205 :
書いた人:
「ウソだぁーーーーーッ!!」
声帯が千切れるんじゃないかってくらいの私の叫びも、
のんちゃんは確かに聞こえている筈なのに、少しこめかみを抑えただけで無視。
私への返事の代わりに、もう一度じっとお坊さんの目を見ながら、
一言一言噛み潰すように、のんちゃんは言葉を紡ぐ。
「その人は・・・私の頭の中で聞こえる声の人は、もう亡くなりました。
そろそろ・・・10年になりますけど、もう亡くなりましたから」
「そうでしたか・・・」
その言葉に頷いて、少し微笑む。
でも、私は目の前のお坊さんのそんな表情とは正反対で。
ウソだ、ウソだ、ウソだ。
この時代ののんちゃんが26歳だから・・・
ってことは、10年前って、私がいたあの時代。
206 :
書いた人:03/12/23 20:27 ID:9gLQ66/S
「違うよ、のんちゃん。死んでなんかない。
だって、今の私こんなにぴんぴんしてるじゃない。
10年前ってことは・・・私はあと何ヶ月かで死んじゃうってこと?
そんなはずない・・・絶対間違いだよ!!」
のんちゃんがここに向かう街並みは、クリスマスの緑と赤に溢れてた。
今日が12月の・・・何日か知らないけど。
そろそろ10年ってことは、私が出たあの12月19日から、もうすぐってことでしょ?
喚(わめ)き続ける私の声に、頬の辺りに手を置いて反応を僅かに示すのんちゃん。
「・・・今も私の頭の中で、自分が死んだなんてことあるわけがない、って言ってます」
「そうですか・・・既に亡くなられた方で・・・」
「モーニング娘。って覚えてますか? あの中にいた・・・」
「そんなことがありましたな・・・・・・もう10年になりますか。
確か・・・・・・小川・・・」
「その娘(こ)です」
207 :
書いた人:03/12/23 20:28 ID:9gLQ66/S
のんちゃんとお坊さんのやり取りは、私の意識を掠めて過ぎていくだけで。
私はただ、その言葉に何の反応も示せずに、ひたすら晒され続けていた。
「そうですか・・・そのお方の声が、聞こえると・・・」
「すいません、本当はストレートに言えれば良かったんですけど・・・」
「いえ、確か10年前、大騒ぎになりましたな。
なるべく仰りたくないお気持ち、よく分かります」
「・・・・・・すいません」
少なくとも・・・少なくとも、このお坊さんも知ってるってことは、
もうのんちゃんが吐いているウソ、と言うわけではないんだろう。
このお坊さんがメンバーの名前をいちいち覚えていられたのかわかんないけど、
メンバーが亡くなったのは事実・・・そしてそれが、私?
私からの反応がなくなったのを認めて、のんちゃんは天井に目を遣って、唇をきゅっと噛んだ。
その刹那、私の視界は闇に包まれる。
208 :
書いた人:03/12/23 20:29 ID:9gLQ66/S
「お願いします・・・別に、彼女の声が聞こえるの、嫌じゃないんです。
本当に久しぶりで、一瞬自分の気が狂ったのかと思ったくらい、
昔の・・・亡くなる直前のまこっちゃ・・・小川の喋り方にそのままで。
だから、私は別に、嫌じゃないんです。だけど・・・」
闇に包まれたのは、のんちゃんが目を閉じたからで、
おでこが感じる冷たい感触は、板の間の冷気だとこの時気付いた。
のんちゃんは・・・深く頭を下げているんだ。
「ですけど、もし・・・まこっちゃんが、本当なら行かなくちゃいけない所に行けなくて、
それで迷って私のところに来たんだったら、どうかそれをお手伝いして頂きたくて・・・」
最後の方の言葉は聞き取れなかった。
のんちゃんはそれ以上言葉も発せずに、ただ突っ伏していて。
209 :
書いた人:03/12/23 20:42 ID:MkBYMY2R
複雑だった。
確かにもう死んだってことになってて・・・いや、多分私は死んだんだろう。
それがショックだったけど・・・でも、私とのんちゃんは、今でもホントの友達なんだ。
こんな所で分かってしまうのが、凄く複雑で。
大丈夫だよ、のんちゃん。
私は別に、あの世に行けなくてここに居るわけじゃないからさ。
