばちゃん』って言うの、やめなさいよ。
洒落じゃ済まないってば?」
「だってさぁ・・・じゃ、ケメちゃん」
「あぁ、それでもいいや。懐かしすぎて涙が出てくるけど。
いつもみたいに、圭ちゃん、って言いなさいって」
「ふふふ・・・ゴメン」
高いヒールに、真っ白な服・・・・・・そして、あまりに似合ってない黒のロングストレート。
・・・・・・カツラでしょ? それ。
いくら黒のロングがこの時代の流行だからって、お菊人形みたいだ。
・・・ちょっと太ったみたいだけど、目尻の辺りの白目が示す悪戯っぽさは変わらない。
264 :
書いた人:04/01/05 09:59 ID:OtGn6Lhr
「とりあえず、一回着てみてよ。
それでもう一度、細かいところ直すからさ」
「うん」
保田さん・・・・・・デザイナーになったの?
一番その職業からは遠い存在だったのに。
この人の描く図面を読める人がいるんだろうか・・・まぁ、藤本さんなら読めそうだけど。
でも、メジャー片手にテキパキとした姿は、とっても似合ってる。
マックの店長じゃなかっただけ、良かったということにしておこう。
更衣室に入ると、
「まこっちゃん、目、閉じててよね」
「えぇ〜、いいじゃん、減るもんじゃないし。見せてよぉ」
「そこがキモイんだって。言われてたでしょ?」
チッ・・・
舌打ちをした直ぐ後に、自分の行為が恥ずかしくてカーッとなるのが分かった。
まぁ、朝の内に一回見てるわけだから、あれで満足しよう。
何を言ってるんだか、私も。
265 :
書いた人:04/01/05 10:02 ID:pvUqNQFJ
―――
「いいよ」
言った瞬間、のんちゃんがカーテンを開いた。
目を開けた私の目に飛び込んできたのは・・・
「あ・・・いいんじゃないかな? 似合ってるよ」
保田さんの満足げな顔と、
「そう・・・・・・かな? ちょっと肩とか、出し過ぎじゃない?」
鏡に映った、黒いドレス姿ののんちゃん。
なんていうか・・・・・・惚れそうになる。
ホントにこのまま、舞踏会にも出れそうな感じ。
髪と服が黒いから重苦しくなるなんてこともなく、のんちゃんの涼しげな感じを引き立たせる。
等身鏡の前でクルッと廻ると、ドレスの裾がふわりと浮き上がる。
「きつくないよね? 大丈夫?」
「・・・・・・うん、ピッタリ・・・・・・かな?」
その声に満足げに微笑んだ保田さんは、ダンスが上手く決まった時の、あの顔だった。
266 :
書いた人:04/01/05 10:03 ID:pvUqNQFJ
―――
店員さんにドレスを包ませている間、保田さんがコーヒーをご馳走してくれる。
「デノミ? ・・・・・・・・・って何?」
「いや・・・だから、デノミだって」
保田さんがのんちゃんに背を向けてコポコポとコーヒーを注いでいる間、
さっきの問いへの答えがちっとも分からず、私は間抜けな対応。
「なんて言うのかなぁ・・・手っ取り早く言うと、昔の1万円が、今は100円なの」
「そんなことしたんだぁ・・・」
「うん、3年前だけどね。まだちょっと、時々間違っちゃう」
すっごいなぁ・・・のんちゃん。
こんな難しいことも、ちゃんと説明できるなんてさぁ・・・バカ女のオーラなんかどこ行ったんだろう。
何の意味がそれに有るのかさっぱり分からない・・・
まあ、のんちゃんもそこまで分かってなさそうだから、聞かないでおこう。
267 :
書いた人:04/01/05 10:05 ID:pvUqNQFJ
「ゴメンね、つーじー。一応こっちも商売だからさ。
これくらいになるけど・・・」
振り返った保田さんの手にある電卓。
うーん・・・・・・1200円かぁ・・・結構いい値段、ってわけだよね。
のんちゃんは保田さんの申し訳なさそうな顔に、首をブンブン振る。
「ううん・・・ちゃんと払うから」
「ゴメン」
もう一度言った保田さんの顔は、どこかすがすがしい笑顔。
こういうところの社交辞令も、もうお互いに修得済み、ってわけね。
テーブルの上に投げ出したバッグを開くと、ゴソゴソとカードを取り出す。
そんな風景を遠くの出来事みたいに見つめていた刹那、
保田さんが腰掛けながら発した言葉に、のんちゃんの脳内で今日何度目かの絶叫をあげるのだった。
なんでのんちゃんが、この黒ドレスを注文したか。
さっきのんちゃんが言ってた、私の心残り、って何か。
そして、『式』の意味。全てが、保田さんの一言で、まるで生物の様に結合して。
