109 :
書いた人:
〜 第3話 「心に決めたこと」
110 :
書いた人:03/12/01 02:32 ID:q7oRihaj
――― 2013年 12月19日
頭が痛い・・・飲みすぎたかなぁ。
ベッドから転がり落ちるように降りた時には、もうお昼の日差しが差し込んでいた。
時計はもう午後1時を回った所。
そりゃそうだよねぇ・・・昨日、というか、今日の朝まで飲んでたんだもん。
まあ、今日お仕事が入っていないからこそできた芸当だ。
梨華ちゃんは今日も朝からお仕事だって言って、途中で、それでも1時ころまでいたっけ?・・・帰ってたし。
日頃私の私生活に干渉して止まないマネージャーに、今日は心から感謝する。
マネージャーうんぬんよりも、そもそも仕事がヒマだという話は、無しにしておこう。
お母さんは買い物かな?
ひんやりとした廊下をぺたぺたと音を立てて進んでも、誰の気配もない。
お父さんは会社だろうし、大体文子姉ちゃんはこの家にとっくにいない。
「・・・ちょっとぉ・・・すごい浮腫(むく)んでんだけどさぁ・・・」
洗面所の鏡の中にいたのは、『誰だよ、おまえ』って言いたくなるような、女って言っていいのか微妙な顔つきの人。
どーでもいいけど浮腫みすぎだろ、これは。
111 :
書いた人:03/12/01 02:32 ID:q7oRihaj
頬のあたりを引っ張ったり、内側を噛んでみたり。
指先で瞼から顔全体をマッサージしてみたり。
まあ、直ぐに引くわけないけどね。
むかし中澤さんが言ってたよなぁ、『30過ぎると顔の浮腫みなんて取れんでぇ!!』って。
あの時は、顔が浮腫むってどーいうことだろう、ってぼんやり考えてたっけ。
「歳だよねぇ・・・・・・」
ちょっぴり自分で言ってみた言葉になおさら敗北感を感じて、シンクに手を付いていた肩が、がっくりと落ちる。
しょーがないか、まだ30は過ぎてないわけだし、まだまだ自然の回復力に期待しよう。
今日一日、お母さんとお父さん以外に顔を合わせなくても済む、ってことに心から感謝する。
嫁入り前だもん、当然でしょ?
112 :
書いた人:03/12/01 02:34 ID:g9qgUavz
―――
コーヒーメーカーがポコポコと軽快な音を立てるのを聞きながら、ぼんやりとキッチンの椅子に埋もれる。
テーブルの上にはお母さんの用意してくれたお昼と、放り出したままのバッグ。
ごめんお母さん、はっきり言って食べれそうにない。
胃の方はこんなだけど、それでも頭の方は大分マシになってきた。
起きたばっかりの時は梨華ちゃんの歌声を間近で聞いてるみたいにむかついた思考が、次第に鮮明になってくるのが分かる。
鼻腔をくすぐるコーヒーの匂いが、なおさらそれを高めてくれるみたい。
いや。
もうひとつ、私の脳みそがクリアになった原因。
それは私の脳みそが、完璧に私のものになったからだろう。
誰かに聞かれたら即効で病院(鉄格子つき)に送られるような言い回しだけど、事実だもん。
久しぶりの、私だけの脳みそだ。
113 :
書いた人:03/12/01 02:34 ID:g9qgUavz
「・・・・・・・・・・・・」
昨日まで頭の中で続いていた喧騒が、今は水を打ったように静かで。
それが今は、すごく寂しい。
演劇が終わったときのような、あのすごく切ない感じ。
ハッピーエンドでも悲しい終わり方でも、どっちでも感じるあの切なさ。
それとすごく似ている・・・・・・ただひとつ、今回は私が主人公の一人だってことだけ違うけど。
コーヒーメーカーがシューシュー音を立てているのが耳に響いた。
テーブルの上のバッグをまさぐる。
10年前の私だったら絶対期待できないような整理されたバッグ。
この10年間、バッグが変わっても絶対変わらなかった中身を取り出す。
色んな物を買っては壊し、貰っては壊ししてきたけど、これだけは・・・・・・ね。
シックなつくりの砂時計。
青い砂が、窓からの光にキラキラとざわめていて。
テーブルの上に立てると、片側に少し余っていた砂が一気に駆け下りる。
114 :
書いた人:03/12/01 02:35 ID:g9qgUavz
コーヒーを注ぎ終わったときには、何事も無かったみたいに砂はすべて落ちきっていた。
「熱ッ・・・・・・」
まだ苦さよりも唇を刺す熱さの方が気になるけど、気にせず液体を口に含む。
まるで私の頭まで直接廻っているみたいに、口に含むごとに感覚が鋭くなっていって。
コーヒーカップ片手に、もう一度砂時計を見下ろす。
カップから蒸気が上がって、私の嗅覚が絶え間なく刺激されて、外を通る車の音が微かに聞こえて。
それなのに、砂時計だけは絶対に変わらない。
私は、いや、私たちはずっとこのままだったんだ。
この10年間、ずっとこの砂時計みたいに、砂が落ちきったままだった。
誰もひっくり返すことをせずに、みんなが落ちきった砂時計をずっと見つめていた。
115 :
書いた人:03/12/01 02:36 ID:D1ltXrJH
頭をガシガシと掻くと、自分が鼻で笑ったのに気付いた。
「つーかさぁ、何で気づかなかったんだろうね?」
昨日までのが癖になったのか、声に出して言ってしまったのにもう一度笑った。
頭を掻いていた左手を下ろすと、砂時計をひっくり返す。
音も立てずに、さっきからずっとこうしてますよ? とでも言いたさげに。
青い粒子がくびれを伝って落ちていく。
その問いかけへの答えは、たぶん私自身が一番よくわかってるはず。
怖かったんだ。
また同じように、砂が流れるのが。
また同じように、悲しい時間が流れるのが。
そして、砂時計をひっくり返す力さえ失ってたんだ。
116 :
書いた人:03/12/01 02:37 ID:D1ltXrJH
一人だっていうのに深く頷くと、残りのコーヒーをぐっと飲み干す。
その瞬間、今後の胃を考えて少し後悔した。
つんくさんに聞いたことが正しいなら、私は行かなきゃいけない。
昨日、確かに私たちは新しく砂時計を進め始めた。
楽しい時間がどれくらい続くかわからないけど、それでも今を精一杯やらなきゃ。
でも、10年前の私たちが、また同じことになるかもしれないから。
今度は私が、10年前のみんなを助ける順番だから。
今しかないんだよね。
上手くいくか分かんないし、私の推論に確証なんかないけど、それでも見当でやるしかない。
バッグからメモ帳を出すと、ページを破って書き付けた。
117 :
書いた人:03/12/01 02:37 ID:D1ltXrJH
『お母さんへ
まだ眠いので、もうちょっと寝ます。 起こさないでね
希美』