そう言いたくても、声に出せなかった。
多分・・・私の体が今ここにあったら、私は泣いていただろう。
「どうぞ・・・頭をおあげになって下さい」
のんちゃんが涙で霞んだ目をもう一度お坊さんの禿げ頭に向けるのは、あと10秒ほど経ってからだった。
210 :
書いた人:03/12/23 20:42 ID:MkBYMY2R
バッグから慌ててハンカチを取り出すと、のんちゃんは涙を押し拭く。
変なガムの包み紙も、飴も、レシートも、勿論お豆腐も入っていない、大人のバッグ。
・・・あれ? 今、何か木の細工みたいなの、見えたような・・・
「おかしいですね・・・別に、悲しくもないのに、涙出てきちゃって・・・すみません」
まるで私の泣きたい気持ちが伝わったみたいに、のんちゃんの視界は白く霞んでいた。
その始終を、お坊さんは優しく笑いながら見ている。
やっと落ち着いたのんちゃんに、子供に言い聞かせるように話し始めた。
「確かに・・・正しい場所にお導きするお手伝いをするのが、私どもの勤めでございます。
ですが・・・」
「?」
「お嫌でないのなら、もう少し、ご一緒に今現在を楽しまれれば如何ですか?
もしもいつまで経ってもお帰りにならず、お困りになったら、もう一度お訪ねください。
今のうちは、こちらにお出でになった理由も、もしかしたあるかも知りませんし・・・」
211 :
書いた人:03/12/23 20:43 ID:MkBYMY2R
おいおい、坊さん、違うってば。
別に死んじゃいないし、私は別にのんちゃんに取り憑いてるわけじゃないのに。
それでも少しだけ、のんちゃんが私といることに納得し始めているのが、ありがたかった。
「ご命日が近いということは・・・もしかしたら、少しお心残りがあるのかも・・・」
「はぁ・・・あ! ハイ、ちょっと心当たりが・・・」
「ありますか?」
「ええ」
しっかしなぁ・・・のんちゃんも、薬の話くらい信じてくれてもいいのにさぁ。
どうもこう・・・思い込みが激しいっていうか、そんな感じ。
歳とって頑固になっちゃったのかな?
まさかぁ・・・おじいちゃんじゃないんだから。
ほんの30分の間にあんまりに色々ありすぎて、
私はのんちゃんがお坊さんにお礼してお寺を去るのも、殆ど心ここに在らず、といった感じで見過ごしていた。
212 :
書いた人:03/12/23 20:44 ID:MkBYMY2R
―――
街のどの道を通っても、しつこいほどクリスマスソングが聞こえる。
つーか、10年経っても、山下達郎なんだ。
他にクリスマスソングって無いんだろうか。
まるで通り魔みたいに八つ当たりをしないと、不安に押し潰されそうになる。
のんちゃんはさっきから、じっと下を向いて唇を噛んだまま、早足で街を通り過ぎていて。
話し掛けていいものか、一応遠慮してしまう。
でもなぁ、この場合気を遣われるのは、『近いうちに死ぬ』って言われた私の方じゃないのかなぁ。
よし、しょうがない。
いい加減、のんちゃんも私が中にいることには納得してくれたんだから、私の声にも応えてくれるだろう。
「あのぉ〜、のんちゃん?」
「・・・・・・なに? まこっちゃん」
213 :
書いた人:03/12/23 20:46 ID:jGk2cK1Q
漸く答えてくれたのんちゃんは、バッグから何か取り出すと、目の前に掲げた。
プッシュホンがあるから・・・携帯電話かな?
テレビ電話みたいになってるのが普通なのかぁ。
まあ、街中で一人でぶつくさ言ってるのは危ないから、電話してると思わせた方がいいかな。
初めて私に応えて、そして私の名前を呼んでくれたのんちゃんに、私は喜びを抑えきれずに嬌声を上げた。
意味不明なその声を聞きながら、ディスプレイにうっすら反射するのんちゃんが少し笑ったように見えた。
「まこっちゃん・・・・・・久しぶり」
「ホントにねぇ・・・このまま応えてくれなかったら、どうしようかと思った」
「誰だってさぁ、頭の中でいきなり声が聞こえたらこうなるって」
のんちゃんが言うことも・・・まあ、道理があると言えばあるかな?