「・・・・・・・・・でもなぁ・・・紺野が結婚かぁ・・・」
268 :
書いた人:04/01/05 10:06 ID:pvUqNQFJ
遠い目をして、保田さんがゆっくりと、噛み締めるように過ぎ去った昔を話しはじめる。
私の絶叫にのんちゃんは奥歯をぐっと噛んでこらえると、
「・・・・・・ケメちゃんの話聞いてた方が、色々分かるから・・・」
それだけ呟いた。
保田さんは一瞬、のんちゃんの態度に疑問符を浮かべたけれど、構わずに言葉を繋げていく。
そしてのんちゃんも・・・・・・保田さんの口から出てくる、『あの日』のに、身を委ねて行った。
269 :
書いた人:04/01/05 10:07 ID:5bPCYnvB
「・・・・・・紺野か・・・・・・10年、会ってないけど・・・元気なの?」
「私もあんまり会ってないから・・・・・・だって、なっちゃんの結婚式とかも来なかったし」
「やっぱり・・・まだ・・・あの調子なの?」
カップに口をつけて、俯き加減に溜息を漏らす。
それに答えて、のんちゃんは静かに頭を横に振る。
「・・・・・・大分良くなった、って聞いたけど・・・
やっぱり・・・・・・ずっと、引き摺ってたみたい」
「・・・小川が、死んじゃった時の?」
今度は縦に揺らした頭から、さらさらと黒い髪が流れる。
保田さんはその様子を一瞥すると、ショーウインドの向こうの人の群れを見遣った。
270 :
書いた人:04/01/05 10:09 ID:5bPCYnvB
「紺野の・・・・・・目の前だったんだもんね・・・
小川がちょっと先を歩いてて、それで・・・・・・」
「やっぱり、なんであの場ですぐに手を伸ばして助けられなかったかとか、
そういうこと、考えちゃったのかも・・・」
「そんな必要ないのに・・・・・・」
「それでも、本人は」
沈黙
あさ美ちゃん・・・・・・ずっとずっと、気にしちゃってたのか・・・
あれ? でも、そんな時間にあの場所歩いてたってことは、仲直りしたんだ。
私が見つけた小物屋さん、あの交差点のすぐ近くだもん。
二人で一緒に、クリスマスプレゼント買いに行けたんだね。
ほんの少しだけど、心残りがなかったと思うとホッとする。
勿論私が何でその時間に死んでるのか、さっぱり分からない。
271 :
書いた人:04/01/05 10:10 ID:5bPCYnvB
「・・・・・・それで紺野、自分の中に閉じこもっちゃって・・・芸能界も辞めたんだっけか」
カップの中の黒色にじっと視線を落としたまま、唇を尖らせる。
「・・・・・・ラストシングルにも、あいつの声だけ入ってなかったでしょ?
紺野・・・・・・結局、東京出てきて、辛い思い出しか残らなかったのかな?」
「・・・・・・でも」
目の縁を微かに潤ませる保田さんの声を、のんちゃんの静かな声が遮る。
「でも、自分の結婚式に私たちを呼べるようになったんだったら、良くなったんだと思いますよ。
もしかしたら、あさ美ちゃんなりに蹴りをつけたいだけかもしれないけど。
モーニング娘。ってものと、私や、ケメちゃんや、まこっちゃんと、もうお別れしたいだけかもしれないけど。
それでもやっぱり・・・『蹴りをつける』所まで来れたんなら・・・」
「ん・・・・・・そうかもね」
272 :
書いた人:04/01/05 10:12 ID:5bPCYnvB
満足げに、そして淋しげな目をして、保田さんが大きく頷いた。
そして伸びをしながら、
「いいなぁ〜、それだけ、紺野のこと大切にしてくれる人に巡り会えたってことでしょ?
素敵じゃない、女の心の氷の壁を、じっとあっためて溶かしていってくれた、なんてさ。
いい加減、おばちゃんもいい男、探さないとなぁ〜」
「・・・・・・いい人いないの?」
「ん? いない」
のんちゃんも保田さんも、声を出して笑っていた。
まるで10年前にずっと忘れ物してたみたいに、
10年分を一気に二人とも取り戻そうとするみたいに。
まだ笑いつづけるのんちゃんに、保田さんは右指を唇に当てて首を傾げた。
「でもさ・・・つーじー。あんたもなんだか、まるで吹っ切れたみたいだよ。
なんか今日のつーじー、全然違うって。
なんつーのかなぁ・・・あんたの心に張ってた膜が、取れたみたい」
その言葉に、にんまりと頬の筋肉を上げるのんちゃん。
ますます不思議そうに、30度ほど保田さんは首を傾げた。
「・・・・・・まこっちゃんが・・・多分、取ってくれたんだよ」