187 :
書いた人:
「いやいや!! のんちゃん! 駄目だってば。
別に取り憑いてるわけじゃなくって、10年前から来たんだって」
「あ〜、なんかまた聞こえてくる」
おばさんはのんちゃんの目を、真剣に覗き込む。
傍目には麗しき親子愛だけど、私からすればますます失礼な話だ。
もっと具体的に言わないと駄目かな?
「あのね、10年前・・・2003年の12月18日・・・正確に言えば、もう19日になってたけど。
とにかく、18日の夜につんくさんから薬もらったの! のんちゃんも飲んだでしょ?
あれの未来へ行くバージョンのやつ、つんくさんが作ったんだってば!!
ほら、なんだったら、この時代の私に連絡とって聞いてみなって」
一瞬、のんちゃんの目がぱちくりと瞬きをして、おばさんを見つめる視線が潤んだように見えた。
そして溜息を漏らしながら、頭を軽く振る感触。
「まだ・・・・・・何か聞こえるの?」
「うん」
あれだけ具体的に話をしたのに、のんちゃんは見事に私をスルー。
なぁに? もしかして10年前の仕返し?
188 :
書いた人:03/12/19 22:45 ID:HR2wFxad
―――
「どうも・・・お待たせいたしましたな」
「あッ・・・ハイ!!」
・・・・・・ホントに来ちゃったよ。
神社じゃなくて正確に言えばお寺だけど、だだっ広い大広間に、のんちゃんはきちんと正座してる。
いやぁ・・・お葬式や初詣でもないのにお寺に来る人って、初めて見たなぁ・・・
・・・って、そんなこと言ってる場合じゃない。
「だからさぁ〜、のんちゃん! 何で分かってくんないかなぁ。
つんくさんが変な薬作ったでしょ! あれで来たんだってば」
私の言葉は聞こえているんだろう。
のんちゃんの体が一瞬身震いしたのが分かる。
・・・ん? 身震い? 失敬な。
189 :
書いた人:03/12/19 22:45 ID:HR2wFxad
私の声が、外に出そうとしない限り聞こえないのと一緒で、
のんちゃんの思っていることも、のんちゃんが声に出さないと伝わらないらしい。
だからこそ、「私の声が聞こえてる」っていう確証が持てない。
どうすりゃいいのかなぁ・・・
っていうか、どうして私はのんちゃんの身体に入っちゃったんだろう。
過去に行ったときは、みんな自分の身体にちゃんと入ったっていうのに。
お坊さんはのんちゃんに向かって微笑むと、真向かいにゆったりと腰を下ろした。
昔みたいに、だらだらしないで、ちゃんとお辞儀をするのんちゃん。
う〜ん、大人だぁ・・・
と思ったのに、さっきからのんちゃんの視線はずっとただ一点を見つめてる。
・・・気にならない、って言えば嘘になるけどさぁ・・・
お坊さんの頭の・・・一本だけ生えてる毛、見つめるのは失礼だってば。
う〜ん、こういうところは子供だなぁ。
190 :
書いた人:03/12/19 22:45 ID:HR2wFxad
「どうなされましたかな?」
お坊さんはもう一度ゆっくりと笑うと、少し身を乗り出した。
まぁ・・・ここでいきなり「お嬢さんに、憑きものがっ!!」とか言わないのだから、
それなりに信用できる人なんだろう。
「あのですねぇ・・・こんなこと言うと、嘘吐いてると思われるかもしれないんですけどぉ・・・」
「そのようなことは御座いません」
「そうですか? あのですね・・・今朝から、頭の中で声が聞こえるんです」
・・・やっぱり聞こえてるんじゃん!!
なんだぁ、のんちゃん薄情だなぁ。
「聞こえてるんだったら、返事くらいしてくれてもいいのにさぁ・・・」
「・・・あ、今も聞こえました」
「うむぅ・・・」
のんちゃんは思いのほか落ち着いた声で、一言だけ告げた。
191 :
書いた人:03/12/19 22:47 ID:nKDbBHgO
「して・・・それは、どのようなお声ですかな?