214 :
書いた人:03/12/23 20:47 ID:jGk2cK1Q
このまま喜び続けて、そして未来ののんちゃんに色々聞きたいのをぐっと抑える。
まずは・・・誤解を解かなくっちゃ。
私は死んでない。
少なくとも・・・今の私は、まだ死んでいない。
そして・・・できるなら、何で死ぬのか・・・・・・聞いておきたい。
ルール違反かもしれないけど、それだけは・・・やっぱり・・・
「あのさぁ・・・私、まだ死んでないよ。
って言うかさぁ、ホントに私死ぬの?」
その瞬間。
目線がじわっと滲む。
ウソ? 泣かした? 瞬殺じゃん、これ。
215 :
書いた人:03/12/23 20:48 ID:jGk2cK1Q
「・・・・・・やっぱり、まだ自分が死んだの受け入れられないんだね。
大丈夫、来週の式に出れば、心残りもなくなるだろうしさ、それまで居ていいよ」
「いやいやいや・・・すっごく間違ってる。
死んでないし。そもそも、『式』って何よ?」
「ウソぉ? あの世の人って、この世の出来事みんな知ってるのかと思ってた。
知らないんだぁ・・・」
「だからぁ・・・死んでないんだってば。
五百歩譲って死んでるとしても、私は私が死ぬ前から来たんだよ。
さっきも言ったでしょ? 12月18日の真夜中・・・19日になったかそれ位なんだから」
今度の言葉に、のんちゃんは応えなかった。
代わりに、携帯を畳んでしまうと、もう一度、さっきよりも遥かに早足で歩いていく。
216 :
書いた人:03/12/23 20:49 ID:jGk2cK1Q
「ちょっとぉ? のんちゃん? 聞いてる?」
ひたすら、下を向いて。つかつかとパンプスの音だけが聞こえる。
のんちゃんは地下鉄に駆け下りると、そのまま飛び乗る。
私の問い掛けには一切応えず、窓の外の光の筋だけを見つめていた。
5駅くらい行ったんだろうか? 電車を降りると階段を駆けあがる。
「この辺も・・・街変わったねぇ・・・見たこと無いお店ばっかりだぁ」
外は雪が舞い始めていた。
私の気を遣った言葉も無視していたのんちゃんが、不意に青信号の交差点で立ち止まった。
真後ろを歩いていたサラリーマンが、舌打ちをして避けて行く。
と、のんちゃんの視線が街灯の根元に移った。
・・・・・・花束?
217 :
書いた人:03/12/23 20:51 ID:Yck4jFjb
「私も・・・・・・久しぶりに来た」
「ここに?」
「うん」
一言だけ返事をすると、花束の一つを拾い上げる。
もう枯れそうなものから、さっき置いたばかりみたいに色鮮やかなものも。
「今もさぁ・・・昔のスタッフさんとか、ファンの人とか、置いてくれるんだよ」
「ここ・・・で、私が?」
「そう。車に、はねられた」
拾い上げた花束にかかっていた雪を手で払うと、
刺さっていたカードを目の前に掲げた。
218 :
書いた人:03/12/23 20:53 ID:Yck4jFjb
『2003年12月18日 夜23時
俺たちのマコへ』
『俺たち』ってなんだよ、『俺たち』って。
ファンの人かな? 置いてくれた花束のカードが、私が死んだとき?
ん・・・・・・待ってよ・・・
「まこっちゃんさぁ・・・さっきから、12月18日の24時廻った位から来たって言ってたでしょ?
有り得ないんだよ。
まこっちゃんは、その時間、もう・・・・・・病院で・・・」
「違うよ、絶対違う!! 私は・・・確かに・・・・・・」
「でも、これが事実・・・なんだよ?」
涙が流れないのに、自分の声が泣いているのに気づいた。
そして、のんちゃんがハンカチで目を覆っていた。
のんちゃんは・・・いや、私たち二人は、ずっとそうやって立ち尽くしていた。