差し支えない程度で結構ですので、お聞かせ願えますか」
お坊さんはますます神妙なオーラを纏って、のんちゃんにずずいっと身を乗り出す。
長年坊主やってても、あんまりこんなの見ないんだろうなぁ。
「えっとですねぇ・・・友達の・・・声です」
「友達の」の所だけ、ピアニシモにしてのんちゃんは目を伏せる。
私が小川麻琴だってことも、ちゃんと分かってくれてるのにさぁ・・・こりゃ酷い。
ランク王国の女子アナの演技より酷い。
「何で私の頭の中にいることになったのか、そのことも朝喋ってきました。
こっちのほうは・・・もっと信じてもらえないと思いますし・・・」
「話したくないなら、話さなくても結構です」
「そうですか・・・なら、すみません」
192 :
書いた人:03/12/19 22:48 ID:nKDbBHgO
のんちゃんが・・・なんで薬の話をしなかったのか。
あまりに荒唐無稽だって言うのもあるし、秘密にしておいたほうがいい、って言うのもあるかな。
でも確実なのは、のんちゃん自身も、私の言うことを信じていないってことだ。
どういうことなんだろう。のんちゃんは、私から未来の薬のこと聞いてなかったんだろうか。
兎に角、のんちゃんの話に、お坊さんは腕を組んで眉を顰(ひそ)める。
ぶつぶつと、唇の端で何かを呟いているのが聞こえる。
私に聞こえるってことは、当然のんちゃんにも聞こえているんだろう。
「・・・・・・ご友人・・・何かの業か・・・いや・・・むしろ・・・・・・」
のんちゃんもその言葉にいちいち反応することなく、ただその様子を見つめてる。
実に大人の対応だ。
これが本当に、あの落ち着きのない、いつもてへてへしてたのんちゃんなんだろうか。
193 :
書いた人:03/12/19 22:48 ID:nKDbBHgO
お坊さんはもう一度首を斜め45度に傾げると、のんちゃんの顔を覗き込んだ。
「・・・・・・その御友人に、何かこう・・・恨みを買うような覚えは御座いますかな?」
「いえ・・・・・・ないです。むしろ・・・・・・いい友達です」
少しだけ、胸を撫で下ろす。
この時代でも、私たちはいい友達でいられるらしい。
私とのんちゃんがこうなら、多分あさ美ちゃんも加護ちゃんも、
いや、モーニング娘。全員が、いい付き合いをしていられるんだろう。
のんちゃんの言葉に、お坊さんが軽く頷いた。
「いえ・・・と申しますのは・・・あなた様の知らぬ所で恨みを買っている可能性もあるわけです。
あなた様の方では、よいご親友と思っておられても、それがあちら様から見て、同じ関係とは言い切れませぬ」
・・・言ってくれるじゃない、タコ坊主。
大丈夫、私たちはそんな所、もう克服してるもん。
194 :
書いた人:03/12/19 22:49 ID:nKDbBHgO
「いえ・・・それは大丈夫だと思います。
一時的に怒ったり、妬んだり、って言うのはあると思いますけど・・・
でも、そんなこういう形になるほど、って言うのはありません」
よっし! よく言った! のんちゃん!!
心の中では、何故かつんくさんまでが出てきて『イェイ!!』と声を挙げる。
ってことは、私とあさ美ちゃんも、ちゃんと仲直りできるんだね。
「そうですか・・・いえ、こう申し上げたのは、生きておられる方であっても、
その方の・・・念とでも申しましょうか。それのみが抜け出すこともありうるからです・・・
分かりやすい言葉なら、『生霊』とでも申しましょうか・・・」
のんちゃんはまさか、そんな生々しいものを指していると思わなかったんだろう。
目をぱちくりして、そして深く溜息をついた。
私が突然生霊で取り憑いたら、そりゃやだよねぇ・・・
195 :
書いた人:03/12/19 22:50 ID:AlN5qWnv
「あ、そうですか・・・生霊・・・・・・そのことだったんですかぁ・・・」
やっぱり想像していなかったんだろう、のんちゃんは少し気の抜けた話し方をする。
「左様です、生霊です。もう一度・・・お心当たり、在りませんか?」
お坊さんがもう一度差し向けた問いに、今度はのんちゃんが毅然と首を振った。
そして私は、さっきののんちゃんの言葉、のんちゃんの仕草が、
けして「生霊」って言葉を聞いて、面食らったからではないことに気づいた。
のんちゃんがさっき吐いた溜息は、別の意味の嘆き。
のんちゃんの毅然とした態度は・・・それがあり得ないことへの確信。
だって、次にのんちゃんが漏らした言葉が・・・これだったから。
「・・・・・・それは・・・無いと思います。
私の中で聞こえる声の人は・・・・・・もう、亡くなりましたから」